第9話 花月というイレギュラー

「改めて、林崎はやしざき花月かげつっス。趣味は格ゲー。特技は人読みっスね」

 アイスコーヒーを片手に花月がにっこりと笑う。

「アレフ・ヌルだ。趣味は、そうだな。最近は音ゲーが好きだ。特技は……探し中だ」

「アレフちゃんはゲーム歴何年なんスか?」

「そうだな。二カ月経っていない程度だ」

「えっ、それであの音ゲー精度っスか? パネェ。最近の若者パネェっス」

 身振り手振りで大袈裟に驚嘆してみせる花月。どうやら話しかける随分と前から二人を見ていたようだ。何故そこまで泳がせていたのだろうか。もっと早く話しかければよいものを。

「そういや、最近花月はどうしてたんだ?」

「今は大学四年生兼OHCAオウカ所属のプロゲーマーしてるっス。まぁ、ストリーマー枠っスけど」

 へへ、と自嘲気味に笑う。どうやら格ゲーだけで入れなかったのが余程悔しかったようだ。

 プロゲーマー……と二人の頭の中で言葉が反芻する。

「なので就活とはオサラバブイブイ、って感じっスね。ひー先輩はどこ所属っスか?」

「まだまだしがない配信者の端くれだよ」

「えっ!?ひー先輩の実力ならどこも黙ってないっスよ!?」

 飲んでいたアイスコーヒーをこぼす勢いでダンッとテーブルを叩く。隣で物珍しそうにアイスの乗ったメロンソーダを見ていたアレフがビクッと跳ねた。

「俺は仕事と兼業だからな。それに今は一人じゃねぇんで」

 メロンソーダを溢さないようにそぉっと口をつけるアレフを一瞥いちべつして再び花月と向き合う。その顔は何処か羨まし気であた。

「最近はコイツのお陰で日の目を浴びるようになったけど、まだまださ」

「一緒に配信する仲間って大事っスよね。ウチは最近、学業が疎かになってて……って、んなことよりアレフちゃん、昔のひー先輩のことっスよね?」

 メロンソーダの上に乗ったアイスをどうすべきか試行錯誤しているアレフに声をかける。

「む。そうだった。早う教えてくれ」

 アイスをスプーンで掬って一口食べ、アレフが興味津々に顔を向ける。

「って言っても、ウチが知ってるのはそんな多くないし……元々家が隣だったんスよ。で、当時からゲーム好きだったひー先輩に釣られてウチもやり始めて。そしたら見事にハマって、毎日ゲーム漬けっスね。引っ越すまではそんな日常で、今よりももっと元気で活き活きしていたっスね。何でこんなネクラになっちゃったんスかねぇ」

「人は変わるもんだよ。お前だって昔は引っ込み思案だったじゃないか。放課後はずっと俺の家に籠りっぱなしだったし、学校でも俺に付きっ切りで―――」

「ま、まぁまぁ!ウチの話はいいじゃないっスか。あ、ってか何で引っ越しちゃったんスか?」

「……家庭の事情だよ。気にすんな」

 火鉢はホットコーヒーを一口気まずそうに啜った。ゲンさんの出すコーヒーの方が断然美味い。

 暫く二人は火鉢の話題で盛り上がった。盛り上がった、というよりかはどちらがより火鉢を知っているかで競い合っているようだった。

「―――んで、ウチが知ってるのは五年前に神喰ライの世界大会の配信でひー先輩を見たのが最後っスね。かっこよかったっスよ~。理論値でしか語られなかったエジソンで一先も取られず優勝しちゃうんスから」

「むぅ、私にはまだ分からぬ領域だな」

「例えるなら~……そうっスね。戦車も魔法も何でもありの大会を拳だけで勝ち抜いちゃうって感じっスね。エジソンって当時はコンピュータにしか扱えないって言われてたんスから。ってか、今より反射神経良かったし」

「今より、か。本当に人間なのか? 火鉢よ」

 ドラゴンのアレフに疑われるとは心外だ。しかし、全盛期の火鉢は確かに人間を辞めていたのかもしれない。当時祖父母の提案で測定した結果が、一般人の平均が0,3秒前後なのに対し、火鉢は約0,1秒という異常な反射神経をしていた。更には当時の神喰ライに登場する計三十キャラクターの挙動をすべて把握しきっており、切り返しを許さなかった。

「当時ひー先輩は”人型兵器”って言われてたんスから。人間辞めてるっスよ」

「そういやそんな酷いあだ名付けられてたな。思い出した思い出した。当時からチーター疑惑はあったんだよな」

「ひー先輩がチートなんて使う訳ないのに、ネットがひがんでるんスね」

「うむ。それには同感だ。早く認められるよう、私も全力を賭す覚悟だ」

 二人の意見が初めて合致したのか、固く握手した。

 花月が奢らせてくれ、と言うので遠慮なく昼ご飯を兼ねると、どうも顔色が悪くなっていった。アレフが気兼ねなく余裕で三人前を平らげるからだろうか。それを見て哀れに思った火鉢は少な目に注文した。


 再びゲームセンターに戻った火鉢たちはアレフが初のゲームセンターであることと、最近楽撃ガクゲキにハマっていると告げた。すると花月は早速と言わんばかりに楽撃の筐体の前へアレフを座らせた。楽撃の筐体は珍しくレバータイプと家庭用のコントローラタイプのどちらでも遊べるように設計されている。

「矢張りいつかはレバーに慣れた方が良いのか?」

「いや、そうでもないっスよ。格ゲー専用コントローラとかあるし、現にアメリカの最強プレイヤーはコントローラっスから」

「まぁでもゲーセンで格ゲーやるってなったら慣れるに越したことはないが……今はいいか」

 火鉢は長年の練習の賜物でレバーでもコントローラでも遊べるような体になっているが、普通は何かに特化した方が本領を発揮できる。ゲームによっても最適解は違うだろう。先も花月が言った通り神喰ライの現在最強プレイヤーに名が挙がるRevoはコントローラ勢だ。

 花月はアレフの対面の筐体に座り、覗き込むようにこちらに話しかける。

「いやー、懐かしいっスね楽撃。アレフちゃんは何を使うんスか?」

「デザイアだ。これが中々難しくてな。そこがいのだが。そういう花月は何を使うのだ?」

「デザイアはウチも折れたっスからね~。応援してるっス。ウチはラミアオメガっスね」

「また色物を……」

 ラミアオメガは文字通りラミア、下半身が蛇のキャラクターだ。無敵技を持たず、ガードキャンセル以外の切り返し手段が乏しいキャラだ。リーチが楽撃上最も長い代わりに判定でプラスを取れる技が少ない、とあまり強キャラと呼ばれる類ではない。最弱候補に挙がるわけではないが、癖の強さではデザイアに引けを取らない難しいキャラクターだ。

 先の甚助と言い、どうも癖の強いキャラクターを選び勝ちになっているようだ。隙間産業のように使用人口の少ないキャラが好きなのだろうか。それでいて強いのだから、その執念が強いとも言えるか。

「ささっ、一戦交えましょ」

 流れるままにアレフに一戦申し込む。アレフも最近格闘ゲームの練習をしていたが、小学生時代からやっているプロゲーマーに勝てるはずもない。それは分かっていたが、それでも強者との試合は糧になる。

 だが、結果は火鉢の思うよりも善戦した。数週間程度しか学んでいないにしては、だが。試合を通して目を見張ったのが、デザイアの専用ゲージをうまく使いこなしていたという点だ。長物ながもの持ち相手に適切な距離を保ち、ゲージがある程度溜まったら変身してのヒット&アウェイを粗削りだがものにしていた。流石に一ラウンドも取れはしなかったが、これは大きな成長と言えよう。

「アレフちゃんってひー先輩に教わってるんスよね? 戦い方が全然違ってビックリしたっスよ」

 花月はあっけらかんとした様子でレバーから手を離した。額に一滴も汗が流れていない辺り、本気ではあったが、強敵とは認めていないようだ。

「俺の教育方針はのびのびとフリースタイルだからな。っていうか、戦い方自体はアレフの我流だぞ。俺は基礎を教えてるだけだ。なんならデザイアミラーだったら今の俺じゃ怪しい」

「何を冗談を。だ火鉢からは一ラウンドも取れていないのだがな。さぁ、次は火鉢だ。私の仇を取ってくれ」

「楽撃はそんなやり込んでないんだがな」

 やれやれ、と指を鳴らしながらアレフの座っていた筐体に腰を据える。使用キャラはアリーシア。女子高生の見た目ながら近距離戦では楽撃内トップクラスの火力を誇るお嬢様だ。

「ひー先輩にはさっきの恨みがあるっスからね。加減無しで行くっスよ」

「お前に加減されるほど鈍っちゃいないよ」

 お互い睨み合い、開戦の幕が上がる。

 ラミアオメガ戦においてアリーシアのような弾の持っていないキャラが重要なのが距離の詰め方だ。ワープ技は持ち合わせていないものの、尻尾を伸ばす攻撃は画面の八割以上届く。ガードを適宜挟みながら距離を詰めていく。また尻尾に当たり判定があるのでそれに攻撃を合わせることでダメージを稼ぐことも出来る。

「やり込んでないって冗談キツイっスよ。ちゃんと反応してるじゃないっスか」

 はは、と乾いた笑みを浮かべる。その対面ではいつにも増して集中している火鉢がレバーを握っている。それはもう声を挟むことすらはばかられるようなほどの気迫だ。

 昔、本当に昔の話。火鉢が小学生の頃の話。火鉢に勝ち越した人間がいた。それが花月だ。しかも当時は格ゲーブームも巻き起こっていた時代だ。目の肥えた大人や若さに物言わせた学生たちが蔓延っていたゲームセンターで数少ない大敗を喫した相手がこの花月なのだ。しかも花月は当時から所謂環境キャラは使わず、癖の強いキャラを選んでいた。火鉢側が有利な組み合わせで敗北を喫している。それがプロチームに入って更に強くなっているのだ。どこに余裕があると言えよう。

「くっそー。まだひー先輩の壁は高いっスわ」

 LOSEの文字を前に平伏す。その額には冷や汗がだらだらと流れていた。対する火鉢もまた、季節にそぐわない汗のかきっぷりであった。

「マジで強くなってんな。プロチームに入ってるだけはあるわ」

「それに勝ってるんだからプロ超えのアマチュアってなんスかホントに……あーもう萎えた。アレフちゃん、音ゲーしましょ音ゲー。ウチ音ゲーもイケるクチなんスよ」

 パンパンと頬を二度叩き気合を入れ直した花月はアレフに声をかける。そのアレフは火鉢と花月の接戦に白熱しすぎて未だ余韻に浸っていた。どうやら脳内で自分ならどうするか、己と花月の試合の感想戦をしているようだ。

「アレフちゃーん、行くっスよ~」

「む。あ、あぁ。そうだな」

 音ゲーのコーナーへ行く途中、ふと花月が足を止めた。

「そうだ。折角の機会っスから、今度配信でコラボしません?」

「コラボか。いいぞ。丁度俺も考えてたんだ」

 火鉢の二つ返事に、約束っスからね。と元気よく返して、花月は新たな音ゲーとの出会いに浮足立つアレフの元へ駆けていく。その背中は、まるで昔の花月を見ているかのようだった。

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竜に願えば 口十 @nonbiri_tei

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