第二章 竜と桜
第13話 絶火を謳歌
ドラゴンのアレフとの生活も、早いもので既に半年が経とうとしていた。日課の毎日配信にも馴染み、彼女も当初より随分とゲームが上手くなった。
だが彼女の出自は未だ分からず、ゲームの合間を縫って世界の伝説や文献を探ってはみたが、アレフらしい存在は書かれておらず、しっくりとくるものはなかった。が、昼間は殆どスマホのゲームをしているか、アニメかドラマを見ているかのどちらかなので、火鉢の家を第二の実家と思ってくれているようだ。
プロゲーマーチーム
そして待ちに待った絶火が発売され、世間はお祭り騒ぎとなった。グラフィックの進化や新キャラクターの追加もさることながら、
火鉢用にPC版、そしてアレフ用にコンシューマー版を買い、発売と同時に配信を付けた。視聴者数が十の位までしかいなかったのが懐かしく感じられるほどに視聴者は殖え、今や五百人を超えようとしている。
「これは、
「あぁ。簡単に言えばそんな感じだ。ちょっと火力は下がるけどな。ぬるは楽撃以外の格ゲーやるのは初めてだったよな?」
「うむ。今までの格ゲーはどれもコマンドが難しくてな」
いつものように火鉢の膝の上に座ったアレフはコントローラを握り、その彼女の
そして予算を
「じゃぁ、キャラ選ぶとこからだな」
「そのことなのだがな、もう決まっているのだ」
ほう? と火鉢が唸る。確かにアレフと共に神喰ライのホームページを眺めてはいたが、細かい性能なのだあまり判明していなかった筈だ。
「こやつだ!
意気揚々と翼をはためかせ選んだキャラクターは前作のDLCャラクター、盲目の剣豪、勢源であった。飛び道具、無敵技、突進、コマ投げと分かりやすい技構成かつ一撃の火力もしっかりとある、コンボを叩きこむというより一撃一撃が重たい一撃必殺のキャラクターだ。ただしダッシュではなくステップになっている点が少々操作難易度を上げている。
「もしかしてお前、ちょっと老いた男性が好みか?」
言われてハッと目を丸くする。どうやら無意識だったようだ。
「さて、俺も決めないとな。エジソンはDLC待ちか」
適当にキャラを選びながらトレーニングモードでフレームや火力を検証していく。
火鉢のキャラ選びは至ってシンプル。火力至上主義。操作難易度が高かろうと、練習量をこなせば大半のキャラクターは我が物にすることができるのだ。
暫く色々なキャラを触っていると「おっ」と所謂しっくりきたキャラがあった。
「ジャンヌ……新キャラか」
「む。そやつにするのか?」
勢源をトレーニングモードで練習していたアレフがふと顔を向ける。
ジャンヌ。ナックルダスターを装着したゴリゴリの近距離ファイターだ。今作屈指の火力を持っている代わりにエジソンと同様飛び道具を持っていない。そして何より、弱中強の必殺技の内、切り返しやコンボで使われる強版では自傷ダメージがある。体力も低めに設定されているようだ。
「モグリよ。貴様も少々キャラ選びに癖があるようだな」
「そうかぁ? うぅん、確かに弾持ちはあんまり選ばないな」
アレフが言っているのはそこではないのだが、気づいていないならわざわざ言うほどのことでもない。実を言うと、ジャンヌと同等の火力をより簡単に出せるキャラクターはいる。火鉢ほどの神喰ライプレイヤーがそれに気づいてないという事はあり得ないのだが、火鉢は敢えてジャンヌを選んだようだ。
早速トレーニングモード内にあるキャラクター説明を見た後、公式が提示したコンボを練習していく。
火鉢はこなれた手付きでパンパンと初級中級をクリアしてしまうが、アレフはそうはいかない。楽撃もそこそこにプレイしていたが、配信の多くはFPSだったり、火鉢の格ゲーを応援する立場に立っていた。配信外でも基礎やコンボを練習していたが、楽撃は神喰ライほど有名ではない上に発売から数年経ってる故に対戦の経験は圧倒的に少なかった。
「デザイアほどではないが、こやつも中々歯応えがあるぞ」
初級をを何とかクリアし、少々の自信が付いたアレフは火鉢にランクマッチに行かないかと提案する。
「おう、いいぞ。ジャンヌにも慣れてきたしな」
上級者向けコンボも一段落した火鉢は早速ランクマッチに潜り、認定試験を受ける。その間アレフは視聴者を火鉢に集中させるためにトレーニングモードにいた。
絶火ではキャラ毎にランクが設定されており、最初の十戦は認定試験となる。勝敗に応じてランクが変わっていくわけだ。
一番下は一段、そこから十段まであり、最初のランクは一段から九段までの何処かに入る。そして上級者帯の十段、そして更に先に
火鉢も最初は順調だった。長距離キャラに苦戦こそ強いられたが、エジソンで培った距離感のコントロールやコンボ精度、読み合いに更に反射神経の良さで勝ち進めていった。だが八戦連勝の先の九戦目、化物が現れた。
シモヘイヘ。前作でも遠距離ファイターとしてキャラランクの上位に君臨していたが、様々な環境キャラが軒並み弱体化された中、特に大きな下方修正がされず、恐らく前作から使い続けている人が使えば最強格に君臨するだろう。
「マジか。ジャンヌどうすりゃいいんだ?」
今日初めて火鉢の額に汗が浮かぶ。と同時に、何か熱意に似たようなものがギラギラと燃え上がった。
遠距離でガードの中下択を迫れたり相手の移動を遅くするフィールドを張れたりと、相変わらず敵を一切寄せ付けない動きであっさりと火鉢は一本取られてしまった。
「所謂無理ゲー、というやつではないか?」
「いや、神喰ライを二十年近くやってる身から言わせてみれば、運営は超絶不利なカードは作っても無理ゲーを作るほどキャラ調整は下手じゃない。何か打開策があるはずなんだ」
経験則が言う。このカードはシモヘイヘ側が超有利だと。大会であれば、少し練度が落ちても別キャラを出すべき相手だということは分かっている。だが、それに挑んてしまいたくなるのもまた格ゲーマーという人種の運命。数字にすれば二対八に匹敵するほどの不利カードだろうが、前作まで使っていたエジソンではそれに匹敵するほどの不利カードを何度も覆してきた。
待機時間いっぱいまで使って付け焼刃の対策を練って再戦を申し込む。
試しに試合最速でダッシュを入れて近づいてみる。高速で飛んでくる下段の飛び道具は反射神経でガード出来た。ジャンヌの間合いだ。早速覚えたてのコンボで相手を壁際まで追い詰める。
相手が逃げようと跳んだところを上半身無敵のついている対空技で落とした。だが、こちらが大きな攻撃を振ったその瞬間、最速の下段が飛んできた。画面端から飛んでくる仕様なので、シモヘイヘが画面端に追い込まれていると人間の反射神経では不可能なほど高速で飛んでくるのだ。リターンこそ最大コンボではないものの、普通のキャラより体力の低いジャンヌとっては痛手。更にはコンボを繋げるために自傷も入っていたので既に体力勝負では負けている。
「きついか……?」
アレフの練習する手も止まり、画面をじぃっと凝視する。コメント欄も緊張が故に
その時、戦況が動く。シモヘイヘのコンボは完遂するとなると相当な練度を要する。簡単に大ダメージとはいかないようになっているのだ。そしてそのコンボで
「はぁ……シモ戦マジで精神削るな」
「まだだ。余韻に浸るのはもう一本取ってからだぞ」
「わぁってる」
改めてコントローラを握り直す。試合は此処からだ。相手はより近づくことを拒否するだろう。流石に試合最速ダッシュはもう通用しない筈だ。
この読み合いを昔の火鉢は放棄していた。人類最高峰の反射神経にものを言わせて、読みという格ゲーの醍醐味を蔑ろにしていた。それで世界一を取れたからよかったものの、それは偶然も大いに混ざったもの。二連覇の夢は易々と崩れ去った。比較的小規模のオンライン大会でも勝てなくなり、読みを会得するに至った。
試合中、何度も読みが回る。読む速度が勝てばジャンヌの大ダメージコンボ、負ければシモヘイヘのターン。そして容易には詰められない距離が生まれる。
一度のミスがシモヘイヘ戦にとっては命取りになる。ジャンヌの火力ならば、反対にシモヘイヘに近づけさえすれば相手にとっても命取りとなる。
距離を詰める、が、それを読んで飛び道具が置かれていた。超高速で回る読みの果てに立っていたのは、悲痛にもジャンヌではなかった。
「これはお相手さんめっちゃ上手かったな。暴れるタイミングとかフレームの理解が俺よりも高かった」
コメント欄には『ないふぁい』の文字が浮かぶ。火鉢もまた、己にナイスファイトと心の中で言ってやった。
「激戦だったな。モグリもよく頑張った」
「ありがとよ。俺のスタートは九段か。次はぬるぬるの番だぜ?」
「う、うむ。この次にやるのは気が引けるが、出来る限りのことはしよう」
大会並みの大接戦の緊張を断ち切り、コメント欄はアレフを応援する声でより盛り上がった。火鉢がプレイしている時より数段コメントの進みが早い。
「おっ、こやつは初めて見るな。はてさて、どう戦うか」
初戦の相手はダ・ヴィンチ。神喰ライ最初期バージョンからいる人気キャラクターの一人だ。格闘術を主体にした初心者にも上級者にも愛されるハイスタンダードタイプなのに加え、特殊技で相手の技を一度だけ模倣できるようになるコマ投げ”万能”を持っている。世界大会も何度か優勝したことのある、戦火が初プレイとなるアレフにとっては中々の強敵だ。
矢張りというべきか、アレフは一試合目何も出来ずに敗北した。動きを見るに、相手は前作をプレイしている上級者……とはいかずとも中級者には名乗りを上げるだろう腕前だ。
「アドバイスいるか?」
「いいや、この十戦だけは口出し無用で頼む。私の力でどれだけ通用するか試してみたいのだ」
ゲーマーとしての成長に喜びを感じながら、オッケーと冷静に返事をする。
アレフの成長スピードは誰から見ても目覚ましいものだ。半年前までゲームに触れていなかったとは到底思えないほど、集中力や対応力の基盤がしっかりとしている。
ゲームセンターに通い、音ゲーに触れてきて気づいたが、リズム難の譜面や
だが、それは時として弱点となる。一度メトロノームを作ってさえしまえばアレフは防御できるが、そのメトロノームを作る前に新しいリズムで攻められるとガードもままならない。そして複数を同時処理しているが故にその取捨選択が素早いゲーム性が売りの神喰ライにはまだ追いついていない。
十戦の内、彼女が勝てたのは終盤の初心者帯に入ってからの三試合。善戦したが、結果的には大敗を喫したと言えよう。
「モグリよ。この十戦、どう見えた?」
「まぁ、コンボは上出来。ガードもそこそこ。読み合いがまだまだってところだな」
「ふむ。一つでも上出来と言わせられたことを嬉しく思うぞ。楽撃と同じジャンルとは言え、全くと言っていいほどゲーム性は違うのだな」
「まぁ楽撃は待ちが強いゲームで、神喰ライはどちらかと言えば攻めが強いからな」
なるほどな、と頷いてアレフは再びゲームに戻った。
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