竜に願えば

口十

第一章 竜との出会い

第1話 はじめまして。ここはファンタジーじゃありません

 最近、ちょっとした噂がネットを駆け回っている。『実況者のモグリはチートを使うチーターだ』と。

 モグリというのは三年前から細々と配信を続けている実況者のハンドルネームで、彼はチート、つまり不正行為をはたらいてゲーム実況を続けているのではないか、という噂だ。というのも、彼の配信を見たらFPSでは敵の位置を正確に割り出しているし、格闘ゲームに関しては完璧なタイミングで差し返しやガードをすることがある。その現実離れしたゲームセンスに目の肥えたネット民はチートを疑っているわけだ。

「たまったもんじゃねぇよ」

 その当人はそんな噂をSNSで見かけて天井を仰いだ。そんな事実無根な話を振りかけられて呆れたのだ。

 モグリこと金田火鉢は片田舎に住む何てことない二十五歳の青年だ。髪を染めたこともなければピアスなんて怖くて開けられない。そんなどこんでもいる青年だ。ただし、反射神経がずば抜けて高いという一点を除いては。

 彼のゲームセンスの半分を占めている反射神経の良さ。常に警戒し続けなければならないFPSや、一瞬の判断が求められる格闘ゲームにもつながってくる。とはいえ、それで常勝出来るほど最近の対戦ゲームは甘くない。だから誰にも邪魔されないこの田舎で日々鍛錬を続けているわけだ。

 その反射神経の良さを伝えるために出す話が一つだけある。彼は一度も物を落としたことがない。落とす前に気付き、地面に落ちる前に拾えるからだ。反射神経が高いことがこれで分かろう。

 さて、と仕切り直して火鉢は出かける準備をする。今日は新作ゲームが発売される日だ。しかも配信当初からやっている格闘ゲームの最新版。ダウンロード版も考えたが、矢張り棚に背表紙が所狭しと並べられている様を見るためにパッケージ版というものはある。しかも電車で一時間程行った先にあるお店では専用の特典が付いてくるというのだから買わないという選択肢はなかろう。

 ファッションセンスなどかなぐり捨てた上下黒一色で外に出る。年明け半月というだけあって白い息と少しばかりの雪が出迎えた。


 往復して二時間。都会の喧騒に半ば怯えながら買ったゲームカセットを鞄に背負い帰路につく。町の入り口にあるコンビニでエナジードリンクとお菓子を買って田んぼ道を歩く。

 暫く歩いているとふと視界に異物が入ってきた。雪で出来たヘンテコ異物ではなく、明らかに人型のそれだ。

 御老人が倒れていたらたまったもんじゃないと駆け寄るとその不気味さに気付いた。何かが覆いかぶさっているのだ。

 身の丈は子供くらいだろうか。それをよくよく見てみると、覆いかぶさっていたのはファンタジーでよく見る真っ黒な翼だ。その翼がへなへなと上半身を覆っている。

 しかし困った。この世界はファンタジーでもましてや異世界転生先でもなんでもないただのだだっ広い地球の中の日本の中の更に狭い田舎だ。こんなもの見つかろうものなら御老人が卒倒しかねない。

「お、お~い。大丈夫か~?」

 尋ねてみるが返事がない。致し方ないと彼女?を仰向けにすると、今にも死にそうなほど青ざめた皮膚が露わになった。呼吸もしているか怪しい。当たり前だ。こんな雪も溶け切らない真冬にこんなところに突っ伏していたのだ。生きているだけ僥倖と思おう。死んでも死体の第一発見者にはなりたくないものだ。

 しかしどうも意識がない。こうしてはいられまいと彼女に鞄に忍ばせておいたカイロを張り付け抱き上げる。異常に軽い。まともな食事を摂っていないのではないか。


 取り敢えず家に上げ、自室のベッドに寝かせる。暖房をつけてはみたが、果たして竜?に効くかどうか。

 一時間ほどだろうか。暑いほどに上げた暖房の効果か、少女がうぅと唸り、上体を持ち上げた。

「あ、起きた」

 自分が喜び半分不安半分で声を上げると、少女はこちらを向いた。

「誰だ……?」

「火鉢です。竜?さん」

「火鉢か……いい名だ」

 そう言って微笑むとまた少女は倒れてしまった。ちゃんと寝息を立てていると言うことは今度は気絶などではなくちゃんと眠りについたということだろう。

 果たしてどうしたものか。迫りくる未来に不安も期待も背負わせて、火鉢は少女から目を逸らした。

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