大変な日常
第17話 慰労会
桜花杯そのものはそれからチームの二連敗で決勝戦に行くことなく終わった。だが個人成績では全戦無敗。結果的に火鉢は特別賞【無敗賞】を貰い、後日トロフィーが自宅に郵送されることとなった。
大会の翌日に笑いあり涙ありのパーティゲームでもって行われた慰労会では更に親睦が深まり、全員から”先生”と呼ばれることになった。
それから数日後のことである。プロゲーマーに転職した為に増えた昼のゲーム配信を終えると、ふと花月から連絡が寄越された。曰く、お祝い配信をしたいとのことだ。詳しく聞いてみると、バトルアラウンド1《ワン》でワイワイガヤガヤとしたいそうだ。先のチームで開いた慰労会を見て嫉妬したらしい。
バトルアラウンド1は人類史上最悪とまで称された第一次世界大戦をモチーフにしたFPSゲーム。その音やグラフィック、悲鳴や呻き声にまで
だが、花月の配信を見るに彼女の持ち場はバトルアラウンド2050という最新作の方の筈だ。そっちじゃなくても良いのかと尋ねたところ、主役を立てたいと返ってきた。
配信の待機所では先日神喰ライの桜花杯で発表された火鉢とアレフの為に作られた
音量や画面のチェックを済ませ、配信に二人のゲーム画面を載せる。いつも通りアレフは膝の上に乗っかっている。
配信が始まると共に花月の声が社交向けへと切り替わった。
『もー先輩の配信じゃお久しぶりっスかね? どもっス~。シテちゃんっスよ~』
「俺もシテの配信に乗るのは久しぶりだな。モグリだ」
「ぬるぬると言う。まだこのゲームには疎いが、足を引っ張らぬよう、尽力するつもりだ」
『ってかもー先輩とFPSするのは何気に初じゃないっスか? 何使うんスか?』
「私は基本看護兵やサポート寄りの編成だ。最前線のスピードにはまだ慣れてなくてな」
「俺は大体何でもいけるぞ。何ならこのゲームなら縛りいるか?」
火鉢が己から縛りを科す程度には不遜なのには理由がある。このゲーム、バトルアラウンドシリーズは格闘ゲームの息抜きにプレイしてきたゲームの一つなのだ。その中でも1は最もプレイしたタイトル。今こそアレフと共にワイワイガヤガヤとやっているが、昔はこっちでも世界規模で最強の名を強豪プレイヤー達と奪い合ってきた自負がある。
『よっ。その言葉を待ってました!んじゃぁ突スナ、勿論単スナで。サブは自由でいいっスよ。シテちゃん優し~』
本当に花月は読み通りにいった時の反応が分かりやすい。会話でも先を読んでくるあたり、全くもって余念がない。
突スナとは最前線まで向かうスナイパーのことだ。無論、スナイパーとは本来遠距離からのサポートを主とする。だが、武器によっては胴体でも一撃で倒せる距離があったり、殆どの距離でヘッドショットすれば一撃で倒せるため、ある意味では最もキル速度が速い武器とも言える。そんな半ば迷信のようなものを信じた者たちがショットガンのように使い始めたのが突スナだ。
そして単スナを選んでくるあたり、花月の性格の悪さが滲み出てくる。単スナとは一発撃つ度にカチャコン、というコッキングをしなければいけない武器種を差す言葉だ。アレフはこの一発入魂がまだ苦手なようで、彼女の使うモンドラゴン、という武器にはこれがない。
花月とゲーム内で合流し、早速目に入ったコンクエストという、いわば陣取り合戦のゲームモードのサーバーに入る。どうやら試合が始まったばかりのようで、サン=カンタンスカーというマップに放り込まれた。航空機も戦車も何でもありのマップ、ルールだ。
『シテ、発進!』
活気良く花月はだだっ広いマップを最短距離で敵へと、手にサブマシンガンを持ち突き進んでいった。誰よりも早く戦場に辿り着き、誰よりも早く死んだ。
それを笑いながら火鉢たちも前線を上げていく。手前の拠点から取り、どんどんと目へと進んでいく。そうこうしていると、アレフもまた戦闘機からの機銃でやられてしまった。
そんな中、火鉢はキルを重ねていく。当たり前だが、このゲームは上のランクに合わせる事は出来ても下に合わせることはできない。花月とアレフには難しい試合を強いてしまっている。相手もまた、火鉢と同じ最高ランク辺りまでやり込んだプレイヤー達だ。射線管理はしっかりしているし、無謀な突進もしない。火鉢はしかし、それでもキルを重ねていくのだ。敵がいるであろう場所にグレネードを投げ、一瞬でも顔を出せば即ヘッドショット。平野を走る歩兵に対しては百発百中と言っていいだろう。
「なぁシテよ。モグリは何にやられると思う?」
『戦闘機に一票』
「ならば私はスナイパーに入れるとしよう」
「勝手に変な投票しないでく―――あ、やられた」
『クソッ!素直に突撃兵に入れとけばよかった』
何がクソッ!だ。自分の命が軽いのをいいことに賭け事しおって。
しかし、意外と花月も強い。近距離戦に特化した突撃兵とだけあって、スナイパーや戦車には弱いが、一対一の多くで勝ちをもぎ取っている。格闘ゲームで培ってきた読みの鋭さ故だろう。相手のリロードや詰めてくるタイミングを読み突進する。一見無謀に見える突進だが、新しい敵兵が救援に来たり敵に囲まれない限り過半数を勝利している。至ってシンプルだが奥深い。しかし音の鳴る方へ後先考えず突っ走る性分のせいなのか
対戦相手約三十名。その中で最前線に出る者は少なくない。その全てに個々の対策を短期間で練り上げ、格上相手にまで通用するほどに機能している。一対多にこそ通用しないが、武器を見抜き読みのジャンルを切り替えるその一瞬においてはあまりに特筆していた。
アレフの方も、何度も言うが最初から配信を見ている古参からしたら驚くべき成長っぷりだ。流石にキルレートで計ると弱いと一言で伏せてしまうが、距離の保ち方や生き残り方、味方を助けるといった面ではこの三人の中で一番活躍しているのではないだろうか。もし同じタイミングで全く新しいゲームを始めたとして、火鉢であればこの短期間でここまで成長するのは難しかっただろう。
しかしアレフは知っている。火鉢が寄り添ってくれたからこそ、ここまで成長できたのだ。一番親身になって一から懇切丁寧に飽きることなく教えてくれて、何より応援してくれたからこそなのだと。
「おっ、見てくれ。戦闘機のパイロットヘッショした」
「イカれておる」
『自慢するもんじゃないっスよそれ』
「えぇ……頑張ったのに」
悲しみから一瞬プレイが止まってしまい、その隙を見逃さななかった敵によってまたデスをしてしまった。
その一連の流れを見て一部の視聴者は気付いた。ある日を境に、火鉢の感情がよく表に出るようになっていることに。それは一度目はアレフが来た時。そして二度目は、視聴者は知らないがアレフに過去を吐露した(正確にはOHCAに加入が決まった)時であった。それまでの彼は言ってしまえば機械的だった。コメントと会話することはあっても、それがプレイを左右することはないし、あまり口数の多い方ではなかった。きっと昔の彼であれば、先ほどの好プレイも何も言わなかっただろう。そして面白いのが、それでいてプレイスキルが全く落ちていないというところだ。寧ろ更に高みを目指しているのではないかと思うほどに。兎も角、見ている視聴者側も随分と楽しくなったものだ。
「しかしあれだな。スナイパーもたまには持ってみるもんだな。あとサブはやっぱリボルバーだろ」
『えー、絶対オートマっスよ。リロードと弾持ちがレベチですって』
「そこは浪漫だろうよ。あと一発の重みが違うわ。ぬるはどう思う?」
「む? 待て。今狙いを澄まし―――逃げてしまったではあないか。私はモグリを受け継いでいるからリボルバーが好きだぞ」
「はい数的有利取った」
『待って今それどころじゃない!』
直後、悲鳴と共に火鉢が常に視界の端で捉えているキルログに花月の名前が浮かぶ。
『今のシテちゃん悪くないっスよね!? 今決めました~。もー先輩には次コリブリで出てもらいます』
「ふざけんな。たった今リボルバーが良いって話したろ」
動揺した火鉢は戦況を見て出撃した凄腕の戦闘機乗りの機銃によって不意を突かれてしまった。渋々花月の言う通りコリブリという世界最弱の銃をサブウェポンに選び戦線に戻る。
このゲーム、というより大戦を基にしたゲームではよくあることなのだが、一人英雄が居ようとそのチームが必ず勝利するとは限らない。それは味方に戦犯がいる訳でもなく、相手に英雄以上に強い存在がいる訳でもない。単純に質より量という側面があるのだ。
火鉢のデス数は最前線に身を置いていたにも関わらず一桁。どれも花月達との会話によって動揺してしまった為に引き起こされた偶発的なデスだった。デスを重ねる要因として考えられる油断や慢心というものは火鉢にはない。経験値から来る”余裕”こそあれど、決して相手を下に見ないのだ。格闘ゲームでは初心者のパンチがノックアウトを取ることは無いが、FPS、特にこういった雑兵飛び交うゲームではあり得るのだ。
次の試合では戦闘機での出撃を強制され、墜落はゼロ。その次の試合では騎兵での出撃を。そしてデスは一度のみ。改めて言うが、火鉢のランクはカンストの500。相手も同等のランクである。決して初心者サーバーで無双している訳ではない。
「何だか改めてモグリの強さを思い知ったぞ。何が不得手なのだ」
「LMG要求されたら多分もうちょっと下手だったと思うが」
『しまった!それを忘れてた』
「んじゃ、今日はこのくらいにしておくか」
時計を確認すると、もう既に日を跨いで二時間が経過していた。プロゲーマーになってからこういった夜更かしが増えてしまった気がする。
『っスね~。またしましょ! 次までに何が弱いか研究しとくんで』
「極力楽をしたいっていうのは受け入れられないのかね」
「無理だ。誰も魔法使いが
『そういうことっス。んじゃ、各々締めますか~』
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