第7話 レオンのコスプレ

「ふぅ、俺は休憩をする。貴様らも休むと良い」


 撮影が始まってから、どれほどの時間が経っただろうか。

 コスプレなんて写真を撮られるだけだと思っていたが、目まぐるしくポーズを変えていたため疲れた。

 コスプレは肉体労働だと思い知らされた気分だ。


「レオン様、お疲れ様です。こちらタオルと飲み物です!」

「ああ、感謝する」


 わかばがタオルとスポーツドリンクを差し出してきた。

 なんとも用意の良いことだ。コンビニあたりで買ってきていたのだろうか。

 キュッとボトルを開けて口を付けると、懐かしい甘さが口に広がった。

 スポーツドリンクなんて十五年ぶりだ。


「これは……?」


 エリシアは不思議そうにボトルを見回している。

 異世界生まれ、異世界育ちのエリシアにはペットボトルは未知の道具。

 開け方すら分からないのだろう。


「貸してみろ……ほら、回すと開け閉めを出来るのだ」

「すごい。とても便利ですね……甘いです!」


 エリシアはスポーツドリンクが気に入ったらしい。

 パッと笑顔を咲かせてくれる。

 『ブレイブ・ブレイド』の世界も、中世などに比べれば食事を始めとした生活水準は高い。

 しかし、やはり日本の飲食物の方が段違いに美味しい。

 発展した食文化と、豊富な食材や調味料が有ってなせる業だろう。


「あのぉ、すいませーん」

「うん?」


 レオンたちが休憩をしていると声をかけられた。

 振り向くと、そこに居たのは女性のコスプレイヤーが二人。

 シスターのような格好と魔法使いのような恰好をしている。


「ほう、『リーリエ』と『アネモネ』か……」


 リーリエとアネモネは、どちらの『ブレイブ・ブレイド』のパーティキャラクターだ。

 二人のコスプレイヤーはその恰好をしている。

 コスプレ初心者のレオンからしても、そのコスプレの完成度は高い。

 きっと、時間とお金をかけている。コスプレに愛のある人たちなのだろう。


「はい。私たちも『ブレブレ』のコスプレしてるので、良ければ合わせをしてもらえませんか?」 

「合わせ……?」


 レオンが首をかしげると、わかばがこそっと耳打ちをしてくる。


「一緒に撮影しませんかってことです。要はコラボのお誘いですね」

「なるほど……良いだろう。合わせとやらをしてやる」

「わぁ……ありがとうございます!」

「声かけて良かったぁ……」


 二人のコスプレイヤーはきゃぴきゃぴと喜んでくれる。

 これだけ完成度の高いコスプレをしているなら、二人とも『ブレイブ。ブレイド』への愛がある人なのだろう。

 同じファンに喜んでもらえるのは、古参ファンとして嬉しいものだ。


「そうなると、エリシアが異物になってしまうか……?」


 エリシアは『ブレイブ・ブレイド』に登場しない。

 あくまでもレオンが拾った女の子だ。

 登場人物をしているコスプレイヤーと写真を撮ると、違和感があるかもしれない。


 どうしたものかと、エリシアを見るとぷくーっと顔を膨らませていた。


「……どうした?」

「いえ、レオン様も大きい女の人が良いんだなって……」

「何を言っている。俺にとって、お前ほど大事な女は他に居ない」

「むぅ……!! ズルいです……!」


 エリシアは顔を真っ赤にしながら、わかばと共にはけていく。

 少しセリフが痛かっただろうか。

 シスター服の――リーリエのコスプレイヤーが不思議そうに首をかしげた。


「なんだか、とっても仲が良いんですね?」

「気にするな。妹だ」

「うわー、美形兄妹なんですね!」


 もちろん本当は妹では無いのだが、言い訳として丁度いいので妹としておこう。

 実際に妹のように大切に思っているし。


 その後、レオンはコスプレイヤーの二人と撮影を続けた。

 ゲームではレオンと、リーリエたちは敵同士だ。

 撮影もそれを意識して、敵対しているような構図でポーズを取っていく。


 撮影が始まって、少ししてから気づいたのだがレオンたちを囲んでいる円が大きくなっている。

 どうやら、コスプレイヤーの二人が連れて来てくれた人たちらしい。

 おかげで、より注目が集まっている。

 会場に居るコスプレイヤーの中では、一番目立っているのではなかろうか。


(目論見は大成功だな)


 レオンは心の中でほくそ笑んだ。

 これを大きな一歩として、ダンジョン配信者として活動することができる。

 満足していたレオンなのだが……トラブルだろうか。

 囲んでいたカメコがザワリと騒いだ。


「……アレは――」


 レオンたちが撮影している場所に、ずかずかと入り込んでくる人が居た。

 そいつはマントをはためかせた貴族のような衣装を着ている。


「俺のコスプレか……確かに、居てもおかしくは無かったな」


 レオンのコスプレをした男だった。

 しかし、コスプレのクオリティは低い。

 安い布を使っているのだろう。質感から安っぽい。

 おそらくは大量生産品のパーティーグッズでも購入したのだろう。


 一つだけ褒められる点があるとすれば、男は顔が良かった。

 ホストでもやっていそうな甘い顔立ちだ。しっかりと化粧もしているらしい。


「あの人、質の悪いコスプレイヤーとして有名なんです……コスプレしてる女の子と付き合って、お金を貢がせるだけ貢がせて、最後は半グレに売り払うって」

「ほう……」


 リーリエのコスプレをした子が教えてくれた。

 どうやら、レオンのコスプレをしている男は悪いヤツらしい。

 レオンハルトのコスプレをして悪行三昧とは、『ブレイブ・ブレイド』のファンとして腹立たしい。


 しかし、怒っているのは向こうも同じらしい。

 コスプレ男はレオンに詰め寄ると、胸倉を掴んできた。


「テメェ、誰の許可取ってレオンのコスプレしてるわけ?」

「ほう、この会場ではコスプレは自由と聞いたが?」

「テメェのせいで、俺が声かけても女の子が興味持ってくれねぇんだよ……!!」

「フッ、貴様に魅力が無いだけだろう。己の無力を人に押し付けるな」

「ふざけんじゃねぇぞ!!」


 コスプレ男がレオンの顔面に拳を振った。

 しかし、拳は届く前に、レオンによってつかみ取られる。


「テメェ……!?」

「誇りを捨て、民を食い荒らす貴様にレオンハルトを名乗る資格は無い!!大人しくこの場を去るが良い!!」


 拳を押し返すと、男は悔しそうにレオンを睨んだ。


「覚えておけよ。俺は『RTR』と繋がってんだ」


 RTRってなに?

 リアルタイムアタック?

 レオンが怪訝そうに目を細めると、アネモネの子が教えてくれた。


「『ラグナロク・ザ・ロック』っていう半グレ集団です……結構、ヤバいこともやってるらしくて……」


 ……半グレってなに?

 説明をしてもらったら、余計に分からない単語が出てきた。

 ともかく、なにか良くない集団らしい。ヤンキーとかカラーギャングとか、そんな感じだろうか。


「他人の威を借り脅迫か……どこまでも、くだらない男だな。いつでも来ると良い。俺は逃げも隠れもしない」

「ちっ……クソが……!!」


 コスプレ男は悔しそうに吐き捨てると、ずかずかと去って行った。

 暴力にも脅迫にも失敗して逃げ帰るとは、どこまでも情けない男だ。

 コスプレ男が立ち去ると拍手喝采――とまでは行かないが、カメコたちが満足そうに笑っていた。

 彼らも悪名高いコスプレ男には思う所があったのだろう。

 その後は拍手のように、パシャパシャとカメラの音が鳴り響いた。

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