竜とゲームセンター

第7話 約束にうるさい竜

 平年よりも高い気温で暖房の必要が無くなったある日。いつも通り在宅業務の昼休憩中、不意にインターホンが鳴る。

「はーい」

 アレフと共に昼ご飯も食べ終え、玄関まで行き扉を開けると、近所の久本夫妻だった。齢七十五の鴛鴦おしどり夫婦でこの町一番の有名人だ。

「玉ねぎのお裾分けだよ」

 にっこりとアルカイックスマイルを浮かべる妻の知津代さん。

 広大な敷地で趣味で栽培している家庭菜園の残り物を暇さえあれば配りに来る親切心が一番の有名人の理由だ。

「あぁ。いつもありがとうございます」

「最近はどうだい? はいしん、とやらは順調かい?」

「えぇ。有難いことに」

「なら、もう有名はいしんしゃだね」

 くいくいと肘で火鉢の脇腹を小突く。

「全然ですよ。まだまだ端くれです」

「墓にはちゃんと行っているのか?」

 ふと、隣でずっと無言でいたまさしさんが尋ねる。

「もちろんです。っていうか、久本さんたちが家族みたいなもんですけどね」

「あらまぁ、そう言ってくれるのは嬉しいけれど、家族は大切にね」

 知津代さんが左頬に手を添えてにっこりと笑う。その横で雅さんはまるで曇天の空を見ているかのように何とも言えない表情を浮かべていた。

「あら、誰か来ているの?」

 どうしてですか、と火鉢が問うと知津代さんはリビングの方を指さして怪訝に声を上げる。

「だってテレビの音がするもの」

「あ、あぁ。従妹が来てるんですよ。親が海外赴任かなんかで暫く預かってくれって」

「そうだったのね。彼女さんじゃなくて残念」

「そういうのはいいですって……」

 そう?と悪戯気味に笑んで久本夫妻はひらひらと手を振って自前の白い車に乗っていった。

 二人に貰った玉ねぎのたんまり詰まった段ボールを持ってキッチンへ行く間際、火鉢はようやっと問題に気付く。

 この量を入れるだけのスペースがない。週に一、二度のペースで久本夫妻が持ってくる上に、他の住民も火鉢が若いからかお節介を焼くのだ。夕飯の余り物であったり、自前の野菜や果物で元々少ないスペースが埋まってしまっていたのだ。アレフが来てからは二人前以上を作っているが、それでも長い目で見れば増える一方だ。

「しまったな」

「どうした。火鉢よ」

 丁度アニメを見終えたのか、アレフがリビングから顔を出す。

「あぁいや、お裾分けを貰ったはいいんだけど、スペースがな」

「なんだ。そういうことなら早く言えば良かったものを」

 そう言うとアレフは自慢げに人差し指で宙に楕円を描いた。すると宙に夜空にも似た虚空が現れた。非現実的なことこの上ないが、そう言うしかないのだ。魔法やまじないの類のないこの世界において、イレギュラーすぎる事態が目の前で発生してしまっているのだ。

「なんだそれ……」

「ここは元は私の宝を入れておく秘密基地だったが、今となっては空っぽの宇宙と同義。好きに使うといい」

「いや、そうじゃなくて。魔法?」

「うむ。現代では魔法と言うらしいな。私もアニメで知った。生まれつき出来るギフテッド?のようなものだ。頭が良い。運動が出来る。といったものと同列には当たり前だったのだぞ」

「へぇ……他にはなんか出来るの?ほら、竜なんだから火ぃ吹いたり水操ったり」

 少し思案してアレフが横に首を振る。

「先も言ったが生まれつきのものなのでな。後天的に学ぶことは出来ないと思ってくれ」

 それにちょっとした夢が打ち砕かれた火鉢は、あ、そう。と呟いて再び段ボールを持ち上げる。

「まぁ、使わせてもらうわ。あ、空に似てるってことは中で散らばったりしないよな?」

「しないぞ。宇宙というより無尽蔵の倉庫だと思ってくれ。そしてそれぞれに番号が付いていて、私の選んだ番号に付随したものを自由に取り出せる、みたいな感じだ」

「もうわけわからん。とりあえず狭い日本家屋じゃ最高のギフテッドだな」

 アレフの出した虚空に山盛り玉ねぎが入った段ボールを入れる。アレフはそれを確認すると虚空を閉じた。

「……あ、そうだ。アレフさ、それで自分の翼とか尻尾を隠せばわざわざ服を切らんでも良くなるんじゃないか?」

「む。考えたこともなかった。試してみる価値はありそうだ」

 アレフがむむむ、とイメージすると翼と尻尾の先端に小さな虚空が現れる。それは大きさに合わせて大小するようで、ゆっくりと異形の部分を覆っていった。一分と待たずにその作業は完了し、角以外普通の少女のように見えるまでに隠してくれた。

「角は出来ないのか?」

「この空間は同時に多くは出せないのだ。今の私ではこれが限界でな」

「なら帽子で隠すか。ま、これで懸念点は消えたな。やっとアレフを連れ出せる。ゲーセンも行けるな」

「本当か!? いつ行けるのだ!?」

 ゲーセンの言葉を聞くや否や、目を爛々と輝かせてずい、と身を押し出す。

「落ち着けって。……そうだな。今週末行くか」

「竜は約束事に煩いぞ。本当だな?」

「あぁ、本当だ。ゲーセンを満喫しよう」

 指切りげんまんをしたところで昼休憩終了を知らせるアラームが火鉢の腕時計から鳴る。



 アレフは幼い見た目と反して大人しい。ゲームでも我儘を言うことは少なく、感情を表に出すことも少ない。本人曰く年齢を重ねれば誰でもそうなるそうだが、その年齢とやらも数えたことがないそうであまり当てにならない。

 だが今日は違った。朝六時にも満たない、日も昇らない時間帯に起きたアレフは隣で眠る火鉢をよそに自室へと向かいクローゼットを開けた。無論、今日着る服を選ぶ為である。火鉢が通販で買ってくれた服は丁寧にハンガーにかけられ、その多くは翼が窮屈にならない為に背中部分を半楕円に切られてある。最初から背中の空いたワンピースなども買ってはみたが、今までsecond life以外に外出の用など無かったので殆どが部屋着のまま終わってしまっていた。

 パタパタと翼をはためかせながら今日着ていく服を選ぶ。普段あまり派手なのは好まないが、こういった時なら矢張り少し派手にしていくべきだろうか。いや、こういう時こそ問いついて普段通りにすべきだろうか。

 鼻歌混じりに選ぶ姿はまるで幼子のようだった。せっかくの初ゲームセンター。思い出に残るお出かけにしたい。折角ならスカートではなくパンツにしてみようか。等と思案を巡らせる。

 と、その時火鉢の起きる音がした。時計を見ると、既に一時間が経過しようとしていた。彼は朝が弱いので暫くは安泰だろうが、あまりこの上機嫌を見せるわけにもいかない。

 一先ひとまず服選びを後にしてキッチンへ向かう。自分一人でも料理が出来るように最近は火鉢に教えを乞うているのだ。

「おはよう。火鉢よ。今日の朝食はなんだ?」

「アレフ~。ぉはよう。昨日作ったカレーと余り物でどうだ?」

「良いな。ところで、忘れてはいないだろうな?」

 何が?と問い返す火鉢に、アレフは尻尾を振り、翼をはためかせながら火鉢の手を掴み、

「今日はゲームセンターに行く約束ではないか」

 と笑んだ。

 暫く頭の回らなかった火鉢は天井を見上げ、そういえば、と思い出す。

「確かに今日だったな。よし、飯食ったら早速準備するか」

「そうこなくてはな。では、私も手伝おう。何をすればいい?」

「米を早炊きで炊いてくれ」

「そんな事か。任せておけ」

 火鉢は今だ霞む視界の中で尻尾をぶんぶんと振り、翼をぱたぱたと羽ばたかせるアレフを見て昔を思い出す。

 友達と行ったゲームセンターで火鉢は当時大流行していた格闘ゲームに初めて触れた。確か小学生の低学年の頃だ。最初はコマンドも上手く入力できず、ガードもままならなかったが、次第に大人にも勝てるようになっていき、そこでゲームの楽しさ、勝つ嬉しさを知ったのだった。元より小学校では頭一つ抜けてゲームの上手かった火鉢はゲームセンターに一時期のめり込んでいて、親から貰ったお小遣いの殆どを格闘ゲームやシューティングゲームに費やしていた。

 そんな昔話を思い出しながら、何だか自分もワクワクしていることに気づく。初めて覚える感情に火鉢は困惑するのだった。

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