第15話 開幕、それは時として唐突に

 二日目、三日目と順調に進んでいき、四日目以降の所謂スクリム、簡潔に言えば対戦相手との練習試合も終え、火鉢は安堵の息を漏らしていた。でびるをはじめ、味方はコーチの助力もあってみるみるうちに成長していく。格闘ゲーム未経験だった皆も、配信外でコンボ練習やランクマッチに潜って、より格闘ゲームの魅力に引き込まれているようで、神喰ライ黎明期からやっている火鉢としてはとても嬉しかった。

 配信外でも桜花杯たいかいに向けてすることは多くある。まずコーチしているでびるの対戦相手となる三人の調査。どんなキャラを使って、誰にコーチングを受けているか。それによって対策も変わる。そして己の対戦相手の調査も怠ってはならない。主にはこの二つだが、コンボ練習などの自己研鑽も合間合間にしていかなければならない。火鉢は改めてプロゲーマーの”アスリート”としての側面を感じると共に、己の思っている以上に【人型兵器】としての火鉢が認知されていることを改めて痛感した。

 火鉢の対戦相手となるのはそのどれもが第一線で戦っているプロゲーマーだ。その中にはのプロゲーマーさえいる。彼等に最大級の対策を練られることを想像するだけで呼吸もままならない。少しでも対策を怠れば、その隙を突かれて大敗を喫す可能性が多いにあるのだ。敗北は出来る限りしたくない。全勝とまでは行かずとも、プロゲーマーとしての初戦。半数は勝ちたい。

 アレフは配信にあまり顔を出さない分、配信外も含めて多くのサポートをしてくれた。まだ不器用ではあるものの、家事や炊事を手伝ってくれたり、火鉢の思いもよらない着眼点から相手の癖や弱点を見つけてくれたりもした。息抜きに一緒に別のゲームをすることもあった。

「あとは本番だけだな。気張るのだぞ」

「応よ。プロゲーマーとしては大先輩たちだ。胸借りるつもりでいくよ」

 アレフと拳を交わし、皆の待つクロスコードのサーバーに踏み入る。

『おっ、大将来ましたね』

「ファタールさん。今日はぶちかましたりましょう」

『先生の対戦相手ヤバそうですね。私でも聞いたことある名前がちらほら……』

「まぁ、対策を練る時間も体力もあったんで何とか。ささ、本配信も始まるみたいですし、こっちも始めますか」

 それを合図に皆が配信開始のボタンを押す。各々がミュートで挨拶をし終え、再び集まった頃には、OHCAオウカのメインチャンネルで神喰ライの世界大会の実況を長らく務めている公認実況者サハシが告知をしようとしていた。これは大型大会の恒例行事のようなもので、今回は火鉢とアレフの加入の告知だが、グッズの販売など、毎大会あるのでコメント欄はワクワクと盛り上がりを見せつつあった。

『何と!今回は新メンバーの加入です!しかも一気に二人!!では、映像をどうぞ!』

 サハシの合図で画面が切り替わり、一分程度の紹介ムービーが流れる。これはアレフが配信に参加した当時から切り抜きを作っている方にお願いして、今までの配信から名場面や珍場面を、火鉢とアレフの為に作られた臥竜鳳雛がりょうほうすうという三味線が鳴り響く和風のダブステップの音楽に合わせて切り抜いてもらい作ったものだ。

 そして、OHCAメンバーには必ず与えられる立ち絵は、火鉢はエジソンで世界大会を優勝しただけあって機械らしさが垣間見えるスーツ姿の男性。そしてアレフは存在そのものがファンタジーなので、殆どそのままイラスト化してもらった。

『マジっすか大将!!ってか何で黙ってたんすか!!』

「いやぁ、やっぱ大きい場で名前呼ばれるのは気持ちがいいな。いや、黙っていたのはすまん。そういう約束だったもんで」

『ってかぬるちゃんもなんですね!私と同じドラゴンで親近感湧く~!』

「ふむ。そうだな。でびるよ、これで正真正銘仲間だ。いや、元から仲間ではあるのだが……ふむ」

 アレフにはVTuberという概念を伝えてはいるのだが、未だ実態が掴めていないようだ。でびるのは立ち絵であって、恐らくは本物のドラゴンではないのだが、しかしそこまで現実を突きつけても誰も得しないのは目に見えている。

『ということで、五年前に世界大会を優勝し、彼の登場前と後では神喰ライの歴史が違うとまで言われた”人型兵器”モグリと、モグリと朝から晩まで共に過ごす真の相棒”自称初心者”ぬるちゃんこと、ぬるぬるの加入となります! また、入れ替わりという形でshinが脱退となります。今までshinに声援を送って頂いた方、誠にありがとうございました!では、改めてルールの説明に―――』

 サハシは火鉢が優勝した世界大会でも実況を務めており、紹介の声にも気合が入る。

 今回の第一回桜花杯は四チームの総当たり戦。先鋒、次鋒、中堅、副将、大将の順で一ポイントを賭けた勝負と、逆転要素として大将挑戦権の三ポイントも含め計六戦し、ポイントの高い方が勝利となる。

 今大会ではプロゲーマーを大将に据えて、他はVTuberであったり有名な配信者が参加している。OHCAという集客力の強さや、ゲーム・配信業界に与える影響力の大きさを示す面もあるのだろう。

『では、初戦。モグリを大将に捉えた人型魔人VS日本初のプロゲーマー、シノハラが大将のウルトラビーストの試合となります!皆さん準備の程はよろしいでしょうか!?』

 サハシの問いかけに、一人ずつ意気込みを語り、試合は滞りなく進んでいく。

 先鋒で出るでびるにはできる限りのことを伝えたつもりだ。ガードの重要性、無敵技のリスクとリターンや、一度きりのコンボ拒否バーストのタイミング、相手キャラクターへの対策等々。でびるにはこの数日自分への時間以上に費やしてきた。


 彼女のダ・ヴィンチは初心者として一つの到達点に達したと言えよう。ジャンプ攻撃としゃがみ攻撃でのガードの揺さぶり、コマ投げ技かつコピー技である”万能”での崩し方。だが、格闘ゲームにおいて最も重要かつ最も難しい、”守り”が未熟であった。画面端の危険性や、相手の使用キャラである忠勝が携える蜻蛉切とんぼきりという圧倒的という優位性。初心者に伝えるには難しすぎて、しかし初心者を脱する時に最も枷になるものだ。

 相手のコーチは同じOHCA所属のダレン。数作品を跨いで忠勝を使用し続けた、遠距離のプロフェッショナルだ。専門用語を使えば、昇り中段や透かし下段といった、上級者でも見切るのに”読み”と”気づき”が必要なガード崩しの選択肢を多彩に使ってきた。つまり、コーチングにおいて、ダレンは火鉢の数段上を行く。

『強いです……マジで』

 その差だろうか。まるで流水のように試合が流れ、簡単に一本取られてしまった。だが彼女はむしろ闘志が漲っていた。画面越し、顔を見ずともわかる【好敵手】を見つけた気分。そして、好敵手であるが故に絶対に負けたくないという、熱意。これに答えずして、誰が先生だろうか。

「忠勝の対空は殆ど空中ガードできる。まずは恐れずに飛び込んでみることですね。中下段のガードはどうやら一定の距離まで行ったら中段技、つまりジャンプ技を使ってくるように教えられてるみたいなんでその距離を見極めてください。あとはバーストをもうちょ~っとだけ早めに出してみましょうか」

「ファイトだぞ。でびるよ」

『うっす!行ってきます!』

 火鉢や他のメンバーの鼓舞もあり、やる気に満ち満ちて彼女は再び戦場へと赴いた。

 二戦目、先に火鉢が言った二点は上手く機能した。相手の忠勝は餓狼モードでは空中ガードできない対空、ジャンプを落とす手段は一つしかない。そしてそれは初心者が行うにはタイミングも間合いも判断が難しいため、恐らくダレンは詳しくは教えていないだろう。詰まり、全ての飛びには対応できない。相手は飛びを許す手段を取るしかないのだ。そしてバースト。一戦目で見ていなかったからこそ相手も対応が遅れた。

『勝ちましたよ!皆さん!!脳汁ヤバいですねコレ!』

『ナイスっすでびさん!その調子でガンガン行ったりましょ!!』

「本調子になってきてますね。今のを見て相手はより対策を練るので、気持ち地上戦意識しましょ。あと相手は長いコンボの終盤でしかバーストを使わないので、コンボは恐れず行きましょか。んでコマ投げで締めようってバレちゃいましたね」

『ここが正念場ってことですね!生徒の意地見せますよ!』

 その意気やよし、というアレフの合図と共に三戦目が始まる。と同時に相手が仕掛けてきた。

 今まで忠勝のメイン距離である中~遠距離で戦っていた対戦相手だったが、突如として近距離戦を仕掛けてきたのだ。その奇策は見事に成績を残し、一ラウンドほぼノーダメージで取られてしまった。

 だがでびるもただでは転ばない。火鉢の言葉を基軸にコマ投げを少なく挑んだ一ラウンド目を反省し、自分の持ち味である状況判断能力と配信外で覚えたらしきコマ投げの間合いを見切り、パッパッと素早く切り替わる遠近の間合いと攻めと守りを格闘ゲーム初挑戦にしては完璧に近いスピードで対応していた。彼女は火鉢というコーチに囚われず、コマ投げを戦略に入れるということを自分の意思で行った。

 試合はファイナルラウンドへと進み、チーム全体に緊張が走る。



『先鋒戦、大きな一歩を歩んだのはウルトラビースト!忠勝のリーチを活かしてでびるの猛攻を防ぎ切りました!』

『ごめんなさい。負けちゃいました』

「ないふぁいないふぁい。途中コマ投げ搦め始めたの超グッドです」

 試合内容は決して悪くはなかった。それが故にチーム全体はどう慰めようか微妙な空気が流れていたが、彼女の声からは悔しさこそ感じるものの、後悔などは感じられなかった。むしろ、活き活きとしている。

 ファタールをはじめ、皆が空気を読む中、ふぅむと唸ってから火鉢が口を開いた。

「でびさん、楽しかったですか?」

『そりゃ勿論!』

 一瞬のタイムラグこそあれど、彼女は未だ闘志に満ち満ちている。

 確信した。仔細後悔などしていない。微塵も曇ってなどいない。

「なら良かった。かたきは取るんで安心してください」

 一人、確かに此処に、格闘ゲーマーが清々しい程までに高らかに産声を上げた。彼女の配信、そして火鉢の配信計二万人弱の前で。それは決して綺麗な声などではなかった。だが、それが勝敗が明瞭に、無慈悲にも瞬時に理解される格闘ゲームに於いて、最高の産声であることに異を唱える者は存在しない。

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