第9話 平凡と特別

 半グレのリーダーは捨て置いて、レオンたちは駅へと向かう。


「あ、途中でコンビニに寄っても良いですか?」

「分かった」


 わかばの提案によって、レオンたちはコンビニに寄った。

 わかばは見たい物が決まっているようなので、レオンたちはふらふらとコンビニを見て回る。


「ふわぁ、美味しそうです……」


 奥のスイーツコーナーに入ると、エリシアが目を輝かせてスイーツを見つめた。

 確かに、コンビニの品揃えとは思えないほど、美味しそうなスイーツが並んでいる。

 これもまた、時代の違いなのだろう。


(まぁ、金が無いから何も買ってやれないのだが……)


 情けないことに、レオンは現金を持っていない。

 『貪欲な宝物庫』の中に金貨やお宝なら入っているが、まさかコンビニで金貨を使えるわけも無い。

 目を輝かせているエリシアには悪いが、ここは我慢して貰おう。


 レオンが腕を組みながら情けなくうつむいていると、わかばがやって来た。


「エリシアちゃん、もしかしてスイーツが食べたいのかな?」

「い、いえ……見ていただけです……」


 エリシアはササッとスイーツコーナーから離れると、レオンの背後に隠れた。

 物欲し気に見ていたのがバレて恥ずかしいのだろう。


「お姉ちゃんが買ってあげようか?」

「……良いのですか?」

「もちろん、どれが食べたいかな?」

「それでは――」


 エリシアが選んだのはクレープだ。

 レオンの知っているクレープとは見た目が違う。

 クレープ生地で作ったお饅頭のようだ。


「レオン様も食べますか?」

「いや、俺は遠慮しておこう」


 興味が無いと言えば嘘になる。

 しかし、あまり恵んでもらうのも貴族としてどうなのだろう。

 そんなプライドが邪魔して断ってしまった。


 その後、わかばが会計を済ませるとレオンたちは店の外に出た。

 クレープのビニールを開けてやると、エリシアはモグモグとクレープを食べる。

 美味しいらしい。幸せそうにニコニコとしている。


 わかばは、なにやら買ったものを開けてスマホをいじっている。

 何をしているのだろうか。

 レオンが興味から見つめていると、わかばがスマホを差し出してきた。


「さて、レオン様にはこれを上げます」

「スマホ……貰っても良いのか?」

「はい。これは古い端末なんですよ。音楽とか聴くのに持ち歩いてましたけど、あんまり使わなかったので。プリペイド式のSIMカードが入っていますので、一月は問題なく使えますよ」


 それは、とてもありがたい。

 スマホが無ければ、ネットの活動は何もできないと悩んでいたのだ。

 しかし、同時に疑問が湧く。


「……どうして、そこまでしてくれるのだ?」

「え?」

「どうして、俺の手助けをするんだ? たしかに、わかばの事は助けたが……ここまで良くしてくれるほどの事をしただろうか?」


 助けたお礼に、今日一日は付き合ってくれた。

 そこまでは理解できる。

 レオンからわかばに頼んだことでもあるのだから。恩人から頼まれたら断り辛いだろう。


 しかし、わかばは頼んでいないことまでしてくれる。

 身銭を切ってSIMカードを購入し、中古とはいえスマホを渡す。

 そこまでレオンのことを考えてくれる理由が分からない。


 わかばは気まずそうに、苦笑いを浮かべた。


「あぁー……正直に言うと、助けて貰ったお礼は二の次なんですよね……」

「それなら、なんのために俺たちに協力してるんだ?」

「ちょっと、自分勝手な打算が入ってるんですよ」

「打算?」


 わかばはコンビニで買ったミルクティーを開けると、こくりと飲んだ。


「私って普通の家に生まれた、普通の女の子なんです。無事に大学にも行かせて貰って、たぶん卒業したら普通に就職して、ほどほど幸せに生きていけると思います」

「……羨ましいな」


 異世界の貴族に生まれて、自分の死を感じながら生きていたレオンとは正反対だ。

 レオンもそんな人生を歩みたかった。

 二度目の人生に贅沢を言いすぎかもしれないが。


「だけど、私はそんな人生になんとなく不満を感じちゃうんです。せめて、ちょっとの間だけでも『特別な生き方』をしたい。そのためにダンジョン配信とかやってみたんですけど、やっぱりそこそこの視聴者しか付かなくって……」

「……なるほど、その『特別な生き方』のために俺を利用したいわけか」

「えへへ……ごめんなさい」

「いや、謝るようなことじゃない」


 わかばの気持ちは少しだけ理解できる。

 レオンも前世で平凡に生きていた時には、似たようなことを思っていた気がする。

 ゲームの主人公のような『特別な生き方』に憧れたものだ。


「……スマホをくれるか?」

「あ、どうぞ」


 レオンはわかばからスマホを受け取る。


「俺はわかばに『特別な生き方』を提供する。その代わりに、わかばは俺の配信活動に協力してくれ。そういう契約で良いな?」

「はい。よろしくお願いします! あ、スマホの使い方を教えますね!」


 レオンはコンビニの前で、しばしスマホの使い方を教わる。

 クレープを食べ終わったエリシアも興味深そうに、スマホ講座を眺めていた。

 スマホ講座が終わったころには、わかばの買ったミルクティーが空になっていた。


「スマホの使い方はこんな所ですね。また、こっちに来た時には連絡してください。仲間外れは止めてくださいよ?」

「もちろんだ。俺は契約は守る。あぁ、だが、スマホとクレープのお礼は先に済ませておこう」


 レオンが手のひらを出すと、そこにキラリと光る指輪が現れる。

 『貪欲な宝物庫』に入れていたお宝だ。

 もしもの時には、換金してお金に変えようと思って用意していた。


「これをプレゼントしよう」

「ゆ、ゆゆゆゆ指輪ですか!? わ、私たちは、まだそういう関係には早いんじゃ……」

「プロポーズなわけがないだろ……金の代わりに貰ってくれ。スマホ代くらいには十分なはずだ」 

「いや、どう見たって過剰ですよ……貰えません!」

「俺は中身は偽物でも貴族だ。施しを受けてばかりでは立つ瀬がない」


 レオンはわかばの腕を握ると、強引に指輪を渡した。

 現金は無いが、物は沢山ある。

 これで恩を返せるのなら安い物だ。


 強引に渡されたわかばは、少し顔を赤くしている。

 やっぱり、指輪は微妙だったろうか。

 小さくて、そこそこ高価な物となると、これくらいしか思いつかなかったのだが。


「さて、そろそろ、わかばは帰った方が良いんじゃないか?」

「そ、そうですね。駅はすぐそこなので、ここで解散で大丈夫です」

「分かった。気を付けて帰れよ」

「はい。また今度」


 わかばは手を振って走り去って行った。

 去り際まで目をキョロキョロさせていて、レオンと目を合わせてくれなかった。

 ……連絡したら、ちゃんと出てくれるだろうか?


「……レオン様、不用意に女性に対して指輪を贈るのはどうかと思います」

「悪かった、次からは気を付ける」


 ぷくーっと頬を膨らませているエリシアの頭を撫でると、風船がしぼむように頬も落ち着いた。

 その後、レオンたちは人気のない路地裏に向かうと、レオンたちの世界へと転移した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る