第10話 十五年

「疲れたぁー」


 自宅のアパートに帰ったわかばは、ベッドに倒れ込んだ。


「濃すぎる一日だった……」


 『初見はつみ若葉わかば』は地方から出てきた一人暮らしの大学生。

 趣味はゲームと漫画のドコにでもいる普通の女子だ。

 そんな彼女が今日は特別な体験をした。


 若葉はスマホを取り出すと、動画アプリを開く。

 そこから見るのは、自身の配信アーカイブ。

 流れる動画には、自身を助けるレオンの姿が映っていた。


「『ブレイブ・ブレイド』のレオンハルト……」


 レトロゲーム『ブレイブ・ブレイド』の人気悪役キャラ『レオンハルト』に出会ってしまった。

 中身は転生した人のため、完全な本物ではないようだが。

 そのレオンに助けられて、成り行きから異世界を救う手助けをすることになった。

 

 『ブレイブ・ブレイド』は最新のゲーム機器にも移植されているような名作ゲームだ。

 そして若葉にとって思い出深いゲームでもある。


 幼いころの若葉には、夏休みになると楽しみなことがあった。

 親戚の家へのお泊りイベント。

 母のお兄さんの家へと遊びに行くと、年の離れた従兄のお兄ちゃんが遊んでくれていた。


 少し頼りないが優しいお兄ちゃんだった。

 若葉が何処かから逃げて来た大型犬に追いかけられた時には、若葉を背負いながら必死に逃げてくれた。

 最終的には追いつかれて、犬に押し倒されて顔面を舐めまわされていたが……。

 最後は情けなかったが、自分のために必死になってくれるお兄ちゃんはカッコ良かった。

 あれが若葉の初恋だったのだろう。


 そのお兄ちゃんが何時も遊んでいたのが『ブレイブ・ブレイド』だ。

 安っぽいアイスをかじりながら、お兄ちゃんのプレイするゲームを見るのが好きだった。

 ときおり、ゲームについて質問すると、お兄ちゃんは楽しそうに解説してくれたものだ。


「……十五年前か」


 レオンは十五年前に死亡して転生したと言っていた。

 ちょうど十五年前に日本にダンジョンが現れた。

 そしてダンジョンからはモンスターが溢れだし、多くの人が犠牲になった。

 その時はちょうど夏休み。

 若葉は親戚の家に遊びに行っていて、モンスターに襲われて……若葉を助けるためにお兄ちゃんが……。


 若葉はポケットから指輪を取り出した。

 レオンからスマホのお礼として貰った指輪だ。


「嘘……吐いちゃったなぁ……」


 『特別な生き方』がしたい。

 若葉はレオンを助ける理由として、そう説明した。


 それも理由の一つだ。

 お兄ちゃんが犠牲になってまで助けてくれた自分に、生きている価値があるんだと示したい。

 心からそう思っている。

 しかし、それ以上に大きな理由があった。


 レオンがお兄ちゃんの生まれ変わりなんじゃないかと思ったから。

 ドラゴンから助けてくれたレオンの姿と、モンスターから守ってくれたお兄ちゃんの姿が重なって見えたから。

 だから、もう離れたくないと思った。

 少しでも繋がりが欲しくてスマホを渡した。


 だけど、そんなのは都合の良い妄想だ。

 十五年前に死んだ人はいくらでも居る。

 その中からお兄ちゃんだけが転生して、自分のピンチに駆けつけてくれるわけがない。

 馬鹿みたいなお姫様願望だ。


「ふわぁ……眠い……」


 ぼやぼやと考えていると眠くなってくる。

 若葉は指輪をギュッと抱きしめて、まどろみへと落ちた。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 東京の中心部には奇抜なビルが建っている。

 空を貫くように高いビル。ビルからはぴょんぴょんと小さな塔が分岐。てっぺんは魔法使いのとんがり帽子のように尖っている。

 そのデザインから『魔法使いの塔』と呼ばれるビルだ。


 その最上階に、一人の女性が居た。

 長い紺色の髪に、猫のような目。少し気が強そうな印象を受けるだろう。


 彼女が居る部屋は、まるで偉い社長の執務室のようだ。

 応接用のソファーとテーブル、部屋の隅には木製の書類棚が置かれている。

 そして彼女は部屋のずっと奥に居る。

 きらびやかに光る夜の街を背景に、高級そうな机に向かって書類を記入していた。


 コンコンコン。

 部屋の扉がノックされる。


「入って良いわよ」

「失礼いたします。凛子りんこ様にお伝えしたいことがございまして……」


 入って来たのは壮年の男性だ。

 ピシッと決めたしわ一つ無いスーツを着ている。

 有能そうな雰囲気を纏った彼は、職場ではそこそこの立場を築いているだろう。

 しかし、凛子と呼ばれた女性にはぺこぺこと頭を下げている。


 それもそのはず。

 凛子――『音羽おとは凛子りんこ』は『魔法使いの塔』を本社ビルとしている総合魔法メーカー『ウィズ』の社長令嬢だ。


 ウィズは魔法が発見されてからの、ここ十五年ほどで急激な成長を遂げた企業だ。

 そのため経営者の意向が強く、その親族である凛子も大きな権力を持っている。

 もっとも、凛子の力が強いのは社長の娘というだけでなく、本人の才覚もあってのことなのだが。


「伝えたいことってなにかしら?」

「はい。実はSNSで我が社の著作物が話題になっているようでして……」

「著作物とは?」

「はい。『ブレイブ・ブレイド』の『レオンハルト』がトレンドに上がっておりました」


 『ブレイブ・ブレイド』の著作権は『ウィズ』が保有している。

 元々は小さなゲーム会社が開発していたが、『ブレイブ・ブレイド』の後に出したゲームで大コケ。

 結果として倒産まで追い込まれた会社は著作権を売りに出した。

 それを買ったのがウィズである。

 ウィズの本職は魔法を使った機械――魔法機の製造販売だが、子会社ではエンタメ関係の事業にも手をだしているためだ。


 しかし、『ブレイブ・ブレイド』が話題になる理由が分からない。

 何かの記念日でも無いし、『ブレイブ・ブレイド』の新製品なども予定していない。

 いったい何が理由だろうか。


「……『ブレイブ・ブレイド』は特に動きが無いはずよね。どうしてかしら?」

「それが、レオンハルトのコスプレをして配信している者が居るようで……そのコスプレのクオリティが並外れていると話題になっています」


 凛子はノートバソコンを開くと、件のコスプレイヤーについて調べた。

 どうやら同人誌即売会に顔を出していたらしく、写真や動画がわんさか出てきた。

 たしかに、驚くほどレオンハルトに似ている。見た目も言動もそっくりだ。

 しかも、ドラゴンを倒している動画では、レオンハルトにそっくりな戦い方をしていた。

 ドラゴンを倒せるのだから、探索者としての実力も申し分ない。


 凛子はレオンハルトの顔を見て、にこりと笑った。


「これは使えるわね」

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