第10話 記憶力の怪物
花月からのコラボの依頼は遊んだその日の内にやって来た。家に帰ると交換した連絡先に十件もの通知が来ていた。
花月はコラボに慣れているのか、話はとんとん拍子に進んでいき、コラボ配信は五日後ということになった。その日の翌日が祝日なので選んだとのこと。徹夜させる気だろうか。
ふと気になって花月のチャンネルを見に行くと、登録者は四十万人と、花月のアカウントの四百倍以上あって腰を抜かした。
アレフがその日を指折り数えながら日課の配信をしているとその日はあっという間にやって来た。彼女の許可を取りイラストを使わせてもらい、サムネイルを作って通話を掛ける。まるで待っていたかのようにワンコールで彼女は現れた。
『待ってましたよ~。ひー先輩。あ、ここではモグリだからもー先輩っスね。あとアレフちゃんはぬるぬるだからぬるちゃんで』
「お好きにどうぞ。俺はなんて呼べばいい?」
『そりゃぁもう後輩ちゃん、って』
「冗談はよせ。ただでさえお前の登録者数にビビッてんだから。俺もだけど、アレフがヤバい」
そう言って膝の上でぷるぷると震えるアレフの頭に手を置く。
カメラはないと言うのに服選びに三十分かけて、今もぼそぼそと小声で声の調子を整え続けている。落ち着いている方が良いか、それともいつも通りが良いか、と行ったり来たりの論争をぶつぶつ呟いているのだ。
『アレフちゃ~ん。ちゃんとお姉さんが先導するっスからね~。あ、ウチは”シテ”って名前で配信してるっスから、普通にしてって呼べばいいっスよ。んじゃ、始めるっスよ~』
花月の合図でこちらも配信を始める。と同時にアレフの緊張がピークに達したのか、壊れたように全く動かなくなってしまった。
『皆さんこんばんはっス~。皆のシテちゃんがお帰りっスよ~。んでんで、なんと今日はあのモグリ先輩とぬるぬるちゃんが来てくれたっス~!!』
いつ戻り、といった風に始まった二人の配信だが、コメント欄は天と地ほどの差があった。五千人以上が見ている花月のコメント欄は目で追うのでやっとで、その殆どが『誰?』で溢れ返っており、反対に火鉢の配信は花月のお陰で増えたと言っても精々二百人程度の比較的ゆっくりとコメントが流れている。そこでは『何故あのシテさんと?』と全員が説明を求めていた。
「どうも、モグリだ。あー……ぬるぬるの緊張が解けるまで待っててやってくれ」
『皆誰か分かってないみたいっスね。もー先輩は神喰ライの世界覇者っスよ。-
一気にコメント欄がどよめき立つ。火鉢の自覚では大した知名度はないと思っていたのだが、想像を絶するほどの認知されっぷりなようだ。
それもそのはず。人型兵器と呼ばれた当時の火鉢は、ネット上では全くの無名であった。配信活動もしていなければSNSもしていない。虚空から現れたような音が一人アジア予選を悠々と勝ち抜き、世界大会を当時人間に扱うのは不可能と言われたエジソンで勝ち抜き、最終アップデートの終えたバージョン戦花でキャラランクを変えてしまったのだ。その偉業は神喰ライ史においてもターニングポイントで、最新作の
「でも今日は神喰ライはしないんだろう?」
『ハッ。そうであった。今日は何をするんだったか」
やっと我に帰ったアレフが進行を促すと、待ってましたと言わんばかりに彼女が活気づく。
『今日やるゲームは反射神経も予測力も関係ない。
その合図で配信にゲーム画面をキャプチャーする。キャッチーなタイトル画面がどうも火鉢には落ち着かない。
このゲームは五年前に一世を風靡した
「言っとくが、人読みは入るぞ」
『ウチがもー先輩のことどれだけ追ってたか知らないクセによく言うっスよ。あ、ちなみにウチともー先輩はリアル先輩後輩っス。羨ましいでしょ~』
「編に煽るな。燃える。特に俺が」
火鉢にはガチ恋勢などいないが、向こうにはいる。一方的な重圧を感じつつも、ゲームが始まる。
一試合目。チェス。これは無論二人対戦なので火鉢と花月の戦いになった。読みに読みを重ね、よく言えば接戦、悪く言えば泥試合の結果、花月に軍配が上がった。
「流石に読みじゃ勝てんか」
「モグリよ。今度は私に任せてみてはくれないか?」
『っ、ぬるちゃんの出番っスか?ウチはいいっスよ~? 今のウチはつよつよっスから』
「ふむ。シテ、貴様はビショップを軽視する傾向があるな」
アレフは先の一戦で花月の粗方の傾向を掴んだようだ。顔に自信が満ちる。
「私はチェスをアニメで知った。そのアニメ曰く、チェスは二人零和有限確定完全情報ゲームだそうだ」
『よくわかんない言葉を使って惑わそうとしたって無駄っスよ~。格ゲーマーは盤外戦術に強くないといけないっスからね』
実際のところアレフにもその意味はよく分かっていない。だが、盤面は手札の割れていないアレフに優勢に傾いていた。花月はお得意の読みで数手先を読んでいるようだが、アレフはその更に数手先を行っていた。その場その場の最善手を選び抜いている。それは読み八割、本能二割といった言語化し難い”感覚”に近いようなもので、火鉢の想像を超える潜在能力がアレフには隠されているようだ。
『ぐあっ、負けた……』
「矢張り、シテは読みこそ冴えているが、基礎がなっていないな。古き良きゲームなら私に分があるようだ」
アレフがふんすと胸を張る。緊張が完全にほぐれているあたり、花月は試合に負けて勝負に勝っているだろう。
『なら次は神経衰弱っス!運と記憶力の勝負!読みも反射神経も何も関係ない!』
今度こそは!と言わんばかりに次のゲームに移動する。負けん気の強さは昔から変わってないようだ。そういえば、小学生時代に火鉢に対して五時間挑み続けたことがあったのを思い出した。あれが確か人生初の徹夜だったハズだ。
記憶力となると誰が得意だろうか。火鉢はやり込んだゲームに関する知識こそ多いが、それはやり込んだ時間に比例するもの。通常の記憶力とは領域が違うだろう。花月もそれに近いはずだ。アレフは未知数か。
多人数で遊べるゲームはコントローラを二つ用意し臨むことになる。アレフのか細い
『おっ、初手揃っちゃうか~。やっぱウチは天が味方してるっスね~』
「こやつ、記憶力と全く関係ない所で……運だけで勝っておる」
「どうせ即落ちする」
二手目、流石に連続で揃うことはなかった。
中盤まで試合展開はゆっくりと進んでいった。花月が最初の数枚リードの中、殆どのカードが開かれた時、アレフが動いた。
『おっ、ぬるちゃんラッキーっスねー……またまたラッキーっスね……あれ?』
最初はただの幸だと思っていた花月と火鉢だったが、次第に異常さに気付く。
ほれほれ、と余裕綽々といった様子でアレフが次々とカードを揃えていった。
「ぬぅ、間違えたか」
流石に全て取り上げられることはなかったが、十組中五組、半分をアレフはかっさらっていってしまった。
『なんスかこの記憶力オバケ……もー先輩、何か聞いてないっスか?』
「俺もこういったゲームをぬるぬるにやらせるのは初めてだからな。唖然としてる。確かに音ゲーの譜面覚えるのは得意だったけど……」
残り物を花月が取ってアレフの圧勝で試合は終了した。
『……凄い。凄いっスよぬるちゃん!どこで鍛えたんスか!?』
「む? そうだな。長く生きていれば分かることだ」
『え、ぬるちゃん何歳っスか? ロリっスよね』
俺も知らん、と火鉢が言うと暫く沈黙が続いた。花月はありとあらゆる可能性をかんがえたが、本物の竜というファンタジーが現実にやってきているとは到底思いつかず、そういう設定の配信者、ということにして思考を放棄した。
『ささっ、次は――』
花月との時間は須臾の如くあっという間に過ぎた。気づけば日付も回っており、外では季節を少し早取りした虫が鳴いている。
『くあーっ、遊んだっスねー』
「お前、マジで記憶力終わってんな。何回ルール確認してんだよ。あと神経衰弱ぼろ負けしたからって立ち向かうなよ」
『だって負けたままじゃ悔しいじゃないっスか!』
「それで一回目より負けてちゃキリないだろ……」
『ってかもー先輩人読み冴えまくってたっスね。特にウチに対して……やっぱ旧友ってのはいいもんっスね~』
「お前は己にガチ恋勢がいる事を自覚しろ。俺が弱小なのをいいことに煽るな」
『いやぁ、弱いとこ突くのは格ゲーの基礎中の基礎っスよ? ってか、こういったゲームじゃないともー先輩に勝てないっスから。FPSも最強クラス、格ゲーは世界一位。じゃぁもう運ゲー走るしかないじゃないっスか』
「んで、それでぬるぬるに負けたと」
「なんかすまぬな。退路を塞いだようで」
本来、運に強弱などないはずなのだが、今のところアレフと花月は七つゲームをやって五対二で負けている。ヨットなど運も絡んだゲームもあったはずなのだが……
『次はぜってー勝つ。ってことで、今日の配信は此処までっスー!見てくれた方ありがとうございました~』
唐突に締めに入る花月に、二人揃って「逃げたな」と返した。が、ミュートにしてしまった。恐らくは締めの挨拶をしているのだろう。
「こっちも終わるか。っていうか、改めて見たら視聴者数凄いことになってるな」
花月のお陰で視聴者は五百人を超えていた。一見さんももちろんいるだろうが、登録者数も順調に伸びている。
「んじゃ、見てくれた皆ありがと――ん?」
配信を閉じようとした時、ふと花月とのフェイトコードに連絡が入った。
「どうやら、俺の配信はまだ終わらないらしい」
軽く笑みながらそう言うと、花月が先ほどまでの軽快なステップを踏むような明るいトーンではなく、真剣な声でミュートから戻って来た。
「どうやら神喰ライの大会に出るそうでな。俺に指導をつけてほしいそうだ」
『もー先輩の限定配信を作ろうと思って。粋な計らいが出来る後輩でよかったっスね。勿論SNSで拡散済みっス』
「ありがてぇ。んじゃやるか。烈花でいいんだよな?」
配信画面に神喰ライを映し、アレフにどいてもらうよう促すと、素直に退いたアレフはもう一つの椅子に腰かけた。
『ずっと気になってたんスけど、マジでぬるちゃん、もー先輩の膝の上でゲームしてんスか?』
「最初がそうだったもんでな。すっかり習慣付いちまった。真剣にやる時以外はずっと上にいるな」
『かーっ、羨ましいなぁもう』
「馬鹿言え。さっさと始めるぞ」
お調子者なところは相変わらずだが、ゲームが始まると途端に真剣になる。昔と全く変わらない。
話を聞くと四対四のチーム戦らしく、とりあえず相手キャラを列挙してもらい、その四人と対戦した野良試合のリプレイを眺める。投げキャラの
一頻り見終えた後、火鉢はそうだな、と口を開く。
「シテ、お前はどうも読みに頼りすぎるところがある。そこが長所と短所を持っちゃってる感じだな。この人ならこうしてくるハズ、それを突き詰めるのはいい事だが、土壇場でリスクリターンが分からなくなってる。あと、相手も理論値を知っているとは思わないことだな。特にエジソンと為右衛門。この二キャラは特に理論値を出すのが難しい。コンボが途切れやすいんだ。だからミスったところを突くってのも大事だ。難しい個所を把握して小パンを置くだけでもまぁまぁリターンが見込める。ヒット確認はできるだろ?」
花月がはい、と軽く相槌を打つ。
「なら問題ないな。シモヘイヘは高速中下段を恐れず近づくことだな。バースト読みは冴えてるし、対シモヘイヘはターン継続が肝だ。下手に固まらず
『なんか、ここまで粗い部分分かっちゃうのやっぱハズイっスね……もー先輩、ウチの持ち味ってなんスかね?』
少々自信を失くしてしまったのか、真剣さは変わらずちょっとばかしトーンが落ちる。
「そりゃさっきも言ったが読みだ。前、俺のエジソンから一本取ったろ。あの時お前は『先輩ならこうする』『先輩ならこの反応速度で応えてくれる』って相手を信頼してたハズだ。そして、読みを通す自力も、読み切る速度も俺以上だ。今回の大会ルールの二本先取なら、お前なら読みを更に読まれてもそれに対応することだってできるはずだ」
『っスかねぇ』
「自信持てよ。元世界一位に読みっていう不確定要素で逼迫しただから。お前は最高の後輩だよ」
『……マジでそういうこと惜し気もなく言うのズルいっスよ』
「ごめん、なんて?」
『黙るっス。んじゃ、ニュートンはどうっスか?』
「ニュートンは―――」
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