悪役貴族だけど、日本に帰ったらコスプレ探索者としてバズりました~配信で稼いで、異世界を現代兵器で生き抜くぞ!!~

こがれ

第1話 そうだ。日本へ行こう

 ずんずんと豪華な屋敷を歩くのは『レオンハルト・ストレージア』だ。

 美しい銀の髪に整った顔立ち、しかしナイフのように光る鋭い目をしている。


  ストレージア伯爵家の次期当主であり、まだ十五になろうという年齢で、手腕を振るって領地を改革している才色兼備の青年だ。

 しかし、汚職に手を汚すような家臣は容赦なく切り捨てる。


 そんな彼が屋敷を歩けば、すれ違ったメイドたちは慌てて頭を下げる。

 彼女たちが慌てるのは、レオンハルトが粗相をしたメイドを断頭台へと送ったことがある――なんて噂があるからだ。


 才能に溢れるが冷血な次期伯爵。

 彼の事は、家臣、民衆、さらには他の貴族まで恐れている。


「俺は自室で休む。誰も近づかせるな」

「かしこまりました」


 レオンハルトはメイドに言い放つと、バタンと部屋の扉を閉めた。

 そして自室に置かれた大きな鏡の前に立つ。

 そこに映った自分の姿を、レオンハルトはまじまじと見つめた。


 キリっとしていた冷徹な伯爵の顔が、ふにゃりと泣きそうに歪んだ。

 同時にレオンハルトはガクリと膝を落として、土下座のように床に這いつくばる。


「ああぁぁぁぁぁぁ駄目だぁぁぁぁぁぁ。俺は死ぬんだぁぁぁぁぁぁぁ……!!」


 そこに冷徹な伯爵様の姿は無い。

 泣き言を叫びながら、カーペットをゴロゴロと転がるのは気弱な青年だ。


「転生して十五年……万策尽きた……」


 レオンハルト――レオンは転生者だ。

 元は普通の高校生。

 死因は憶えていないが、ともかく死んでレオンハルトとして転生した。

 ファンタジー世界に転生だ!! ひゃっほー!!

 なんて、最初は喜んでいたが、自身が『あのレオンハルト』だと分かると喜びは絶望に変わった。


「俺はレオンハルトと同じように死ぬんだ……いや、あんなカッコよくは死ねないか……」


 『レオンハルト』はレトロゲーム『ブレイブ・ブレイド』の悪役だ。

 悪役というと嫌われ者を想像するかもしれないが、レオンハルトは違う。

 むしろ人気キャラである。


 元は主人公たちと敵対していたが、ストーリーの終盤で第三の敵が登場。

 その敵から追い詰められた主人公たちを逃がすために、第三の敵と戦って死亡する。

 ここは俺に任せて先に行け!! ってヤツである。


 結果として、主人公たちを助ける行動と、中二心に刺さるようなビジュアルが相まって人気キャラとなった。


 レオンも前世では好きだったが……当事者となると話が変わる。

 主人公たちのために犠牲にはなりたくない。

 しかし、レオンが何もしなければ世界が滅ぶ可能性が出て来る。


 ストーリーに従っても、従わなくても死ぬ運命。

 どっち道、デッドエンド。


 何とかしないと俺が死ぬ!!?

 そう焦って、運命を変えようと行動をしてきたレオンだが……結果は見ての通り。


「あばばばばばばば、もう、どうしようもないよー」


 カーペットの上を、ミミズのようにのたうち回るイケメンの姿は悲惨だ。

 領地の改革など、ちょっとしたことは上手くいっているのだが、世界の危機を救えるようなことは無理。

 しかも本編のストーリーが始まるまで、あと一か月。タイムリミットが迫っている。

 これはどうしようもない。そう諦めて発狂していた。


「ああ、もうやだ。どこか遠くへ行きたい。日本に帰りたい……うん?」


 遠き異世界の故郷を思っていた時だった。

 レオンの頭脳に光明が差す。

 そうだ。日本に帰ろう!


「そうだよ。古代転移魔道具の『ラール』があるじゃないか!! あれを使えば日本に逃げれる……!?」


 古代転移魔道具ラール。

 簡単に行ってしまえば、ゲームのファストトラベルアイテムだ。

 行ったことのある街に戻りたいとき、いちいち移動していては時間がかかる。

 それではプレイヤーのストレスになってしまう。

 それを解消するため『行ったことのある場所なら、一瞬で移動できるアイテム』として出てきたのがラールだ。


「たしか、ゲーム序盤のクエスト報酬だから入手難易度は低かったはず……すぐに手に入る」


 もしも、ラールの効果が異世界にまで影響するなら……日本に逃げられるかもしれない。


「残される人たちには申し訳ないが……俺に世界は救えない。逃げる俺を許してくれ」


 レオンはそう呟くと、部屋のドアへと向かった。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 『エリシア・イシュタリア』はレオンハルトのメイドである。

 長い亜麻色の髪に、整った容姿。年はレオンよりも少し下の十三歳。

 その外見をレオンが気に入ってくれたのか、お付きのメイドとして身の回りの世話をしている。


 そんなエリシアは、いけないことだと分かりながらも、レオンの部屋に聞き耳を立てていた。


「俺は死ぬんだぁぁぁぁぁぁぁ……!!」


 微かながら声が聞こえてくる。

 レオンは自室に入ると、いつも一人で嘆いている。

 きっと、日々の心労がそうさせるのだろう。


「レオンハルト様……」


 エリシアは心配と共に、レオンの名を呟いた。

 レオンは冷血な伯爵と恐れられているが、実際には優しい人だとエリシアは知っている。


 かつて、エリシアは親に捨てられた浮浪児ふろうじだった。

 ガリガリでやせ細り、野良犬のように小汚い子供。

 生きるために汚いこともした。

 盗みを働いて殺されそうになったこともある。

 そんな時に助けてくれたのがレオンだ。


 店主に捕まり、殺されそうになっていた所にレオンが通りがかった。

 レオンはエリシアの代わりに謝り、商品の代金を払ってエリシアを引き取った。

 『ただの偽善だ』とレオンは自嘲気味に笑っていたが、エリシアは助けてくれたことを心から感謝している。


 もし、レオンが辛いのなら、少しでも助けになりたい。

 しかし、まだ幼いエリシアにはレオンを助けることはできない。

 ただ扉の外から、レオンの嘆きを盗み聞くだけだ。


「……終わったみたい」


 バタン!!

 声が止むと、部屋からレオンが出てきた。


(いつもと、ちょっと違う……?)


 いつもであれば、部屋から出てきたレオンは変わらず冷たい表情を浮かべている。

 しかし、今日のレオンは機嫌が良かった。

 微かに笑みをたたえている。

 ほとんどの人は気づかないような些細な違いだ。

 いつもレオンのことを見つめているエリシアだからこそ、気づいた異変。


 その笑みが不気味だった。

 浮浪児として生きていたころに、似たような表情を見たことがある。

 死ぬ間際の病人だ。なにもかも諦めたような笑顔だ。


「レオン様……!」

「うぇ!? な、なにですか!?」


 思わずレオンに抱きついてしまった。

 そうしなければ、どこかに消えてしまいそうで。


「お願いです。私の事を置いてかないでください」

「……な、なにを言っている。お前は俺が拾ったのだ。くだらない偽善からだとしても、最後まで面倒は見る」


 レオンはいつもの無表情に戻ると、ぽんぽんとエリシアの頭を撫でた。

 それでも、エリシアの胸騒ぎは収まらなかった。

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