第2話 竜の言葉

それから半日ほど過ぎた夜半過ぎ。ゲームするにも気になって仕方がないので致し方なくスマホを見て時間を潰していた。

 少女をよくよく観察してみるといよいよ現実味が増してくる。否、姿形は現実らしくないのだが、兎角存在していることは確かなようだ。

 幼い身なりに見合わない巨大な黒翼こくよく。頭には湾曲した角が一対、更には尻尾まである。その黒と対比すりょうに肌や髪の色素は薄く、それがまた現実味を薄くさせる。

 まじまじと観察していると、気配を気取ったか、少女がぱちりと目を開いた。花菖蒲のような紫色だ。

「あ、起きた」

「火鉢……だったか。そんなに私が気になるか?」

「まぁ。ドラゴンなんて初めて見ましたし」

「そうか。それは、そうか」

 私は……と名乗り出そうとしたその刹那、ぐぅぅぅう!と木魂する勢いで少女の腹が鳴った。

「簡単なものなら作れるけど」

「た、頼む」

 顔を真っ赤にして少女は俯いた。

 祖父母の家を継いだこの家屋は無駄に広く、そして古い。二階建ての我が家は火鉢の部屋を除いて殆どが手付かずだ。だが辛うじて形を保っていたリビングに少女を入れ、夕食の残りとついでに適当に有り合わせで料理を出す。

「う、美味そうだな……火鉢はいいのか?」

「俺はもう食べちゃいましたし。どうぞ気兼ねなく」

 そう言うが早いか少女は箸を取りいただきますと言うと、がつがつと食い始めた。よっぽど腹が減っていたように見える。

「なんだこれは」

「豚キムチです。簡単ですよ」

 そうか、と言って口に流し込む。

 それが暫く続いた後、米一つ残っていない皿を前に、少女は手を合わせた。

「ごちそうさまでした。ありがとう火鉢。お前のお陰で助かった」

「どういたしまして。それはそうと名前……」

「そうだったな。私はアレフ・ヌル。気軽にアレフと呼んでくれ」

「アレフさん」

「さんは要らんぞ。一宿一飯の恩だ。敬語も要らん」

「そう。じゃぁ、えぇっと……なんであんなところで倒れてたんだ?」

「それがだな。私にも見当が付かんのだ。気が付いたらこの辺りにいて、それで限界が来て倒れてしまったようだ」

「じゃぁ、帰る場所もないと」

「まぁ、そうなるな」

 悲しむようにアレフは下を向いた。その顔は口調と相反して年相応に見える。

「……邪魔じゃないなら、この家に暫くの間いさせてはもらえないだろうか?」

「え、あ、あぁ。いいけれど……」

「本当か!すまないな。命を助けてもらっただけでなく束の間とは言え住まわせてもらうとは……不肖アレフ。一生を賭してでも恩を返そう」

「そんな重たく考えないでくれ。こっちまで緊張してくる」

 そう言ってどちらともなく笑い始めた。

 それから五分ほどかけてアレフと共に家を巡った。とはいえ、前述の通り殆どが手つかずだ。二階にある祖父の遺したCDやらDVDやらと、祖母の趣味だった裁縫道具程度しかない。

「あとはここが俺の部屋」

 火鉢の部屋は一人暮らしのワンルーム程度の大きさがある。今はカーテンで閉め切っているが、玄関先が見える大窓がある。その角にテーブル。反対にベッドがある。そしてゲーム、漫画、フィギュアの棚が残りの空間を埋めるようにして所せましと並んでいる。

「すさまじいな……私の知らないものばかりだ。なんだこれは」

「それはパソコンだよ。どうせならゲームしてみる?」

「ゲーム、とな。蹴鞠なら知っているぞ」

 胸を張るアレフにははと苦笑を返すとむすっと眉を顰めた。

 アレフを椅子に座らせ適当に初心者でもやりやすそうなゲームを選ぶ。

「箱の中に人がおる……」

「そうか。それも知らないか。これはキャラクターだ。まずは自分好みにアレンジしてみるか」

 そう言ってコントローラーを渡すが、アレフはまじまじと見つめるだけで何もボタンに触れなかった。

「……」

 暫く考えた後、一度アレフを退かして火鉢が椅子に座る。その膝の上にアレフを乗せようとする。

「すまないな」

 そう言って火鉢の上に座ってはみたが、今度は翼が邪魔で前が見えづらい。だがしまうことなどできないだろうし、こうするしかないのか。

 アレフにコントローラーを握らせ、そのうえから火鉢の手を添える。本当に小さい手だ。ぎゅっと握ったら潰れてしまいそうなほどに。

 こんなことしたのは幼馴染の友達以来だ。彼女も確かゲームが下手でよくこうしていたものだ。

 火鉢の支えもあり一時間ほどでアレフに似た女性主人公が出来た。身長もいじれるゲームにしたので竜要素以外はアレフそっくりだ。

「して、これはどんなゲームだ?」

「今からネット上の人たちと繋がって人狼ゲームをする」

「人狼はまだおるのだな」

「ゲームだから。通話をして嘘を言ってるっぽい人を当てるんだ」

「そうか。自信はないが、やってみよう」

 そういって改めて画面に向き直る。大人気ゲームなだけあってプレイヤーはすぐに集まった。

 スピーカーにしながら配信でも使っているマイクに話しかける。アレフは勿論というかマイクやスピーカーも知らなかったので最初こそ驚いたが、次第に順応していった。

『二分間のシンキングタイムです。この時間は他の方に音声は繋がりませんので、ご自由にお考えください』

 NPCの言葉を合図にアレフが火鉢の方を向く。

「私は分かったぞ。えんえんとやらが怪しい」

 人狼が二人に対して残り六人。ここで人狼を吊らなければ勝ちの目は無くなる。

「そうだな。変に話を仕切ろうとしていたし、どうも早口だ。俺も賛成だな」

「ふふ。分かってきたぞ。攻略法が」

 相手もランク的に初心者なのは黙っておこう。ゲームははじめが肝心だ。折れて強くなる人もいるが、成功体験を積むのは大事だ。

「私はえんえんに投票する」

 シンキングタイムが終わり第一声アレフが言う。それから一瞬間が空き、えんえんがでも、と口を開いた。

『ぬるぬるさん、何でそんなに言い切れるんですか? そういえば、前の夜もぬるぬるさんがはじめに言い出しましたよね。外れたっぽいですが』

『確かに、議論タイムは口数が少ないのに投票タイムになった瞬間言い出しますよね』

 残りのプレイヤーたちからも賛成の声が多数だった。これは非常にまずい流れだ。一度アレフの提案に乗って外しているのだから、こちらの信用度は低いだろう。

「ま、待ってくれ。私は皆を思ってだな」

『そうやって騙そうとしてますね。声が上ずってますよ』

 えんえんの口調に余裕が出てきた。矛先が己じゃなくなったからだろう。矢張りえんえんが確定でよさそうだが、これはアレフのゲーム。そこまで口出しをするのは野暮だろう。

 議論はアレフ劣勢のままタイムアップまで続いた。結果、アレフが吊られ、人狼側の勝利となった。

 皆が感想戦に耽っている中、アレフは不満げに眉を顰める。そして皆が退会した後、二人きりになった時にようやっと口を開いた。

「私は心から皆を思ったのだが、通じなかったようだ」

「そんなこともあるさ。寧ろそんなことだらけだよ、ゲームは。だから強くなる必要がある」

「そうか。それは、強くなりたいな」

 どうやらあれで折れるほど柔な心ではなかったようだ。

「そうだ火鉢。お前のゲームをしているところが見たい。駄目だろうか」

「ん。いいよ。これとかどうだろうか」

 そう言って見せたのはTop of Legendsだ。今現在最も勢いのあるバトルロワイヤルゲームの一角だ。

 大雑把にゲームの概要を説明した後、適当にキャラを選んでゲームを始める。

「先のゲームよりも人が多いぞ」

「まぁ全員と戦うわけじゃないから」

 火鉢のこのゲームのプレイ時間は千時間強。敵が密集するところに降下し、手早く物資を取る。

 深夜というだけ敵も相当なやり手だが、無類の反射神経と努力の前では簡単に瓦解する。相手からしたら未来予知しているような反応速度だが、実際は半分ほどは見てから行っている。そして大体のリロードや回復の時間を計算し、足音などで場所を把握し決め打ちする。その様は、まさにウォールハック。壁越しの相手を透視しているようにすら感じられた。

「凄まじいな……」

 アレフの感嘆の声も高級ヘッドホンの前では無力。研ぎ澄まされた集中力が勝利をもぎ取っていく。

 だが、最後は遠距離からのヘッドショットで呆気なく終わってしまった。反射神経の良さも音から計算する能力も一発で決められてしまってはどうしようもない。

「はぁ……まぁ、こんなもんかな」

「いや、凄いぞ。どれだけの研鑽を積んだらこの境地に達するか、想像するだけで熱い思いがこみ上げてくる」

「そこまで言ってくれるとは、有難いね。ネットなんかじゃチーター説とかもあるから、素直に嬉しいよ」

「私にもこのゲームを教えてくれ。もっと火鉢のことを知りたいんだ」

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