日常編

第13話 報酬が入ったからには……? 前編

 報酬が入ることに喜びを隠せなかったコウタロウは一睡もできなかった。

 今朝見た朝焼けは、とても大きく美しく、まともな収入があればコーヒーでも淹れてまったり飲めるのになあと思っていた。

 布団の上でごろごろしながら時間を潰していると、気づいたら10時近くになっていた。

 10時といえば銀行が開く時間。銀行が開く時間と言えば、すでに報酬が振り込まれているということである。

 

 コウタロウは銀行に飛び跳ねるようにして向かった。

 果心にはメッセージを送っておいた。報酬についての話は果心が席を外している間に行われていたから、分け前をどうするか決めておきたい。

 普通であれば喧嘩の火種になりそうだが、この収入のない生活には慣れっこなので5万円でもある程度満足できるのだ。


 そんなことを考えながら歩いていると銀行に着いた。

 銀行の入口に入ると、そこには長い長い列が現れた。

 午前中に銀行に行かない理由を思い出したのだ。


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 待てど暮らせど列は進まず、スマホを見ていても退屈する有様だった。

 ATMの列に並んでいる人間は老人ばかりで時間がかかるのは仕方ない。

 あんまり大きな店ではないので時間がかかるのは仕方ない。

 自分にそう言い聞かせながらぼんやりとまとめサイトを見ながら、1秒1秒進んでいく。

 漸く自分の番が近づいたと思いきや、どこかで見たことあるような老人がATMブースから顔を出していた。

 目が合ってしまったら話しかけられそうだと思ったので無視をしようとしたが、


「おっ……、これはこれは菅原さん。先日はどうもお世話になりました。ちょっと申し訳ないのだが、ちっとこっちに来て手伝ってくれないか?」


 と声を掛けられてしまった。

 並んでいる人々の視線がコウタロウに向けられ、無視しようにも出来ない状態になってしまいやむ得ずその老人の元に向かう。

 

 その老人は以前に老眼鏡が見当たらないと言って、コウタロウの元にやってきた。

 家は念入りに探したというのが彼の主張であったが、彼の探し物は冷蔵庫の上にちょこんと置いてあった。

 このような事情からあまり報酬を請求することは忍びなく、1000円程度で済ませたという苦い思い出がある。


「どうかしましたか? 服部さん」

「いやはや、その、お恥ずかしいながら未だにこの、AED?の使い方が分からなくて、いつもはそこの、花京院さんにやって持ってるんだが、花京院さんにこの間、『防犯上どうのこうのでAPM?の使い方をご案内することはこれ以上出来ません』って言われてしまって、それなのに、儂としたことが未だに覚えられずにいる。流石に、花京院さんに頼むのは具合が悪いんで、どうしようかなと思っていたところに菅原さんを見つけたんだよ」

「いや、銀行員でもない自分がATM操作する方が色々問題になりますし、僕がお縄についちゃいますよ…… ここは窓口でやってもらうしか……」

「窓口なんか行ってしまったらどんだけ時間があっても足りない。気づいたら午後3時になるに決まってる。その点、このATCは気づいたら昼になってる程度だから、全然良い」


 ため息をついた後、こう続けた。


「で、どこからATMの使い方がわからないんですか?」

「まず、通帳を入れる。そこから分からん」


 まじかと引き攣った顔をしたコウタロウを他所に、服部は再び通帳をATMに入れた。


「? 特に何ともなさそうじゃないですか?」

「しーーーっ。ここからが問題だ」


 暫くすると、


「この通帳はお取り扱い出来ません。お手数おかけしますが、係員にお問合せください」


 という自動音声が流れ、明細が出てきた。

 その明細にはさっきの自動音声と同じ文言が書かれていた。


「あー! まただ。家にこれが何枚あると思う? 電話のメモに使っても使いきれないぐらいあるんだ!!

 また、余計な明細コレクションを増やしおって!!」

「……ちょっと、もう一回入れてみて頂けませんか? ちょっと気になるところがあるので」

「何回やっても同じよぉ?」


 そう言って通帳を再びATMに入れようとしたが、コウタロウは服部の誤った動作を見失わなかった。


「ちょっと待ってくださ━━」


 コウタロウが言い終わる前に服部はATMに入れてしまった。

 そして、さっきと同じようにエラーを示す明細が出てきた。


「ほれ、やっぱり、駄目じゃないか」

「ちょっと落ち着いてください。通帳を入れる向きを間違えてるんですよ」

「向きなんてあるのか?! 初めて聞いた。で、どうやって入れるんだ」

「こうやって入れるんですよ」


 コウタロウは服部の通帳の最後のページを開き、記帳される面を表にしてATMに入れた。

 そうするとATMは特にエラーを吐かずに


『暗証番号をご入力下さい』


 という音声が流れた。


「暗証番号? えーと、確か暗証番号は、いち、いち、いち━━」

「あああああああああああああああ!」

「何だ。騒々しい」

「騒々しい、じゃないですよ! なんで、暗証番号を言いながら入力するんですか? 世の中お人好しばかりじゃないんですよ!? 花京院さんからも言われたんじゃないんですか?」

「あー、そんなこと言ってたような……? あと、花京院さんは暗証番号も変えるように言ってきたなぁ。この間までは1111だったんだけれども、流石に1111はね。今の暗証番号はそう簡単に分かるもんじゃあるまい」


 ひたすら困惑せざる得ないコウタロウはもう何も言うことがない。

 コウタロウが困惑している間、ATMから現金が出てきた。


「おお、いち、に、さん、し……、欲しかった額ぴったり。ありがとう、菅原さん。もうATFの使い方はバッチリだ」

「お安いご用です」


 服部はにっこり笑って銀行を去った。

 正確に『ATM』と覚えるのはいつになるのかな……と苦笑いして、列の先頭に戻ろうとすると後ろに並んでいるおばさんが睨みつけ、大袈裟に咳払いし、肩を叩いた。

 

「アンタ、列から外れてたじゃない。もう一度後ろから並び直さなきゃダメよ」


 後ろの客からの圧も凄まじかったので渋々並び直すことになった。

 また並び直しとなったらどれだけの時間がかかるのだろうか。

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