第2話 思いがけぬ依頼

 果心が加わったところで仕事が増えるわけでもなく、2人で窮屈なボロアパートで過ごす日々が流れた。部屋を徘徊したり、アパートの周囲を散歩したり、ガチャを回したりして時間を稼いでいたがすこぶる暇である。


「ひーまーー 菅原くん、どうしてこんな暇なの?」


 果心は若干苛ついた様子で話す。

「しかも、今どきクーラーすらないっておかしいよ。モールにでも行って涼まない?」

 コウタロウはばつが悪そうにしており、果心と同じくだらけている。どうせ依頼なんて来ることがないのだから。しかし、留守にしていると金のなる木を逃してしまうかも知れないのでそれも出来ない。


「モール? そりゃ、こっちだって行って涼みたいのは山々だけど、依頼歩く金が来たらどーすんだよ。金が無いのは分かるだろ」

「モールで営業すれば?」


 暑いので返す言葉すら思いつかなかった。

 数分沈黙が流れた後、コウタロウの携帯が鳴り始めた。まさかまさかと思いつつ手に取ると、警察からの電話だった。


「菅原くん、生活が苦しいからって万引きは駄目だよ……」


 果心が携帯を覗き込み、少し物悲しげに言う。


「してないわ!」


 警察が何の用事なのか皆目検討がつかないが、ひとまず出てみることにした。


「もしもし、スガワラ便利屋ですが……」

「あ、菅原さんの携帯で間違いない。こちら、安黒(あぐろ)署です。ちょっと、捜査にご協力願いたいので、署まで来てもらえますか?」

「いつ頃伺えばよろしいでしょうか…?」

「可能であれば今日中。午後3時ぐらいとかどうですか?」


 警察らしい高圧的な態度と横柄さに気圧されている。コウタロウは、予定なんかこれっぽっちも無いのに時計を一瞥した。


「午後3時ですね。承知しました」


 電話が切れた。『失礼します』の一言もなくガチャ切りとは随分と無礼だなと思ったが、何の捜査の協力なのかがさっぱり分からない。


「警察は何て? 盗み聞きしてたけどちょっとしか聞こえなかったよー」

「多分、依頼…… なのか? 捜査に協力しろだって」

「任意同行?! 任意同行なの?!!」


 目を輝かせて果心は言う。


「いやいやいやいや…… それは……、無いだろ……」

「ふうん」

「とにかく、3時から警察署。悪いけど、車出してもらっていいか?」

「あとシャバに居られるの3時間だもんね。お安いご用だよ!」

「俺は無実だ!」


 コウタロウは力強く言った。


ーー


 午後2時50分ごろに警察署に到着した。わざわざ来いというぐらいなので、出迎えでもあるのかと思いきや何にも無し。特に呼び出し状が届いている訳でも無いのにどうしろと言うのか。

 車の中に居ても仕方がないので、車を降りて警察署の建物に向かった。警察署なんていつ以来だろうか。

 受付に行って名前と用件を伝えると3階の魔法課に案内され、狭い会議室に通された。高台にある警察署なので見晴らしが良く、遠くの方に山々が見える。

 4分程度待つと2人の人物が入ってきた。1人は鯉のような容姿をした大柄な男であるのに対して、もう一人は小柄な女性だった。鯉男の体が立派すぎるから女性の方が小柄に見えるだけなのだろうか。


「いやー 捜査のご協力感謝いたします」


 鯉男の方が言った。果心を睨みつけたのは気のせいだろうか。


「私は魔法部の犯罪課に所属している荒川鯉次郎で、こっちは同じく魔法部の犯罪課の亀戸文花だ」

「よろしくお願いします。今回はどのような件で……?」

「ちょっと隣に居る方が気がかりなので、席を外してもらいたいのですが、よろしいかな」


 荒川は果心を一瞥し、冷たく重く言い放った。すでに果心は公安を辞職し、一般市民であるのに、わざわざ退室を促すのは警察のナワバリ意識なのだろうか。果心であれば目立った活躍もしていたのだろうから、顔の知られた有名人であっても不思議ではない。

 果心は大切なビジネスパートナーであるから、退室は出来ない旨を伝えようとしたが、


「かしこまりました。では私は自分の車に戻ります」


と言い、そそくさと退室した。

 コウタロウは果心ではない果心に驚いたものの平然を装った。学校の時からあまり変わってない様子だったのに。学生だった頃は思ったことを直接的に言っていたので、波風を立てずに部屋を出たことは信じられないのだ。


「私が果心に伝えても問題ないのでしょうか…?」

「我々の面子の問題だから君に任せる。なんで果心なんかが君と一緒にいるのかが疑問だが」

「同じ学校のクラスメートで辞職したと聞き、一時的に手伝ってもらってます……」

「やめたのか。まあ、辞めたとはいえ、情報を公安に流されたら横取りされて、手柄も取られるのがオチだから、今同席されるとこっちが迷惑だからな。ということで菅原さんヨロシク」


 コウタロウはこくりと頷く。納得できないが。

 その時、亀戸はスッと立ち上がり


「菅原さんはお茶とコーヒーどっちにしますか?」


と聞いてきた。


「コーヒーで……」

「コーヒーですね」

ドアがバタリと閉じ、コウタロウは部屋により一層嫌な空気が流れているように感じた。

 亀戸が戻るとようやく話が始まった。


「捜査の協力って、言うのは建前で……」


 荒川は切り出しにくそうにしていて、コウタロウから視線を逸らす。荒川の焦ったい態度に、コウタロウは魔法部のメンツに関わることなのではと邪推した。


「……もしかして、依頼ですか?」

 ぎくりとした荒川を見て思わずニヤけてしまいそうになった。


「……その、依頼です。報酬は犯人確保の際に捜査特別報奨金として支払いますんで……」

「怪しいお金はちょっと……」

「怪しくない怪しくない! レッキとした懸賞広告で、国民から広く情報提供を受けるためのものなんですよ。綺麗なお金なので、ね?」

「第一、警察が便利屋に依頼って……」


 コウタロウの言う通り、民間の便利屋に公的機関から依頼が来ることは違法ではないがかなり珍しいケースである。もし、公的機関が便利屋に依頼するのであれば、コネを持つ物がいる所や何らかの特別なアドバンテージを持っている所に限られる。

 一方、コウタロウが営む便利屋は大した実績もない無名の店である。自分の所に警察から依頼が来るとは思えないのはこういう背景があるからだ。


「いやぁ…… 菅原さんも、民間の便利屋に警察から依頼が来ることあるのはご存知でしょうよ。

 しかもウチは人手不足でいっぱいいっぱい。これ以上対応しないといけないことが増えると組織として崩壊してしまう。現に魔法犯罪の半分はここで起こっているのに、人員は東京ばかりに集中している。だから外部と手を取るしかないんだ……」

「それはそうですけど… でも、なんでウチなんかに……?」

「で、引き受けてくれますか??」


 コウタロウの質問には無視して、『引き受けてくれ』という圧をかけてくる。どんな案件かを詳しく説明しない時点で怪しさしかないが、引き受けないと厄介なことになりそうなのも事実だ。


「まあ、私で良ければ……」

「本当ですか!? 期待してます! よろしくお願いします!!」


 荒川はコウタロウの手を握り力強く言った。亀戸も胸を撫で下ろした様子でコウタロウを見ている。


「では、今回の依頼について説明します。亀戸、ヨロシク」


 亀戸は机の上に書類が入ったファイルを広げ、そのうち数枚をコウタロウに渡した。


「菅原さんにお願いしたいのは、市内で発生している魔族の連続凶暴化事件の解決です。ニュースとかでも見聞きしていると思いますが……

 魔族の凶暴化であれば、魔力の暴走が主な原因ですが、本件ではそれだけでは説明がつかない点がいくつかあります。まず、凶暴化を引き起こした魔族の体に星印の痕がどこかしらに残っている点です」


 渡された資料の写真では、肌に⭐︎の形をした傷があることがはっきりと分かる。しかし、これなら自ら増強剤のような薬物を打ったという可能性も捨てきれない。


「星印の傷だけではありません。5人いる被害者全員が、凶暴化していた時何をしていたか全く覚えていないと証言している上、凶暴化する前の最後の記憶が何か黒い影を見た、というものや、背中に違和感を感じたという証言が聞かれました。

 これらの点は魔力の暴走では説明できず、同じような証言が聞かれることから違法な魔法少女によるものと推定できます。現に、市中の防犯カメラの映像を見ると影だったり、注射のようなものが被害者に刺さってたりしてます」


 亀戸はそう言ってタブレットを出し、防犯カメラの映像をコウタロウに見せる。コウタロウは映像を瞬きせずに見た。確かに黒い影と被害者にものが刺さっている様子は分からなくないが、防犯カメラの解像度が低く確認のしようがない。


「確かに、この黒い影は人間っぽいですね……」

「住民票を持つ魔族を狩るのは立派な犯罪なのはご存知かと思われます。このような、無謀な狩りを行うのは活動届を出していない魔法少女以外考えにくいでしょう」


 違法な魔法少女。社会問題ではあるが、この町以外では大して問題にされておらず、むしろ一般の人間社会では英雄視されている節もある。コウタロウはどうやったら解決できるか考えながら警察署を出た。

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