第2話 知らない日本

「簡単に手に入ってしまった……」


 屋敷の自室でレオンは呟いた。

 その手には、近未来の地球儀みたいな道具が握られている。

 これが古代転移魔道具『ラール』である。


 辺境の村で古代魔道具を研究している老人に、必要なだけの出資をしたら手に入った。

 ゲームと同じ流れなのだが『手に入れるぞ!』と気合を入れていたので、拍子抜けである。

 日本に逃げることを思いついてから、一週間しか経っていない。

 

「レオン様、それは何でしょうか?」


 不思議そうに聞いてきたのは、メイドのエリシアだ。

 盗みを働いて殺されそうになっていた所を見かけて助けた女の子。

 ずっと一緒に居るせいか、妹みたいな情が湧いている。


「これは一瞬で遠くへ移動できる道具だ」

「それは……凄いですね……」

「いや、お前を置いて行こうとはしてないからな!? 安心すると良い!!」


 ラールについて説明すると、エリシアが悲しそうな顔をする。

 置いて行かれると思ったのだろうか。

 なんだか、留守番を嫌がる猫みたいで心が苦しい。


「ただ、少し遠く……いや、ずっと遠くに行くかもしれない。それでも付いてくるか?」

「はい。いつまでもお傍に置いてください」

「……帰ってこれないかもしれないぞ?」


 ラールで異世界にある日本に行けるかは分からない。

 行けたとしても、帰ってこれないかもしれない。


「かまいません」

「……そうか、ありがとう」


 日本に戻れたとしても、こちらと同じ時間が経っているなら十五年の月日が経過している。

 もしかしたら、もっと時間が過ぎているかもしれない。

 そうなれば、前世での知り合いが残っているかは分からない。


 広い日本に、異世界からたった一人で放り出されるのは寂しい。

 エリシアが付いてきてくれるのは嬉しかった。


「それでは……こっちに寄ってくれ」

「え、すぐに向かわれるのですか?」

「ああ、生まれてから十五年で痛感したことだが、行動は早い方が良い。俺のような無能は、グダグダ考えるだけ無駄なのだ」

「わ、分かりました」


 そもそも、日本に行けるかも分からない。

 使おうとしても不発の可能性だってある。

 とりあえず使ってみなければ、どうなるか分からないのだ。

 それに、日本で暮らす準備はすでに済んでいる。今さら出来ることもないのだ。


「それでは、使ってみるぞ」

「は、はい」


 エリシアと手を繋いで、ラールを起動する。

 ひゅんひゅんと中心に浮かぶ球体が回りだした。


 レオンは目をつむって、日本で暮らしていた家を思い出す。

 小さいが暖かい一軒家だった。

 両親が居て、姉が居て、世界の運命を握ることのないような平凡な暮らし。


 ギュン!!

 エンジンを急停止したような、甲高い音が響いた。

 同時に空気が変わるのを感じる。

 屋敷の暖かい空気が消えて、ひんやりジメっとした空気が頬を撫でた。


 そっと目を開けると、視界を生めるのは薄暗い洞窟だ。。


「……ここはドコだ?」

「失敗……ですか?」


 こんな洞窟は知らない。

 転移場所として指定したのは、前世で住んでいた家の前だ。

 そこに転移せずに、ドコとも知れない洞窟に出た。

 それはつまり、異世界への転移が失敗したということだろう。


 やはり、異世界への転移は無理なのか……。

 鉛でもぶちまけられたように、レオンの胃が重くなる。

 逃げることはできなかった。


「失敗のようだ……屋敷へ戻るとしよう」

「……かしこまりました」


 レオンはため息を吐く。

 再びラールを起動しようとした時だった。


「きゃぁぁぁぁ!?」

「……叫び声か。民衆を守るのも貴族の務めだ。向かうとしよう」

「はい」


 レオンは走り出す。

 悲鳴は鮮明に聞こえた。距離はそう遠くないはずだ。

 開けた大空洞に出ると、そこにはドラゴンに襲われる女性の姿が見えた。


「ふん、デカいトカゲごときが」


 レオンが手をかざすと、周りからつるぎが現れてドラゴンへと殺到した。

 ザザザザザザザザザザザ!!

 雨のように降り注ぐ剣が、ドラゴンの背中へと突き刺さる。

 それは粗悪な鉄の剣だ。素人が振るうような三流品。

 しかし、これだけの量があると馬鹿にできない。ドラゴンを殺せるだけの力になる。


「ギャオォォォォン!?」


 ドラゴンは苦しむように悶えると、長い首を振るってレオンを睨んだ。


「ギャオォォォォ!!」

「ほう、まだ抵抗するだけの気力があるか……ならば、貴様の命と共に叩き潰す」


 ガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

 けたたましい金属音を響かせて、レオンの周りから剣が現れた。

 一本や二本ではない。

 数えきれないほどの剣が、竜巻のように荒れ狂う。


「グギャァァァァ!!!!??」

「竜も千刃せんじんに散る。冥土の土産に覚えておけ」


 刃の嵐に巻き込まれたドラゴンは、絶叫と共に絶命した。

 すると、ドラゴンの死体からキラキラと光りが漏れ出る。

 あれは、なんだ?

 死体が光るなんて聞いたことがない。


 レオンが困惑している暇もなく、ドラゴンの死体は光となって消えてしまった。

 まっさらになった後には、からりと小さな石が転がるだけだ。


(いや、今はドラゴンのことは捨ておこう)


 ドラゴンの事は後で良い。先に女性の安否を確認しよう。

 ケガなどしていなければ良いが……。

 レオンが女性を確認しようとすると――。


「スゴイ!? 本物のレオンハルトみたい!!」


 女性は興奮した様子で、レオンに駆け寄って来た。

 まるで珍しい物でも見るように、ジロジロと見回される。

 動物園の珍獣にでもなった気分。

 いくら興奮しているとはいえ、貴族に対して失礼ではなかろうか。


「貴様――なんだ。その丸いのは?」


 女性に注意しようとしたが、それ以外の物が気になった。

 女性の後ろには、黒いレンズの付いた丸い球体が浮かんでいる。

 まるでカメラのようだ。


 球体の上には、ホログラムが投影されるように画面が映っている。

 それは配信画面のようになっていて、まさにレオンたちのことを映していた。

 そして配信画面の隣には、日本語で書かれた文章がパラパラとスクロールしている。


『すげぇ。本物のレオンハルトみたいじゃね!?』

『コスプレのクオリティ高すぎだろ!?』

『戦い方もまんまレオンハルトじゃんwww』

『見た目もそっくりで、スキルもそっくりって、もはや本人では?』

『レオンハルトってアタブラのキャラでしょ?』

『アタブラキッズwww元は『ブレイブ・ブレイド』ってRPGのキャラだぞ』


 日本語が流れている……つまり、ここは日本なのだろうか。

 しかし、なぜ日本にドラゴンが居るのか。

 レオンが混乱してカメラを見つめていると、女性は申し訳なさそうにカメラのレンズを隠した。


「あ、ごめんなさい。『ダンジョン配信中』だったの忘れてて、勝手に映しちゃいました……」


 ダンジョン?

 ダンジョン配信?

 知っているはずの日本なのに、知らない言葉が出て来る。

 まるで二回目の異世界転生をした気分だった。

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