第8話 RTR

 同人誌即売会が終わったころには日が傾き始めていた。


「わかばの家は遠いのか?」

「電車に乗っちゃえば、すぐですね」

「それなら駅までは送って行こう」

「ふふ、ありがとうございます」


 女の子を一人で帰らせるのは紳士的じゃない。

 レオンは駅までわかばを送っていくことにした。


 しかし、人気の少ない道へと入った時だった。

 向こう側から、道を塞ぐようにゾロゾロと男たちが歩いてくる。

 ジャラジャラとして金属のアクセサリーや、派手に染められた髪を見るに行儀の良い人たちではなさそうだ。


「うわ、別の道から行きましょうか……」

「そうだな」


 わざわざトラブルに突っ込んでいく理由もない。

 道を戻ろうとすると、来た道からも同じような奴らが歩いて来た。

 他に道は無い。


「……囲まれたみたいだな」


 レオンが男たちの様子を見ていると、見覚えのある顔が出てきた。

 同人誌即売会で出会ったコスプレ男だ。

 もっとも、すでにレオンのコスプレは脱いで、お洒落な服を着ている。

 どうやら、この男たちが『RTR』と呼ばれている半グレ集団らしい。


「よぉ、約束通りに遊びに来てやったぜ」

「お友だちを連れて復讐か……どこまでも情けない男だ」

「テメェ、この状況でも俺をコケに――ッ!?」


 コスプレ男はグイッと横に退かされ、どさりと転んだ。

 代わりに出てきたのはひときわガタイの良い男だ。

 男たちのリーダーなのだろう。

 コスプレ男は転ばされたのに、文句も言わずリーダーを見上げていた。


「あー。このクズを馬鹿にするのは構わないんだけどよぉ。お前のせいで今日の収穫がゼロなんだわ。せっかく、馬鹿なオタク女どもをゲットして稼ごうと思ったのによぉ……どう責任取ってくれるわけ?」


 どうやら、コスプレ男が半グレに女の子を売っている噂は本当だったらしい。

 意外と日本の治安も悪いな……。


「……責任だと?」

「そうだ。他人に迷惑をかけたら賠償するのが当然だよなぁ? 俺たちの損失を埋めるために、ちゃんと賠償をしてもらわないとなぁ」


 リーダーはにやにやと笑いながらレオンたちを見下す。

 キュッとレオンの袖が掴まれた。

 振り向くと、わかばが不安そうにレオンを見つめていた。


「安心しろ、この程度の手合いはどうとでもなる」

「はぁ? コスプレしてるガキが何を調子に乗ってるわけ? まさか、アニメの登場人物にでもなり切ってるのかぁ?」


 リーダーは近くに落ちていたコンクリートブロックを鷲掴みにすると軽々と持ち上げた。

 バゴン!!

 小石でも投げるようにブロックを投げる。

 それはレオンたちの近くに当たると、破片をまき散らしながら爆ぜた。


「お前みたいなガキは、簡単に捻り潰せるんだよ。分かったら。金と後ろの女二人をこっちに寄こせ。それで命だけは助けてやるよ」

「フッ、クククク、あははははははは!!」

「あぁ? 可笑しくなったか?」


 レオンは悪役らしい三段笑いをキメる。

 レオンハルトに転生した後、ふざけて練習していたらクセになってしまった笑い方だ。

 面白いと、ついこんな笑い方をしてしまう。


「いや、すまない。こんな可愛らしい小悪党どもが吠えているとな……必死に鳴き喚く子猫のようで面白くなってしまった」


 感覚としては、面白い鳴き方をしている猫動画でも見た時の気分に近い。

 いくら必死に威嚇していようと、迫力が無ければ面白いだけだ。


「お前、殺すわ」


 ガン!!

 リーダーがコンクリートを蹴り上げて走り出した。

 衝撃でコンクリートが割れている。凄い脚力だ。


「つまらない冗談だ」

「ふぐっ!?」


 ズドン!!

 虚空から現れた砲弾が、リーダーの脇腹に激突。

 リーダーはビルの壁にぶつかると、脇腹を抑えながら呻いていた。


「はぐぅっ!? お前、なにを――!?」


 レオンは虚空から剣を引き出す。

 鈍色の刃が怪しく光る。

 その剣先をリーダーに向けた。


「ま、まって――」

「たしか、『女二人を寄こせ』だったか?」

「あァァァァァァァァ!?」


 リーダーの足をコンクリートに縫い付けるように、剣を突き刺す。

 これで身動きは取れない。


「俺はレオンハルトの偽物だ。彼ほど苛烈ではない」

「ま、待ってくれ……俺が悪かった……止めて……」


 レオンは二本目の剣を引き抜いた。


「それでも、己の友や家臣を守るためには、非情にならなければならない時があった」

「ぐぅぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 リーダーの手を貫いて、コンクリへと縫い付ける。


「貴様のような害虫を潰すことに、今さらためらいは無いのだ」


 レオンは三本目の剣を引き抜く。

 狙いはリーダーの頭蓋。

 せめて苦しみなく、一撃で絶命へと導こう。


「や、止めてぐだざい。もう、しまぜんから……殺さないで……」

「ふむ、聞き飽きた言葉だな」


 ザン!!

 刃がコンクリへと突き刺さった。


「さて、次は……」


 レオンが振り向くと、男たちは散り散りに走り出した。

 蜘蛛の子を散らしたとは、このような様を言うのだろう。


「あぁぁぁぁぁあああ!?」

「た、助けて……助けてくれぇ!?」

「だから、半グレなんて辞めようって言ったんだぁ!!」


 烏合の衆だったのだろう。

 これでRTRとやらは半壊……してくれると良いのだが。


「おっと、お前は逃がさない」

「ひぃ!?」


 コスプレ男の足に、虚空から現れた鎖が巻き付く。

 レオンは鎖を掴むと男を引き寄せた。


「す、すいません、すいません、すいません。もう悪いことはしませんから、命だけは助けてください」

「次に同じような活動をしているのが分かったら、お前を殺しに行く」

「は、はい。すいませんでした!!」

「反省したなら、俺の視界から消えろ」

「はい。二度と邪魔するようなことはしませんからぁぁぁぁぁ!!」


 鎖をほどくと、コスプレ男はバタバタと走り出した。


「あ、あのー」


 男たちが消えると、わかばが引き気味に声をかけてきた。


「本当に殺しちゃったんですか?」

「まさか、日本で殺しなんて問題になるだろう?」


 レオンはリーダーを見る。

 ブクブクと口から泡を吹いている。

 恐怖から気絶しただけだ。


「ただ、中途半端に相手をして付きまとまれるのも面倒だったからな。脅すだけ脅しただけだ」


 レオンはリーダーに突き刺さっていた剣を引き抜くと、傷口にドバドバと液体をかけた。


「これは薬草から作った回復薬だ。これくらいの傷なら問題なく治せる。コイツは目が覚めたら勝手に帰るだろ」

「よ、良かったぁ……」


 わかばはホッと息を吐いた。

 いくらダンジョンなんて物が生まれていても、日本生まれ日本育ちに殺しは刺激が強いらしい。


「そうでしょうか……私は逃げた男たちも含めて、皆殺しにするべきだったと思います。あのような者たちは生きている限り、しつこい羽虫のようにまとわりついてきます」


 エリシアの鈴を転がしたような声から、皆殺しと言う単語が出てきた。

 わかばはそれがビックリしたらしい。

 ギョッとエリシアを見る。


「み、皆殺し……エリシアちゃんって意外と物騒……?」

「あぁ、エリシアはスラム育ちだからな、シビアな考え方をしてるんだ」

「え、エリシアさん……」

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