竜に教えて

第4話 日の目

 あれから一夜明けての夜。夕食を済ませた火鉢はいつも通り配信を始めようとしていた。いつもは十もリアクションがあればいい方のSNSへの発信が今日は五十もリアクションが来ていた。思えば異変は既に始まっていたのかもしれない。

「どうもこんにち……は……」

 先の反省を踏まえてコメント読み上げ機能をオフにしていたが、それでもコメントの流れが止まらない。いつもは多くても十五人の視聴者数も何故か百を超えている。その多くが初見であることを伝えるコメントであるのはいいのだが、所々に『昨日の子は?』と聞く視聴者がいる。

「えぇっと……どういう事態?」

 全く状況が飲み込めず混乱していると、配信初期からいる視聴者があらましを教えてくれた。簡単に要約すると有名実況者が火鉢のことをチーターではないと証明し、動画にあげていたそうなのだ。

「なるほどね。それとアレ……ぬるぬるの手助けがあったと。呼んだ方がいい?」

 その投げかけに間を置いてコメント欄が盛り上がる。よっぽどアレフが気に入ったらしい。

「ちょっと呼んでくるから待ってて」

 そう言って部屋を出、リビングで火鉢の服を着ながら祖父の遺したDVDを食い入るように見ていたアレフに声をかける。

「アレフさ、ちょっと来てくれない?本名隠して」

「む? 入用のようだな」

 状況を把握できていないアレフはなんだなんだと部屋に入る。

「連れてきたぞ」

「おぉ、昨日の配信か。しかし比にならないほど多いな」

 かくかくしかじかと理由を伝えると、やけに上機嫌になって火鉢に向き直った。

「ようやく報われたのだな。良かったではないか」

「そう……なんだけど。なんかなぁ……まぁいいか。今日は一緒ってことで」

 そのやり取りにてぇてぇで溢れるコメント欄。だがアレフはこの意味を分かっていない。

 ひとまずいつも通りにゲームをやるのだが、アレフの声援といつもの倍以上に賑やかなコメント欄に本調子が出ない。

「ちょっと飲み物取ってくる」

 必死に逃げるようにそれを言い放った後、火鉢は顔が熱くなるのを覚えながら外に出る。

 その間にアレフが椅子に座り、視聴者に呼びかけた。

「なぁ、あやつの苦手なゲームを知らないか? 一度でいいから勝ちたいのだ」

 その問いかけに多くの視聴者は『知らない』や『あるの?』とコメントを打ったが、一部の古参ファンだけは『音ゲー』と打っていた。

「おとげーとな?」

『リズムに合わせてボタンを押すゲームのことだよ。モグリさんはリズム感が絶望的なんだ』

「ふむ。そうか」

 そんなやりとりを知らない火鉢が部屋に戻る。一瞬何か企んでいるアレフの顔を見て怪訝な素振りを見せたがまぁいいか、と切り替えた。

 と、そこにアレフが切り込む。

「なぁひば……モグリよ。私とゲームで勝負しないか?」

「言うねぇ。この一週間何を見てたんだ? ゲームは選んでいいぞ」

 そう来ると思ったと言わんばかりににやりと笑うアレフ。彼女がゲームの棚から引っ張り出したのは、昔まだ得意不得意が分からなかった頃に買ったリズムゲームだ。

「お前はこれが苦手と聞いた。逃げるつもりか?」

 ぐっ、と声にならない声が込み上がる。コメント欄をちらと見ると矢張りファンの差し金だった。

「やってやろうか。昔よりは強くなってるハズだからな」

 額に嫌な汗が滲むのを覚えながらディスクをゲーム機に差し込み、画面に投影する。

 軽快なホーム画面の対面では滅多に見せない緊張した顔の火鉢の膝にるんるんのアレフが座っていた。

「まずは肩慣らし」

 そう言って一番最初の面を選択する。簡単な四つ打ちのリズムに合わせてボタンを一つ押すだけだ。元々リズムゲームの入り口を狙って作られたものだから複雑な操作はないし、終盤まで行ってもそう難解なリズムは求められない。

「1Pが俺、2Pがぬるぬるな」

 さて、とゲームを始める火鉢。だが想像よりもずぅっと早く弱さは露顕した。

 まず四つ打ちの最初は良かった。反射神経でノーツを叩けるからいいのだ。だが、早速二打目からリズムが狂い始める。膝に座るアレフは分かるのだが、リズムを取るために意図的にやっている足踏みが全く違うのだ。そして音ゲーの入り口とは言ったがリズムを鍛えるというのが目的のゲーム。途中からノーツが全て見えないように画面をうまく隠す。それがさらに火鉢を追い詰めた。

「ここまで弱いとはな」

 カラカラ笑いながらも反対にアレフは全くと言っていいほどぶれずにタイミングよくボタンを押していた。初めてのリズムゲームとは思えないほど体内のメトロノームが正確だ。

 コメント欄も『ざぁっこ』『こんな弱いの初めて見た』などと大変盛り上がっており、先に言っていた解説動画を見た初見も火鉢のギャップとほいほい、と小気味よく発せられるアレフの声とを存分に楽しんでいた。

 そんな悲喜交々の一面が終わった。

「びっくりしたぞ。ここまで苦手なものがあったとはな」

「これでも昔よりはマシなんだぞ」

 その通り、少しだけ昔の火鉢のスコアを上回っていた。反射神経だけではゲームと相対せないと知った日から予測力も鍛えていたのが功を奏したのだろう。

「もう勝敗はついただろう。終わりだ終わり」

「何を言う。十本先取は常識、そうだろう?」

 またまた口角を上げるアレフ。その常識を教えたのは火鉢本人だ。渋々受けるしかない。

 コツを掴んだアレフの上達具合は逸脱していた。一本取るごとに明らかにより正確になっている。しかも画面に集中して喋れない火鉢をからかって質問を投げかける程度には余裕がある。

 一本も取れないまま、アレフの圧勝でリズムゲーム十本勝負は幕を閉じた。

「負けました」

「知っている。元よりこれが見たくて始めた勝負だ」

 今までに無いほど上機嫌のアレフが膝の上で小躍りをする。コメント欄も『知ってた』の嵐だ。

「切り替えだ切り替え。FPSやるぞ!散々恥かかせた罰だ。付き合え」

 今度はこっちの番、と切り替えた先のゲームは火鉢の得意分野の一つ、FPSだ。家庭用ゲーム機でも発売されたものを選び、火鉢はPCで、アレフは家庭用ゲーム機で起動する。最近はアレフと一緒にゲームの練習をする機会も増えてきたので昔使っていたモニターを一つ引っ張り出してモニターアームにくっつけ遊んでいる。

「そうだ視聴者よ。聞いてくれ。ゲームのイロハを聞いたのだ。そしたらこやつなんと言ったと思う? 敵を見てから避けろ、だぞ」

「できるだろ」

「できぬからこうして不満を吐露しているのだ」

 コメント欄はアレフへの同情で埋まっていた。しかし、問題は火鉢とアレフがいつも通りのやりとりする度コメント欄がてぇてぇだの成仏しただので埋まることだ。こちらとしては全くそんな気さえないのだが、勝手に死んでしまわれては困る。

 ゲームは至ってシンプル。戦争をモチーフにした五十人対五十人の陣取りゲームだ。無論二人は同じチーム。昔まだゲーミングPCがなかった頃にやり込んでいたから家庭用版の方も全武器アンロックしている。アレフは色々と触ってみたが、スナイパーやマークスマンといった中距離から遠距離の攻防が好きなようだ。火鉢は基本SMGという最前線向けの武器を使うのだが、スナイパーも苦手というわけではないのでいつもコツを教えている。だが大抵、反射神経に裏打ちされたものなのでアレフも途中から話半分で聞いている。

 配信画面には火鉢の画面しか映っていないが、時折キルログにアレフのハンドルネームが載ることがある。それに当たった時は倒していようといまいと教えてくれるので配信も盛り上がった。しかし何より視聴者が驚いたのは火鉢の反射神経と鍛わった予測力だ。画面に映る敵は勿論、視覚外からの敵も足音や発砲音ですぐさま気づき、例え先に撃たれようと八割方勝っている。というよりそもそも先に撃たれることが滅多にないのだ。敵どころか味方の誰よりも先に気づいて射程内なら三百六十度何処でも正確に撃ち抜く。バトルロワイヤルのように静かな空間で聞けるというものでもないので、その異常さが視聴者にもひしひしと伝わっているようだ。

 デスの大半は遠距離からのヘッドショットや戦車や戦闘機といった歩兵ではどうしようもない相手だった。とはいえ、最前線で戦いながらデス数が二十もいっていないのは異常事態だ。リズムゲームの時のまったり感は何処へやら。冷静沈着な火鉢と一喜一憂するアレフという視聴者も置いてけぼりの二人だけの空間が出来上がっていた。

 アレフもそこそこに活躍していた。ただ、一週間で出来ることには限界がある。それもゲームに全く触れたことがなければその出来ることもより狭まるだろう。コントローラの持ち方すら知らなかった一週間前と比べたら戦力にはなっているが、やはりキルよりデスの方が多い。ただ、楽しんでいる者を拒むことは誰もしてはいけないのだ。それを知っている火鉢も視聴者も誰もそれを話題に出さなかった。

「よし、勝ち星一つ」

 試合は圧勝、とまでは行かず相手も裏を取ったりと善戦してきた。

「なんかコメント欄が賑やかだと楽しいな」

「あぁ。私もこんな楽しそうなモグリは初めて見た」

 あははと互いに笑いあいながら再戦ボタンを押す。

 それから十分ほど膠着状態が続いた時だった。火鉢はふと気になって目の前にあるアレフの翼の膜に触れてみた。

「ひぅっ!?」

 アレフが顔を真っ赤にして飛び跳ねる。少し遅れてコメント欄が一瞬止まる。

「そ、そこは触れるな!」

「え、あ、あぁ。すまん」

 顔を真っ赤にして振り向くアレフに火鉢もなんだか気まずくなる。コメント欄も『どこを触ったんだ』と荒れ始める。流石に翼を触りましたなんて言えない。間違ってもここはファンタジーの大地ではないのだから。

 お互い何か策はないかと黙っていても一度着いた火は燃え広がる一方だ。

「す、すまない。少し背中をなぞられてしまってな。私はそこが弱いんだ」

「そ、そうだな。下手なことはするもんじゃないな」

 『なんだただのイチャイチャか』のコメントを皮切りに火が収まっていく。

「あぁっ!死んでしまった……」

 むぅ、と頬を膨らませるいつものアレフに戻り、コメント欄も次第にいつもの調子に戻っていくのだった。

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