第16話 王 対 兵器

 ウルトラビーストは強い。先鋒次鋒と彼等は順調に勝ちを掴んだ。シノハラがリーダーだ。恐らくはコーチ陣営も相当な猛者が揃っているのだろう。しかし中堅副将は火鉢達”人型魔人”が取り返した。

 二対二という圧倒的プレッシャーの元、運命は大将の火鉢とシノハラの手に委ねられた。シノハラは日本初のプロゲーマーの一人であり、今は大会シーン最前線からは退いたが、オンラインマッチでは未だ最上位をキープし続けている、最強の四十代だ。格ゲーマーの誰もが彼に憧れ、追いつこうと必死になった。画面端に連れていかれようものなら、”グロイ”とまで揶揄された高圧的な攻防が待ち受けていよう。

『では、両者意気込みを』

「胸を借りるつもりでいきますよ。大先輩なんで」

『人型兵器の名前は此処まで届いていますよ。なので全力で行きます』

 シノハラに全力で行く、と言われただけでゲーマー冥利に尽きる。

 チームメイトに背中を押され、火鉢は戦場へと赴くためにクロスコードをミュートにし、膝の上で声援を飛ばしていたアレフに横にどいてもらう。

 シノハラの使用キャラクターは信長。でびるに対しては至って平均と言ったが、プロが使うとその強さが如実に現れる。どれも揃ってどれも平均。だが、それは逆を言えばこちらの”全ての行動に回答”が用意されているということだ。

 シノハラのゲーム歴は言わずもがな火鉢の総人生よりも長い。その経験値の差は歴然だった。だが、火鉢はそれを覆す手段を用意してきた。

 彼は不遜だった。『己よりも強い者はいない』と一時期豪語していえただけあって、プレイには豪快さが垣間見える。似たプレイヤーにOHCA所属の高麗コウライがいるが、高麗とは違い、プレイを押し付けるのではなく、対応力の面でシノハラは豪快であった。万人が憧れただけあって、万人を相手取るような気分だ。

 火鉢の用意したシノハラを下す手段。それは【読み】だった。彼の対戦記録を見漁り、切り返しのタイミングやコンボの途切れるタイミング、そしてバーストのタイミングを頭に叩き込んだ。そして、それ以外の中下段や飛び道具は反射神経で見切る。始める前までは、時は火鉢自身も無敵かと思えるほどの対策っぷりであった。

「怪獣戦争の様だ……」

 信長の最大ダメージはジャンヌに劣る。だがそれを補って余りあるシノハラの飛び道具と、何よりも経験値。怪獣と呼ぶには十二分な体力の削り合いは、火鉢に瞬きの猶予すら与えなかった。

 だが、始祖、故に不遜。不遜が故に、唯一絶対の王。



『ドンマイですよ!私等が口出しできることなんてなんで―――』

「いや、大丈夫。理解はできた。次は勝つさ」

 負けたというのに、一切ブレないマインドでそう言い残すと、再び戦場へと舞い戻る。翼は未だ落ちてはいなかった。

 第二戦。いきなり仕掛けたのは火鉢。試合開始と共に最速でダッシュを入力し、シノハラの懐まで潜り込んだ。しかしシノハラは四十代とは思えぬ反射神経で無敵技昇竜を打ち込む。が、反射神経なら負けない。大会という緊張感、日本初のプロゲーマーと戦える高揚感。ありとあらゆる後押しバフの付いた火鉢はガードするだけ、つまりレバーを後ろに入力するだけなら四フレームで反応できる。そして神喰ライの無敵技は最速でも攻撃判定が出るまでに四フレームかかる。それはつまり、こう言い換えることができる。

【切り返しの無効化】

 絶対に技が当たる瞬間でない限り、火鉢の牙城は崩せない。そして、その”絶対に技が当たる瞬間”を一戦目で練り直した読みによって作らせない。世界最高峰の反射神経でのガードか否かのヒット確認とコマンド入力。

 しかしこれだけで完封とまではいかない。無敵技は動作が”火鉢基準では”分かりやすい方であるために読みも含めて対策し、反応することができる。しかし小技などは同じ四フレームでも分かりにくいので対策が遅れてしまう。更に言うのであれば火鉢が”読み”を習得したのは比較的最近。四半世紀以上を格闘ゲームに費やしてきたシノハラには無論到底及ばない。

 無敵技ぶっぱの硬直に火鉢がコンボを打ち込もうとした瞬間、シノハラ一度目のバースト。今作では一フレームで発生となるため、流石の火鉢でも反応はできない。

 一度距離を置かれた火鉢ジャンヌは再び己の反射神経と読みを頼りに距離を詰める。



『完封勝利です!一分の隙も見せずに王シノハラを下しました!王の座はすげ代わるのか!?』

 実況の言う通り、まさしく完封勝利。一ラウンドも、更には一度たりとて体力ゲージが半分を切らず火鉢は勝利。その試合運びに実況は先の四戦では見せなかったほどに声を荒げ、白熱し、火鉢陣営の盛り上がりはピークに達していた。

『凄いです先生!絶好調じゃないですか!』

『いや、こっから相手も対策してくるんで、ここからがヤバいっすよ』

 ファタールの言う通り。シノハラはここから先、更に対策を重ねてくる。一度完全なる敗北を喫した分、戦略は色濃く刻まれ、しっかりと練ることになるだろう。

「大丈夫。もう突っ込むことはしない」

 火鉢の手札の全ては割れていない。それは先の二試合で分かった。であれば、未だ誰にも、アレフにしか見せていない手札を見せるのみ。

 四人と、誰よりも竜の手を背中に感じた火鉢は、最後の試合へと出向く。

 シノハラは火鉢の思った通り、対策を講じてきた。普段よりも飛び道具が増え、絶対に距離を詰めさせないぞという硬い意志をひしひしと感じる。飛び道具によっての削りも含めて、体力有利を取ってのタイムアウトすら狙っているような気さえしてくる。今まで以上に慎重に慎重を重ね、九を捨てて一を拾うような……

 だが、それは火鉢の全くの想像通りだったのだ。一頻ひとしきり飛び道具を打たせ、時々気づかれない程度にわざと被弾する。するとシノハラは飛び道具に対してより信頼を置くようになる。そこまで、全部火鉢は知っている。

 わざと被弾するというのは、アレフと共に考え抜いた策だった。実を言うと、最初の一試合目を取られたこと以外は全て火鉢達の考えたシナリオ通りに進んでいた。ジャンヌの自傷ダメージの代わりに得たこのゲーム最大級のコンボ火力によって圧倒的リードを取り、そのままの勢いで一試合を取る。そして次の試合、慎重になった相手に対して一すら拾わせない攻防を仕掛ける。対策、と呼ぶにはあまりに練り込まれすぎていて現実味がなかったが、火鉢のプレイスキルが理想を現実に無理矢理ねじ込んだ。

 アレフは思った。過去の火鉢の強さなんてものは知らない。出会って半年しか知らない。世界の広さも未だ知らない。格闘ゲームなんて、知らない歴史の方が長い。だが分かるのだ。今の火鉢は火鉢史上、否、神喰ライという四半世紀以上続いた格闘ゲーム全史に於いて、最も強い、と。それは応援すらおこがましい程に、憧れることすら許されない程に、感情すら置いていく速度で”成長”し続ける強さ。

 配信を見ていた花月も同じく、火鉢の最強さに気付いていた。反射神経の衰えは、確かにある。だがそれを補って悠々自適に飛び越える読みと対策。彼はもう【人型兵器】ではないのだ。感情を持ち、瞳で、脳で、全身でゲームを楽しむ、唯々ただただ勝利を追求し続ける探究者。幼い頃の火鉢を見ているようだ。勝利を求め、勝利に喜び、勝利を我が物とする我儘さまでもが、花月と共にゲームセンターに入り浸ったあの頃そっくりだった。



『シノハラの城は陥落しました!勝者はモグリ!モグリです!たった今、王は入れ替わった!』

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