第4話 苛立ちと決意

 片側2車線に立派な中央分離帯のある大通りは見るも無惨な姿になっていたが、果心の車は猫の魔族からの攻撃を免れたので無事だった。


 果心は苛立ちながらも、車のエンジンを掛け、数十m先の角を曲がり平行する住宅街の路地を走ることにした。コウタロウの諦めたような態度を許した訳ではないが、車に乗せないと言う子供じみた意地悪をする意義もないため、コウタロウを車に乗せた。


 コウタロウが話しかけてきたら無視するつもりも無かったが、自分から話しかけることもしなかった。特に何も話すことが無いままコウタロウの家へと向かった。


ーー


 コウタロウのアパートに着くと、


「あれは頑張ったら追えたでしょ?!!」


 果心が大声で言った。


「いきなり何だよ……?! あれを追おうってなったら、周りの建物が爆風で窓ガラスとかがやられんだよ。少しは考えろよ……!」

「私なら、そこら辺調整して上手いこと行けるもん」

「何が『私なら』だ。お前が俺だったら今頃、例の魔族を捕獲できてて、捜査の手がかりを掴めて、明日には犯人を捕まえられるだろうな」


 コウタロウは嫌味ったらしく果心に言った。


「そんな言い方しなくたっていいでしょ?!」

「……」


 コンビニでチンしてもらった弁当は既に冷え切っていた。


「じゃあ、私は帰るから」


 嫌味ったらしくドアをバタンと閉じて部屋を出ていった。


 食事を済ませ、ダラダラとスマホを弄っていると警察署から着信が来た。例の猫の魔族が確保されたようだ。とりあえず警察署に来て欲しいとの事なので、歩いて警察署に向かうことにした。


 警察署に着くと荒川が出迎えてくれた。3人で数時間前に使っていた部屋に入り、捜査がどうなっているかの話があった。


 例の猫の魔族は、家に帰るためにあの大通りを歩いていたことは覚えていたが、気づいたら警察署に居たということである。しかし、コンビニの防犯カメラの映像や、SNSにアップされた動画を見ると、5階建の団地ぐらいの大きさになって大通りを走っている魔物は自分であることを認めざる得なかった。


 被害者とも言える彼女の精神状態は良いと言える状態では無いため、これ以上の事情聴取の進展はなかった。


「菅原さんも、あの場所に居たんですよね? 通行人の証言の中に、攻撃を食い止めようとしている魔法使いが居たって話ですし、も一緒に戦っていたって言ってますし…」


 荒川はため息混じりで語った。コウタロウはが誰のことなのかすぐに理解した。


「公安の手柄になるのは嫌なんだが…… 直接、アレと対峙してしまった以上仕方のない事だな……」


 そう言って亀戸と共に部屋に入室してきたのは果心だった。果心は軽くお辞儀をしてコウタロウの隣に座った。さっきとはまた違った気まずい空気が流れる。


「んで…… いつ遭遇したんだ。あれと」


 果心が居るからなのか、荒川の口調から丁寧語が消える。コウタロウはあくまで捜査に協力する便利屋であることから丁寧語をちゃんと使っていたのだろうが、果心がいるとなるとそのような遠慮がなくなるようだ。


「車の時計を見る限り、6時手前だったと思います。警察署を出たのが5時40分ぐらいでした」

「ふむ。戦闘していたという市民の証言もあるが、事実か」

「はい」

「ふうん。果心1人なら捕まえてただろうな。君、協調性ないって聞いたし。ってことは菅原さんも戦ってたってコトだろ?」


 果心は俯いた。


「僕と果心で捕まえようとしました。果心の幻術が効かなくて捕まえられなかったのは事実ですけど、僕が何もできなかった……のは、果心のせいではない、と思います」


 コウタロウは角が立たないように言ったつもりだが、これが無駄なフォローで終わってしまった。


「でもね、菅原さん。アナタには分からないと思うんですけど、公安だろうと魔法部だろうと独断で行動するのはご法度なんですよ。果心は成果こそ挙げてますけど、協調性がないんできっと公安からハブられたんでしょうよ」

「……!」


 果心は怒りで言葉を失っている様子だった。


「失礼ですが、あの時、あそこに居なかった荒川さんにそのような事を言う筋合いはないと思います。そもそも果心の幻術が効かなかったんで、協調性云々は関係ないです」


 コウタロウは荒川の機嫌を伺うように言ったが、荒川にとっては気に食わない話であることは間違いない。ただ、果心の行為が評価されないことが引っ掛かるのだ。


「仮に誰かのせいにするなら、それは……僕のせいじゃ……ないですかね……」


 プライドの高いコウタロウにとって自分の非を認めることはやや耐え難いことであった。しかし、果心に非がない事を話すには自分が悪いと言うことにしなければならない。


「……」

「菅原さんもこう言ってることですし…… あんまり果心さんを責めない方が……」


 亀戸が口を挟んだ。


「亀戸くんには関係ないだろ?!」


 荒川の凄むような目付きに、亀戸は黙らざる得なかった。


 しかし、黙っているだけでは捜査は進まないので沈黙の時間は短かった。荒川はバインダーから何枚か資料を取り出した。


「……これは、今までの被害者の尋問の記録。どの被害者にも共通している点があるだろう。あの被害者と同じ状況になってる奴が少なくなくてな」


 果心とコウタロウは資料を1枚1枚じっくり見ている。どの被害者も、魔族や魔獣が被害に遭っており、調書もじっくりと読んでみると、5人中4人のものに


「自分が何をしたか覚えていない」


とか、


「記憶が飛んでいる間にこんな恐ろしいことをしていたなんて信じられない」


などと書かれているものが目立つ。


 記憶がないと言っている魔族たちには他に共通点がないだろうか。記憶があると供述している1人とそれ以外の資料を見比べると、コウタロウはある事実に気づいた。


「こっちの4人の血液型はA型なのに、記憶があると言ってる1人はB型みたいですが、なんか関係あるんですかね?」

「うーむ…… 被疑者がどんな魔法を使うのかにも寄るなあ。薬草をワクチンかなんかにしたのを飛ばすだけなら、薬草の成分に寄るものだろうし、被疑者がそういう薬を魔法で作れるのかで大分違う」


 荒川は厳しい顔で言った。コウタロウが使う炎系の魔法は比較的普通であるが、果心のように幻術を見せたり、この被疑者のような魔法を使うのはやや特殊である。


「今回の被害者が例の☆印の跡がどのようにつけられたか分かる映像とかってありますかね…?」

「菅原さんも、その瞬間をご存知でしょうけど、コインランドリーの防犯カメラに何物かが、例の被害者に何か飛ばしたんでしょうね」


 亀戸の発言の意図が理解できなかったので、しばらく考えていると、亀戸はコウタロウの目の前にタブレットを置いた。 


「これ、一緒に確認して欲しいのですが……」


 そのタブレットには防犯カメラの映像が流れていた。防犯カメラの映像は驚く程鮮明である。映像が始まって10秒ほどすると風変わりな格好をした10代ぐらいの少女が映り込んでいた。


 しかし、その少女の顔と詳しい風貌は丁度影になっていたため、捉えることは出来なかった。


 その少女は道を歩いていた例の猫の魔族に筒のようなものを投げていた。筒を投げている瞬間、車が1台通り過ぎて行くのが見えた。


「ちょっと奥の車の方にアップすることって出来ますか?」

「? いいですけど……?」


 亀戸はタブレットをタップして動画を止め、車の方に拡大させた。その車は見覚えのあるコンパクトカーだった。それを更に拡大させるとコウタロウがの方を見ていた。


「え、マジか…?!」


 コウタロウは犯行の瞬間を見ていたのだ。その事実に気づかなかったことと、自分が諦めたことによって、果心が理不尽になじられることになってしまったのだ。そもそも、自分があの時ちゃんと見ていて、果心に報告出来ていればーー。


 しかし、過去ばかり悔いていても仕方がない。菅原コウタロウはこれからどうすべきかを考え、行動することにした。

 

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