第14話 報酬が入ったからには……? 中編

 コウタロウのスマホのロック画面は15時45分……ではなく、13時12分と表示していた。

 思ったより時間は経っていなかったが、疲れたことには変わりない。

 それでも通帳残高を見ると微かに心躍る。

 果心に渡そうと思っている13万円とひとまずの生活費として5万円を引き出した。

 それでも口座に19万円残っている。こんなに人間らしい生活を送れるのはいつ以来だろうか。

 いつものボロアパートでさえ二条城のように見える。


「あっ、やっと帰ってきた」


 びくっと揺れたコウタロウを見て果心は微笑む。


「今日来るなら来るで連絡しろよ……」

「え? したよ。通知見てないの?」

「? あ、本当だ。見落としてた。すまん」


 コウタロウは茶封筒を果心に渡そうとミニバッグから取り出した。


「じゃあ、これ渡しておく」


 茶封筒を受け取った果心はが思ったよりあることに驚いた。


「菅原くん、ちょっと開けてみていい?」

「そんなに気になるのか……」


 黙って封筒を開封すると1万円札が13枚入っていた。

 コウタロウの貧乏っぷりを見ていると流石に多すぎると思った。


「いやいや。こんなに受け取れないよ」

「これでも少ない方だと思うぞ。しかも警察の人にって言った手前、せめてこれぐらい渡さないと俺のメンツが潰れる」

「収入が不安定なのにどうするのさ。私はまだ退職金あるし、就職先もどうにかなるだろうけど菅原くんはどうにもならないでしょ?」


 コウタロウは返す言葉もなかった。

 荒川達の信頼を得たのは確かだが、警察から安定して仕事が入るかどうかは依然不透明である。

 ここは大人しく果心の言葉に従うべきだろうか。


「……何万ぐらいだと受け取ってくれる?」

「そうだねぇ〜〜 5万ぐらいかな??」

「本当にそんなんでいいのか?」


 茶封筒から8万円を取り出し果心に渡した。


「菅原くん、これからどうするの?」

「これからって?」

「予定ないならお疲れ様会しない?」

「別にいいけど?」

「やった。私車で来ちゃってるから一回家に戻って、地下鉄でこっちに戻るよ。そしたらこの辺りでも、でもどっかでなんか食べよう」

「酒飲みたいならわざわざこっち寄らず、で合流した方がいいんじゃないか? の方が色々あるし」

「確かにそうだね。じゃあの方の駅で会おうね」


 というのは安黒の繁華街を指す言葉で、新宿や渋谷、心斎橋などのような所を想像すると分かりやすい。


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 午後7時。コウタロウは地下鉄の駅に着いた。

 歩いてきたので時間はかかるが、足は特に疲れている訳ではない。

 却って銀行での精神的疲労が回復して良かった。


 東京の地下鉄のように無数に改札口がある訳ではないので人と待ち合わせるのは比較的容易だ。

 ただ、人通りが多い時間帯なので合流するのに時間が掛かるだろう。

 長い長い地下道を歩くと改札口が見えたので、そこで待つことにした。

 東京のような地下鉄ではなくても、地下道が無駄に発達しているのはどこの街でも同じだ。

 

 人と待つのは久々なことなので、どうやって待っていたか暫く考えてしまった。

 スマホに果心からの通知が来ていないか確認したが特に何もない。

 スマホを再びポケットに入れると、スライムが近くに来ていて何やら体を左右に揺らしている。

 何事かと思い、振り返ってみるとコウタロウの背中には出口案内図があった。

 出口案内図が背にならないところに移るとスライムに軽くお辞儀された。


「ごめんー! 待った?!」

「いや、別に」

「食べたいのとかない?」

「特に。フランス料理とかはちょっと嫌」

「よぉし。じゃあ、焼肉だ! 知ってる店あるから行くよ!」


 こうして2人はまた長い長い地下道を歩き始めた。


━━


 長い長い地下道を抜け地上に上がるとなんとも言えない解放感がある。

 果心に何も考えずに着いていくと目的の店が現れた。


 ドアを開くと店内の賑やかな歓声が耳に響く。

 店員に席へ案内され、適当に店の仕組みの説明を聞き流す。

 安黒《ここ》の焼肉は日本の一般的な焼肉とは大きく異なる。


 まずテーブルに運ばれたのはキムチ盛り合わせとナムル、サンチュ、エゴマの葉、生ビール。

 2人は勢いよく乾杯して、果心は一気に飲み干した。よっぽどアルコールに飢えていたのか肉が来る前におかわりを頼んだ。


 タンやカルビ、ロースも到着し七輪ももくもくと煙を上げ始める。


 ここまでの様子を読むとどこが安黒の焼肉が異常なのか理解し難いだろう。

 ここでシメのクッパや冷麺に入ってしまったら、それはただの焼肉である。


「お待たせしました〜。ゴブリンの兜です」


 コウタロウはずっとグロテスクだなあと思っているが、ずっと安黒で育っている人間からしてみると、ゴブリンの兜はむしろハレの日の食べ物なのである。

 子供がゴブリンのように元気に育つように5歳程度まで端午の節句に振る舞う風習がある。

 大人になってもゴブリンを食べると1週間は10歳若返るという、胡散臭い言い回しも残っている。


「これこれこれ!!!! ゴブリンのどこ好き? 耳はサッと炙る派? ガッツリ焼く派? 私、頭蓋骨しゃぶっていい?! 小脳あげるからさ!」

「うげっ…… 別に頭蓋骨も小脳も大脳も食べていいよ……」


 このゴブリンをまじまじと見てみると目玉と鼻が処理されているのが逆にグロテスク。

 目玉と鼻は何に使っているのだろうか。

 自分の皿にあるハラミをぼんやり食べながらビールで流し込む。

 果心は既にビールに飽き、ハイボールを飲んでいる。


 ゴブリンはいい感じの焼け具合になると豚骨と八角が混ざったような香りを漂わせる。

 ガブガブハイボールを飲んでいた果心も箸を持ち頭皮を突き始めた。ゴブリンの皮は少しモチモチこりこりしてて、焼肉のタレと絡めて食べると旨い。


「本当にゴブリンの頭食べないの? 耳ぐらい食べなよ?」

「いらない。耳を切るのもごめんだ」

「せっかく美味しいのに……」


 ハイボールを飲んでハサミで耳を切って少し炙る。


「こりこりしててうめー!!」


 そしてグビグビとハイボールを飲む。

 ゴブリンをちびちび食べては飲み、ゴブリンを食べては飲みをひたすら繰り返している。

 コウタロウは下戸までとは言わずとも、あまり酒を飲まない人間なのでさっきの生以外アルコールは頼んでいないが、果心は既に6倍は飲んでいる。

 既に出来上がっているのでこれ以上、肉や酒を頼もうとしたら危険すぎる。


「それ食ったら帰るぞ」

「え“〜〜〜。いーじゃん、今日ぐらいハメ外そうよ。私まだ冷麺食べてないよぉ〜」

「大学生じゃないんだから……」


 頭蓋骨を齧っているあたりゴブリンタイムもそろそろお開きだろう。

 暫くして時間が経つと、


「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる……」


 と言ってそそくさと立ち上がってしまった。

 顔色も悪そうなのでコウタロウは少し気になった。まあ、自業自得なのだけれど。

 果心がトイレに行っている間、コウタロウは会計を済ませた。

 テーブル会計の店なので会計した後も少しはテーブルに居られるので、店員の視線さえ気にしなければ問題はない。


「もう、大丈夫…… 焼酎飲み……たい……」

「いや、これ以上飲めないだろ?! 会計したからもう帰るぞ!」

「え〜〜なんで?? 大丈夫だから……! 飲みたい!」


 周りの客の視線が痛い。トングでトントロを掴んだまま凝視してくる人までいる有様だ。


「これ以上店に迷惑かける訳にもいかないだろ?」

「私は大丈夫だからぁ〜〜」


 果心を引っ張って何とか店を出た。

 コウタロウにとっての夜はまだまだ始まったばかりだった。

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