第6話 相棒
まだ寒さの堪えるある日のこと。火鉢はいつも通り今日配信するゲームを選んでいた。配信者には誰しも得手不得手というものがある。作業系が得意ならユアクラフトなどといった素材を集めるゲームをしたり、そんな具合に誰しもあるのだ。火鉢にとってはそれはFPSと格闘ゲームであった。というより、リズムゲーム以外であれば粗方出来てしまうのだが。
「なぁ、火鉢よ」
なんだ? と返す。
「えすえぬえすで見たのだが、格闘ゲームとはどんなものだ?」
「……そうだな。今日はそうしよう」
火鉢は早速一つのゲームカセットを取り出しディスクを読み込ませる。
「配信を付けるが、準備はいいか?」
「よう分からんが、火鉢が良いならいいぞ」
椅子に座る火鉢の膝の上に座るアレフ。これも当たり前になってきた。
配信では最初期にやっていたゲームだが、画像フォルダからサムネイルを引っ張り出し張り付け、配信開始ボタンを押す。
待機画面で既に五十人を超す視聴者数に変な緊張感を憶える。
ゲームの画面を映し、マイクをオンにする。SNSの配信開始のコメントも忘れずに。
「始まったな」
「だな。今日はぬるぬるに格ゲーを教えようと思ってこの枠を開いた」
画面には『
簡単にこのゲームを説明するならば、三年前に出た初心者向け格闘ゲームだ。そしてそのキャラクターはアーケードから家庭用ゲーム、果てはスマホゲームまでの音楽ゲームに登場するキャラクターとなっている。コマンド入力は勿論、簡易入力と言って方向キーと必殺技ボタンでも必殺技が出せるという親切な作りをしている。
『懐かしい』
「ぬるぬるはどうも音ゲーが好きみたいだからな。登竜門にはいいだろうと思って」
トレーニングモードを選んで1Pを火鉢、2Pをアレフに設定してキャラクター選択画面へ移る。
「おぉ、沢山おるな」
「DLC含めて二十七体だな。ぬるぬるが知っているところだと……」
アレフにはアーケードの知識がない。家庭用から参戦したキャラクターはそう多くないが、その一つにアニメが元となったアイドルリズムゲームのカナエがいる。初心者向けとはあまり言えないが、最近昼間はアニメやドラマばかり見ているアレフには丁度いいのではないだろうか。
「カナエはどうだ?」
「うーむ、いいはいいのだが……」
「ピンとこない?」
「そうだな。おっ、こやつはどうだ?」
そうアレフが画面を指差した先にはデザイアというキャラクターが鎮座している。上級者ですら音を上げるレベルの高難易度キャラクターだが、使いこなせばこなすほど応えてくれる。が、アレフはそんなこと考えていないだろうし、選んだ理由は自分に似て翼と尻尾がある老執事キャラだからという理由だろう。
「うーん、初心者にはキツイかもしれんが、いいかもな」
「よし決めた。私はこやつを使う」
「じゃぁ俺はイカヅチを使うか」
イカヅチはこのゲームの主人公に当たるオリジナルキャラクターで、主人公に似合ったスタンダードタイプだ。別にメインに使っていたキャラクターはいるのだが、このゲームを説明するにあたってこれ以上の適任はいないだろう。
「まずは……ガードかな」
火鉢はアレフを抱えるようにしてコントローラを持つ。一瞬ぴくりと反応したアレフだが、自然と受け入れた。
このゲームはシンプルさが売りだ。デザイアはその中でも異彩を放っているのだが……兎角システム周りはシンプルになっている。最大100%溜まるテンションゲージと、リズムポイントというゲーム独自の五つのポイントでガードカウンターやコンボの延長を狙う。
粗方今ゲームと格ゲーの基礎をアレフに伝えた後、適当に操作させる。
「な、なんだこやつ。モグリが使っているやつよりも遅いぞ」
「デザイアはこのゲーム最遅かつ最速だからな。特殊ボタン押してみ」
「おおっ!竜になったぞ!」
翼がパタつく。やはり親近感というものがあるのだろうか。
デザイアはテンションゲージと他にもう一つ変身ゲージを持っている。通常時は格闘術を駆使して戦うパワータイプのコンボも難しければ足もこのゲーム上最遅と言う最弱キャラにも名が挙がる性能だが、変身ゲージがある限りこの竜状態になり、ダッシュの代わりに飛行するスピードキャラに変貌する。その変身後は比較的シンプルなのだが、別キャラと言われるほど操作方法が変わるので脳の切り替えが重要となる。コンボの難しさは相変わらずなのが多くの人が挫折した理由だ。
「こやつも魔法が使えるのだな!ふむ、火とは中々に強力だな……む? 戻ってしまったぞ。再び竜には、ならんな。むぅ……」
早速デザイアの難易度にさっきまで機敏だった翼が萎れる。
これがデザイアがこのゲームで最も難しいと言われる由縁だ。一度変身ゲージを枯らすと最大まで溜めるには二十秒近くかかってしまう。その間は最遅のダッシュの代わりにステップで戦わなければいけなくなる。しかもまだアレフには説明していないが、デザイアの通常モードには切り返しとなる無敵技がない。だからどうやって変身ゲージを枯らさずに竜と通常を行き来してゲージを維持するかが大切なのだが、挫折を味わうが早いか体が慣れるのが早いか……
「とりあえず粗方説明し終えたから俺が今からデザイアで対戦潜ってみる。それで感覚を掴んでくれ」
「うむ。了承した」
「……でだな。流石に俺もこいつ使うにはガチでやらなきゃいかん。だから一旦膝の上からどいてもらえると助かるんだが」
「むぅ、仕方ないか」
名残惜しそうに火鉢の隣に椅子を持ってきてアレフが座る。『てぇてぇ』でコメント欄が溢れ返ったのは今更気にしすぎだろうか。
三年前に出たゲームとだけあって今の人口はそれほど多くないが、スナイプを行おうと引っ張り出す猛者が続々とコメント欄に現れた。一世を風靡した、とまではいかないが、音楽ゲームと格闘ゲームの融合と言うのは鮮烈だったのでハマった人も充分にいる。
「視聴者さんは手加減なしでいいっすよ」
デザイアはメインキャラではないが、火鉢も格闘ゲーマーの端くれ。デザイアの難易度に燃えたのもまた事実だ。問題は一年以上このゲームに触れていなかった火鉢のコンボ知識が薄れていることだ。
ランクマッチに潜り、マッチするまで練習場で視聴者の手を借りながら立ち回りやコンボを思い出す。
やっとマッチしたと思ったら相手は『俺に勝ったらスパチャ五万』と明らかスナイプしてきた視聴者だ。
「よし。誰か分からんが約束だからな」
相手キャラはイカヅチ。先も言った通り飛び道具、対空も兼ねた無敵技、突進技と一通りそろったスタンダードキャラクター。そのシンプルさが売りだが上級者になってくるとその火力の伸び具合に悩む器用貧乏なキャラクターでもある。
だが火鉢は知らなかった。未だ配信を見るほどこのゲームにハマっていた猛者が如何に怪物か。
このゲームは簡易入力とコマンドでは多少だが火力に差が出る。火鉢は久しぶりの楽撃かつ最高難易度のデザイアなので簡易入力なのだが、相手はガチガチにコマンド入力をしてくる。その上、イカヅチの問題点だった火力を攻め継続という形で補っている。リズムゲージで切り返しを狙うが、それも読まれてガードされては意味がない。
「待て待て待て。俺が現役の頃はこんなバケモンいなかったぞ」
あっさりと敗北を喫した火鉢は、コントローラを改めて持ち直して気合を入れる。先の対戦で与えたダメージを総合しても一ラウンドも取れていないだろう。
「よし。再戦」
火鉢には今までの格ゲー人生とFPSで培った状況判断能力がある。それに生まれつきの反射神経で無敵技への対処は思い出してきた。だが、相手は歴戦の猛者中の猛者。無敵技も無暗に打つのではなくコンボミスや差し返しなどちゃんとカウンターになるように打ってくる。
「っし、一本」
「やるな。モグリよ」
苦戦の末、一本取り返して試合は最終ラウンドに縺れ込む。
それからも接戦が繰り広げられた。否、接戦に見えるだけで、火鉢はじりじりと追い詰められていた。リズムポイントを使っても切り返しができず、通常モードでは切り返しの乏しいデザイア。変身する時も隙があるのでしようにもできず、持ち前の反射神経で投げを抜け、中下段をガード出来ても火鉢の暴れに的確に攻撃を差し込んでくる。
残り時間十数秒で火鉢は再びの敗北を喫したのだった。
「つえぇな。対戦ありがとうございました」
それからもランクマッチに潜る火鉢。視聴者以外に出くわすこともあり、その度に現役勢の攻略に恐れ戦く火鉢とアレフ。
「よし、まぁこんなもんか。ぬるぬる、戻っといで」
三十分ほど潜って試合を重ねた後、アレフを再び膝上に乗せる。
「今から部屋立てるから挨拶したい奴は入ってきてくれ」
「加減は無用だぞ」
「『俺は最強だからやめとく』最強も見てみたいけどな」
人数が集まるまでコメント欄と雑談する火鉢とアレフ。他愛無い会話の中でもアレフは待っている間出来るトレーニングモードで練習していた。
暫くして人数が集まってアレフしごきタイムが始まる。ネタキャラやネタ技を使って笑わせてくる視聴者や同じキャラを使ってコンボを見せる視聴者、そして程よく鍛わったところでやってくる門番のような視聴者まで、格ゲーマーを鍛えようという意思がひしひしと伝わってくる。
SNSでも『この時代に楽撃をやってる配信者がいる』ということで盛り上がり、視聴者数はぐんぐんと伸びていた。
「じゃぁ、最後に俺とぬるぬるで一戦やって終わるか」
「よし。負けぬぞ。さんざ視聴者にしごかれたのでな」
火鉢はイカヅチを、アレフはデザイアを選び戦闘開始。結果は日の目を見るより明らかだが、その過程を楽しむのもまた一興というもの。
アレフの吸収力は矢張り尋常ではなかった。簡易入力ではあるが、技の隙を見つけ小技を仕込んだり、コンボもある程度様になっていた。最高難易度のデザイアを粗削りだが使いこなせているのだ。
「矢張りそう簡単には行かぬか」
「流石に経験値が違うからな。でもいいセンスだぞ。視聴者もありがとうな、ぬるぬるにデザイアを教えてくれて。それじゃ、また明日」
火鉢史上過去最高の三百人という視聴者を抱えた配信を終え、ゲーム機の電源を落とそうとしたその時。
「なぁ、火鉢よ。もっと練習がしたいのだが……」
「アレフが配信外でそう言うのは珍しいな。いいぞ。飽きるまで付き合ってやる」
改めて火鉢の足の上に座り、コントローラを握り直す。
「投げ抜けから教えていくか」
「うむ。よろしく頼むぞ」
その日は日が昇るまで火鉢の熱い教育は続いた。
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