第8話 新たな刺客

 アレフと共に車を走らせて一時間半ほど。都市部にやって来た。ここまで来る間、アレフは高速道路から見える景色に驚きを隠せないようだった。今までアレフの世界というのは精々百人程度の田舎町だったのでここまで繁栄した街を見たことがないのだろう。

「だ、大丈夫だろうか? 翼、見えていないだろうな……」

 車から降りるなり心ここにあらずという様子だ。second lifeの時と同じ、否、それ以上に緊張している。

 考えてみれば、人とすれ違って挨拶をしないというのもアレフにとっては初めての経験だ。髪を染めてる人も、テーマの全く分からないファッションを着こなす人間も初めて。何もかもが新鮮過ぎるのだ。アレフは浮かないようにとテレビで紹介された春向けのコーデで臨んでみたが、時折男性と目が合うだけで大して誰も気にしていないようだった。

 緊張で覚束おぼつかないアレフの手を取ってとりあえず近場のゲームセンターへ向かう。この街には大型のゲームセンターと少し奥まったところにある個人経営のゲームセンターがある。一先ずは大型の方へ行こう。

「凄い……凄いぞ。こんなに大きなものがゲームなのか」

 ゲームセンターに所せましと陳列された筐体を見て驚嘆の声を漏らすアレフ。今まで見てきたものは精々数十センチの拳で殴ってしまえば壊れてしまいそうな家庭用ゲーム機ばかりだった。

「何からやる? 音ゲーもあるし、格ゲーもある。好きなものを選んでいいぞ」

「そ、そうか? ならまずは音ゲーだ」

 まるでテーマパークにでも来たかのように浮足立ったままゲーム筐体の前に立つアレフに、百円を握らせる。

 リズムマニアはゲーセン音ゲーの祖とも言われる現在稼働している音楽ゲームの筐体では最も古くからあるゲームだ。七つのボタンをタイミング良く押すというだけなのだが、そこにやり込み要素がある。更には神曲が多いということで今でも根強い人気を誇っているのだ。

 チュートリアルを終わらせ、最初は手始めに中間程度の難易度を選択する。これは難なくフルコンボできた。となると挑戦したくなるのは最高難度とは云わずともそこそこ歯向かってくる譜面だ。

 一曲目で感覚を掴んだアレフは二度目で名曲、難易度マスターの神曲ダンテに挑む。ソフランの絡んだ譜面に一度目は苦戦するも、最後のプレイでクリアまで持っていった。

「うむ。良い曲だな」

「ちなみに前やった楽撃ガクゲキにもこの曲がBGMとして入ってるぞ」

「そうだったのか。こんな素敵な曲を見逃すとは、私もまだまだだな」

 そう言って筐体から離れる。次のゲームに移るのかと思えば、火鉢の横に並び、手を繋いできた。

「今度は火鉢の得意技を見せてくれ。自分でやるもの好きだが、火鉢が楽しそうにしているのが一番好きなんだ」

 真っすぐに向けられた目から、そうかい、と逃げる。その目線の先には格闘ゲームの筐体があった。

 神喰ライと名乗る格闘ゲームもまた、古くからゲームセンターに置かれているゲームの一つだ。前にアレフとやった楽撃とは違い、別のゲームに出したら最強を取れるような、クセの強いキャラクターがごまんといる。それでいて高水準でバランスが取れているため、稼働当初からこのゲームに多大な時間を捧げるプレイヤーが続出した。火鉢もその一人だ。

 神喰ライを簡単にアレフに説明する。投げや中段からコンボが可能かつ、昇竜をゲージを使ってキャンセルしてコンボに行くような、ハイスピードで展開が変わるゲームなので、ラウンドを通して溜まるバーストゲージの吐き所が重要だ、と。

「うし。やるか」

 火鉢が筐体の前に座り百円を投下する。その横でアレフは胸躍らせながらキャラクター選択画面を眺めていた。

 火鉢の持ちキャラはエジソンという女性型のロボットだ。いちからじゅうまである数字に対応した技を当てることで自身を強化し、最大までもっていけばこのゲーム最大の火力を誇る、所謂ロマンキャラだ。だが、コンボの難易度や、無敵技がない、ランではなくステップなど、操作難易度も最高とは言わずとも、上位に入る難しさを誇る、理論値で語れば強い、といったキャラ”だった”。火鉢はその理論値を出せる程度には家庭版とアーケード版でやり込んでいる。シリーズ通しての火鉢の神喰ライプレイ時間は一万五千時間を優に超す。

 暫くトレーニングモードで待っていると、マッチングした。相手も亦、十段とこのゲーム最高段位を誇っている。

「相手はどういったヤツなのだ?」

「ライトだな。デザイアみたいに二つのスタイルを使い分けるんだ。ゲージが無いから変え放題だけどな」

「ふむ、難敵だな」

 対戦が始まった。すぐさま火鉢の操作するエジソンがステップで距離を詰める。が、ライトが飛び道具で返そうとする。事前動作を確認してからレバーを後ろに下げガードし更に詰める。飛び道具のないエジソンにとって距離というのは最も大事なもののひとつだ。

 ライトの一番の長所はそのコンボ火力にある。難易度こそ高いが、完遂すればゲージを消費せずに体力の半分は消し飛ばす火力がある。そして何より無敵技からその体力半分を消し飛ばすコンボに繋がるので、そこをどう読み切るかがライト戦の要だろう。

 正確無比なコマンド入力と反射神経、更には一万五千時間超のプレイ時間から来る経験値で火鉢エジソンの独壇場で終わった。これは本来起こり得ないとされている状況だ。ゲーム内最強の無敵技を持つライトを使いこなす最上位プレイヤーに殆ど被弾なく二先を奪ってしまったのだ。

「やっぱゲーセン来るとテンション上がるな」

「うむ。火鉢よ。いつにも増して調子がいいようだな」

 勝利を祝してアレフとハイタッチする。いつもならこんなことしないのだが、矢張り久しぶりのゲームセンターで火鉢も舞い上がっているようだ。

 このゲーム、負けるまではワンコインで何度でも対戦が出来る。再びマッチング待機画面に戻り約三十秒。再びマッチングする。そしてまた難なく一セットも取られずに薙ぎ倒してしまう。何を隠そう、火鉢はこの神喰ライで世界大会を優勝したことさえあるのだ。バージョンこそ違うものの、その腕は落ちていない。

 十戦ほど連勝すると、気づいたら周りにギャラリーが出来ていた。年齢層はまちまち、その内の一人が、不意に火鉢に近づいた。

「ちょっといいっスか? ウチと対戦して欲しいんスけど」

「ん? あぁ、いいですよ。やりますか」

 帽子を目深に被った火鉢より若く見える女性はニヤリと笑うと対面に置かれたもう一つの筐体に座った。身長が高く、肌は浅黒く焼けている。豊かに育った体形からはモデルなのではないかと思わせるほどだ。

「何かハンデは要りますか?」

「要らないっスよそんなの」

 ヘラヘラと随分と余裕そうだ。火鉢はその仕草に何処か既視感を覚えていた。だが、そんなこと気にしてしまっては試合に集中できない。そしてそれは何よりも相手への侮辱に値する。

「負けるでないぞ。火鉢よ」

「任せろ。元世界一位をなめんな」

 ぐっ、と二人が拳を合わせ、試合が開始する。相手の選択したキャラクターは甚助ジンスケ。このゲームで最も使用人口が少ない、レア中のレアキャラだ。だがそんなレアケースにも対応するのが一万五千時間の賜物。

 甚助は居合の達人だ。軌道の変化する斬撃を飛ばす、中距離を得意とするキャラクターだ。

 だが彼女は違った。火鉢を挑発するように至近距離を保っている。斬撃を飛ばす際には、通常技からの派生でないかぎり一瞬硬直が産まれる。その隙を狩ろうとするとフェイントを入れて騙してくる。フェイントは甚助の技の中でも特にマイナーなテクニックだ。火鉢は反射神経が良いが故にそれに引っかかってしまう。

 まるで火鉢を知り尽くしているかのような、そんな対策具合に混乱を隠せずにいた。まるで火鉢を相手取る為だけに編まれた戦略の数々に、執念さえ感じられた。

 だが勝った。結果は今日初の黒星の二対一。内容も細い糸を手繰るような不安定さだ。二先でなければ更に対策されて勝ち目はより薄くなっていただろう。

 そして火鉢はこの女性におおよその見当が付いていた。甚助というマイナーチョイス。そしてそれを使いこなす腕前と火鉢への人読みの鋭さ。歯車がカチカチとかみ合っていく。

「その顔を見ると、ようやく思い出したみたいっスね。ひー先輩」

 負けたのに飄々と勝ち誇ったように立ち上がる女性は帽子を逆向きに被り直し、ニンマリと屈託なく笑った。

花月かげつ……だよな?」

「あれ、もしかしてまだハッキリしてないっスか?自分なりの回答を見せたつもりっスけど……」

「いやぁだって、俺の知る花月ってもっとちっちゃくて……」

「何年前の話っスかそれ」

 やれやれと肩を竦める花月。言われてみれば確かにその面影はあった。当時から日焼けしやすい体に金糸のような髪。子供にしては発育の良かった記憶がある。何よりその口調や火鉢のことをひー先輩と呼ぶところが証拠だ。

「火鉢よ。知り合いか?」

「小学校時代の後輩……なんだけど、正直あんま覚えてねぇんだ。昔はよく一緒にゲームしてたんだけど」

「人を格ゲー沼ににハマらせておいて何スかその言い草は。もっと責任取ってくださいよひー先輩」

「ひ―先輩とは、随分仲が良かったようだな」

 機微だが、アレフが眉を顰める。

「アレフなんか拗ねてないか?」

「拗ねてなどいない。仕方のないことだ。火鉢には私の知らぬ世界がある」

「んなことよりひー先輩。そっちの子は誰っスか?」

 花月の無垢な質問に逡巡する火鉢。必死に考えた末の返事は居候、とだけ。

「へー、そんな趣味あったんスねぇ~。昔はウチといちゃついてたのに」

「いちゃ……っ!火鉢!そんな不埒者だったのか!?」

「アレフは人を疑う癖をつけてくれ……。花月、お前は適当言うんじゃぁない。ただゲームを教えてたってだけだ」

 属性こそ違うものの二人の美女に囲まれて周りの視線が痛い。先ほどまでのギャラリーも一瞬にして散り散りになってしまった。

「ここで会ったのも何かの縁だろうし、お茶しないっスか? アレフちゃん、昔の火鉢のこと教えてあげるっスよ」

「火鉢よ。私もお茶したいと思ったところだ。こやつとは気が合いそうでな」

「なに釣られてんだよ。竜の威厳はどうした威厳は」

「仕方ないではないか。同居人のことは知るに越したことはない。私はもっと火鉢を知りたいのだ」

 相も変わらず真っすぐな瞳でそう伝えられるのは竜だからだろうか。

 火鉢は泣く泣く花月の提案に乗ることにするのだった。

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