第12話 対人兵器
翌日、と言ってもあれから二度寝する勇気などはなく、アレフと共にアニメやゲームをしていた。
仕事にも熱が入らず、終えて夕食を作った後、すぐに花月に連絡を入れる。
『何スか~。ひー先輩がウチのこと頼るってどうしちゃったんスか?』
クロスコードというゲーマーや配信者向けのメッセージアプリで通話を掛けると、上機嫌になった花月が画面越しでも伝わるほどニンマリとしていた。
火鉢は言葉に悩んでいた。あの、その、と口は動くのだが続かない。今まで先輩面してきたこともあるが、何より人に頼ることに慣れていなさすぎるのだ。そもそも人との関わりを最小限にするために田舎にいるというのだから、人と通話することすら仕事を除けば先の花月とのゲーム配信以外一年以上はしていない。
いつもは絶対に見せないもじもじとした火鉢の膝の上に乗り「大丈夫だ」と耳打ちしてアレフがマイクに近づく。
「花月よ。プロゲーマーになるにはどうすれば良いのだ?」
『ん? ウチはスカウトっスけど、もしかして……』
「視野に入れようと思ってな。私はいいのだが、火鉢だけでも、と」
『そんな悲しいこと言わないでいいんスよ~。OHCAにはストリーマー枠があるっスから。それにひー先輩を迎えるなら願ったり叶ったりっス』
「む。どういうことだ?」
花月は三か月後に迫った神喰ライの新作のこと、そしてそれに向けて格闘ゲーム部門で人を追加したいという話がチーム内で持ち上がっていることを伝える。
「おぉ! 良かったではないか、火鉢よ」
「だが……全盛期の俺なら兎も角、今は世界最強を名乗れないんだ」
『世界五十位以内に入っておいてよく言うっスよホントに……なら、これはどうっスか。今ウチのチームにいる格闘ゲーム部門計五人の内三人に勝ったら加入。負けたら鍛え直しってことにして』
それなら、と今日初めて火鉢が前を向く。
そもそも、OHCAや花月にとっては世界最強か否かはどうでもよかった。事実として、神喰ライ史におけるキーマンであって、現在でも世界五十位以内に入っている。それだけで充分すぎるのだが、そもそもの話、格闘ゲームを個人だけで極めるには限界があるように花月は思っている。どうしても扱えないキャラが出たり、戦略の幅も一人で考えるには限度がある。どちらかと言えば、花月にとっては一人きりだった火鉢がどうしてこんなにも強いかが疑問であった。
『その五人にはウチから連絡入れとくんで、夜中って大丈夫っスか?』
「あぁ。明日は休みだし、徹夜にならなければ」
『オッケーっス。じゃぁ、サバの招待送るっスね』
そう言われて一つのサーバーが送られる。OHCAと書かれたそのサーバーには、火鉢の知っているような配信者がずらりと並んでいた。
「……やっぱ――」
「いつにも増して臆病だな、火鉢よ。ビビっているのではないか?」
『別に今日決めろっていう訳じゃないっスから。こっちとしては三カ月後に決まっていればいいし、ひー先輩じゃないと駄目! って訳じゃないっスもん』
二人共本当に火鉢のことを良く知っている。異なるアプローチだが、火鉢の燃える部分を上手に
嬉しい半分、腹立たしい半分の何とも言えない感情で火鉢は「やってやる」と小さく答えるのだった。
それから対戦が始まるまでの五時間、気が気でなかった二人はいつもの配信を休み、二人であれやこれやと言い合った。対戦相手の動画を見て対策を練ったり、神喰ライを起動して細かいことを思い出したり、出来る限りの対策を、それこそ大型大会に臨むような気持ちで仕上げていた。それと同時期、OHCAの五人はその二人以上に、戦争に臨むような気持ちでいた。花月にかの人型兵器だと言われ、オフシーズンだった気持ちが一気に張り詰めた。だが、それでも少し余裕を見せていた。今まで培った大会や野試合での経験がそうさせていた。
そろそろ始まる、とチャットされ、火鉢は設けられた通話ルームに入る。いつもは膝の上で応援するアレフも、真剣勝負に邪魔してはならないと隣に立ち見守っている。
『お待たせしたっス~。あとの五人も追々来るっスよ~』
「火鉢よ。緊張するなと言うのは無理な話だが、それでも己を信じるのだぞ」
「ありがとうよ。幾分か緊張も晴れた」
と、そこに続々とOHCAの面々がよろしくお願いします、と口数少なに入ってくる。
『一応代表の
高麗と名乗った男性はOHCAの中でも古参に当たる。その温厚な性格からは想像もつかない豪快なプレイが持ち味の、火鉢の目測では最も強い人物だ。
「ありがとうございます。誰から来ます?」
既に臨戦態勢の火鉢に言葉は邪魔であった。必要なことは全てこのゲームにつぎ込んできた。五時間という短い時間ではあったが、アレフと共に対策も練った。なら、後はぶつけるのみだ。
試合形式はシンプルに二先と言われる二本先取。挑戦権は一回きり。使用キャラに制限はない。
第一試合。二番目に格闘ゲーム歴の浅い
当時、確かに彼は人型兵器だった。人知を超えた反射神経に物を言わせたプレイスタイルはそれだけでほぼ全ての切り返し技に対処でき、正確無比なコマンド入力で行われるコンボは素晴らしいものだった。だが、それだけだった。反射神経が良かったが故に捨てられた”読み”という概念は格闘ゲームにおいて、否、全てのゲームにおいて非常に重要であり、それが欠損していた五年前の火鉢はまるで機械であた。そして、今までの格闘ゲーム史において倒されなかったラスボスがいないのと同じで、機械の彼は次第に対策されることとなった。事実、彼が取った大型大会は五年前の一度きりである。
だが、今の火鉢は人間だ。当時の反射神経こそないが、”読み”がそれを補う以上に活躍している。反射神経で粗方の技は通さず、そして一度通した技は二度は通さない。更に、当時よりもダメージ効率を重視したコンボ選択は無慈悲の一言に尽きる。
第二試合、警戒を強めたOHCA側は倒さんが為に高麗の次に古株のダレンを選出した。
だが、試合は膠着を許さない。ダレンは最後のアップデートを終えた現バージョン最強のリーチとコンボ火力を兼ね備えた
『狂ってるっス……』
花月が驚嘆するほどに、恐怖さえ感じてしまうほどに、火鉢は花月の知る、それどころかアレフの知るどの火鉢とも違った。いつもはお遊戯と言わんばかりに、持てる全てを発揮していた。あまりに人型兵器、あまりに……【対人兵器】
「うっし……あと一勝」
『やりますね。最後は私です』
「高麗さんですね。よろしくお願いします」
「む。こやつ、動画で見たキャラクターと違うぞ」
アレフは驚くも、火鉢は「あぁ」としか言わない。
高麗は本来ライトを使う。だが、今回は遠距離戦が得意なシモヘイヘを出してきた。確かにエジソンを相手取るならこれ以上ない有利キャラだ。最も有効な”対策”と言えよう。
その作戦が功を奏したのか、火鉢はこの日初めての黒星を取った。
「火鉢よ。ここが勝負どころだぞ」
「大丈夫だ。今までにないほど頭は冷静だよ」
火鉢はまるで遊ぶおもちゃを手に入れた子供の様にアレフに笑いかける。その瞳は狂気を孕んでギラギラと燃えていた。
次戦、火鉢のエジソンは今までにない勢い距離を詰める。高麗の操るシモヘイヘは最初様子を見ると確信しての猛進だ。そして、シモヘイヘには接近戦で有効な無敵技がない。
更に、高麗は先の二人との試合、そして一試合目で分かっていた。
【火鉢にバーストは通用しない】
本来あり得ない筈のその言葉が脳裏に過る。バーストは誰しもが持つ、最低でも一度だけ相手のコンボを拒否することが出来る平等の権利として設けられた。それが火鉢の前ではまるで意味を成さない。
バーストの予備動作は全キャラ共通の動きをする。それを火鉢は把握していたのだ。先の試合でもバーストを吐く予備動作を見てから
そして何より、本来であればバーストが確定するタイミングであろうとも、その言葉があるだけでバーストは吐けなくなる。
火鉢は高麗や他のプレイヤーが大体どのタイミングでバーストを吐くか、それら全てを把握していたのだ。
本来であれば一試合取っている高麗が心理的有利の筈が、ランナーズハイに近い状態になった火鉢の方が有利を取っている、という異質な事態に陥っているのだ。
だがシモヘイヘにも抵抗する手段はある。ホワイトラウンドという重力発生技だ。この設置技の上では必ず移動速度が低下するという遠距離を主体とするシモヘイヘのコンセプトにハマった技だ。だが、それを発生させる隙が出来ると、火鉢はわざと退き、遠距離で襲い来る中下段を難なくガードする。
つまり、対策を積まれた火鉢に、高麗は為す術がない。
「ふぅ……」
「やったな! 火鉢よ!!」
試合終了の合図が鳴るや否や、アレフが火鉢に抱き着く。それでようやっと臨戦状態の糸が切れた火鉢は、改めて勝ったことを実感し、コントローラをテーブルに置いた。
半面、OHCAの面々は驚愕としていた。高麗は最近の大会で世界二位を取ったこともあるプレイヤーだった。shinもダレンも、全体で言えば上位一パーセントに入っているであろうプレイヤーなのだ。だが、勝てなかった。
『完敗です』
「いや、マジ手対策に付き合ってくれたぬるぬるのお陰ですよ。俺一人じゃ勝てなかっただろうし、そもそもこんな試合臨まなかった」
「私は後押ししたまでた。決断したのは火鉢だ。そして勝ったのも火鉢だ」
『んじゃ、これで晴れてウチらの仲間入りって事っスね! ここじゃウチの方が先輩なんで。忘れないように』
試合中とは打って変わって飄々と笑う花月に対し一つ、恐ろしい可能性が浮かぶ。
「もしかしてお前、ここまで読んでたのか?」
『まっさか~。よわよわシテちゃんがそんなこと出来るわけないじゃないっスか~』
OHCAの中で唯一上機嫌だった花月はヘラヘラと笑う。火鉢達が願い出たその時から、火鉢に自信を付けさせた上で自分のチームに加入させるまで考えていたとしても、花月ならやりかねない。ピアノ線のような細い糸を手繰り寄せるというプレイスタイルが脳裏に過る。
『シテさん、僕たちを利用しましたね?』
『先輩方を利用するなんてそんな……恐れ多くて出来ないっスよ』
「まさか、ここまで掌の上とはな。こやつも恐ろしいな」
「読みだけは一生勝てる気がしねぇや」
『では、モグリさんはこれからOHCA所属という――』
「待ってください。ぬるぬるも一緒にっていう訳にはいきませんか? ぬるぬるはもう俺にとっては切っても切り離せない相棒のようなものなんです」
火鉢の画面越しに伝わる真っすぐな言葉に、暫く場が沈黙した後、ふっと高麗が笑う。
『勿論、そのつもりですよ』
「火鉢よ。お前という奴は、本当には優しいのだな」
まぁな……と火鉢がそっぽを向く。
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