魔都の便利屋さん

どってんかい

市長を守れ

第1話 久しぶりだね、菅原くん

「う…… 暑い」


 6畳のボロアパートは蒸し風呂のような暑さだ。部屋にはエアコンなんてハイカラなものは無く、4000円ぐらいで買った扇風機が熱風を菅原コウタロウに伝えている。

 コウタロウはこの街で『魔法に関するお悩みなら何でも解決』という謳い文句で小さな便利屋を営んでいる。しかし、思うように上手くは行かず、月に依頼が5〜6件入れば万々歳といった状況である。

 なぜ、コウタロウは自分がこのような惨めな境遇になってしまったのか、不意に思い出してしまった。


ーー


 菅原家は古くから名門の一族で、コウタロウはそこの次男として生まれた。次男といえど、菅原の名に恥じぬように教育され、魔法学校でも優秀な成績を収めた。

 しかし、コウタロウは不服であった。優秀な成績を収めたことは事実であるが、兄のように学年で1位になることは無かった。

 入試以来、実技と座学でに勝つことはなく、コウタロウのコンプレックスをずっと刺激していた。卒業後の進路も、校長直々に公安の魔法少女対策課に行ってみないか?と誘われた。もそこに行くようだ。公安に行ってまでもと比べられて、自分が劣ったものだと思わされるのは苦痛なので断った。父親からは


「校長先生から直々にお誘い頂いたのに何を考えているのか。菅原家の面汚しめ。家で呆けているのは許さないからな!!」


 と語気を荒げて言われた。

 流石に無職は不味いと思ったコウタロウは、家業の手伝いをする事になったが長くは続かなかった。

 家でダラダラする日々が続いたが、父の怒りと呆れは次第に高まるばかりであった。


「コウタロウ、お前、いつまでこんな事をしているつもりなんだ。良い加減、身の振り方を考えたらどうなんだ?」

「…… ど、独立する」

「どんな事業を興すつもりなんだ。どんな事業計画を立てるんだ。どうやって銀行から融資を受けるつもりなんだ。社会はお前が思っている程甘くないんだぞ」

「そんなこと、分かってるし…!」


 暫くして実家から追われるようにして、この6畳に引っ越すことになった。父は身元保証人にこそなってくれたが、事業を興すための資金は貸してくれなかった。もちろん、銀行もコウタロウの杜撰な事業計画に融資してくれる訳でもなく、行政の補助金を活用しようと役所に赴いたが、相談員に渋い顔をされた。

 かと言って、アルバイトでもしながら便利屋を営むのもプライドが許せなかった。家賃も滞納しており追い出されるのは時間の問題だろうか。


ーー


 そんなことを考えていても不安が高まるばかり。横になっていても仕方がないので、起き上がり台所に向かう。

 米櫃を見ると、わずかながら米が残っていた。その米を炊いて食べることにした。

 米を洗い、吸水させているとドアを叩く音がした。家賃の催促だったら厄介なので居留守を使うことにした。一向にいなくなる気配がしないので、辛抱強く息を殺していると、


「あれー? 菅原くん留守? ここの筈なんだけどなあ」


という懐かしいが、あまり聞きたくない声がした。

 あまり関わりたくないのも事実だが、折角訪れた元ライバルを無下にするのもなんだか気が引ける。もしかしたら何か食料を持ってきているかもしれない。

 卑しい思考を巡らせながらドアに近づく。ドアスコープから訪問者を見てみると正しく、果心リンだった。手にはドーナツ店の箱があった。

 そっとドアを開けるなり


「あっ! 居たんだ! 久しぶり〜」


とニコニコしながら手を振ってきた。コウタロウは面倒くさそう


「あー 久しぶり」


と言った。白いパンツに青いパーカーを着ていて、休日だからなんとなく訪れてみたのではないかと考えた。

 それでも、なぜ自分の居場所を知っていてわざわざ訪問してきたのかは全く理解できない。


「ねえ、驚いた? 驚いたでしょ〜!!」

「仕事は?」

「やめた!」

「今何て?」

「や・め・た!」


 口をイーっとしてドヤ顔で果心は言った。


「あ、ドーナツ食べる? 菅原くんの好み全く知らないから、適当に買ったやつだけど」

「… うん、頂くよ。良かったらうち上がってく?」

「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 果心は靴を揃えて家に上がった。6畳の部屋に大人2人がいると狭く感じる。コウタロウは飲み物がないか戸棚や冷蔵庫を探したが、冷蔵庫の中に消費期限が切れた牛乳が入ってただけ。

 客人に消費期限切れの牛乳を出す訳にはいかないので、水を汲んだ。


「期限切れのしかなかったから… ごめん」


 水の入ったコップを果心に渡す。


「お構いなく。どうせなら、ドーナツ食べなよ。この様子じゃ、まともな物食べてないんでしょ?」


 ドーナツがまともな食事に入るかどうかは別として、炊こうとしている米だけでは間違いなく足りないので手を伸ばすことにした。


「果心も食いなよ。こんなに食い切れないし、俺だけ食べるのも悪いだろ」

「やったー!」

 

 待ってましたと言わんばかりに、果心はもちもちとしたリング状のドーナツに手を取る。そして、丸呑みするかのように食べた。

 コウタロウはチョコオールドファッションをナプキンに包み少しずつ食べている。


「なんで仕事辞めたんだ? あそこなら割に合わないなんてこともないし、やりがいも感じるだろうに」

「やりがいねー。まあ、無くはないけど……」


 エンゼルクリームに手を伸ばす。


「思ったよりデスクワーク多いし、守秘義務が多いしでなんか疲れる。もっと、ド派手に悪い魔法少女でもやっつけるもんだと思ってた。制圧するにしたって、ドンッ!ピューピュー!バーーン!!って感じじゃないし」


 口の周りに粉砂糖を付けて言っているので小学生と話しているような感覚に襲われたが、果心の目はどこか遠くを見つめていた。


「でさ、こっちに戻って来たんだけど、親が近所中に首席で卒業して公安に言ったこと言いふらしてて…… なんか、切り出しにくいというか… 言いづらいというか…… 別に誤魔化して、やめたことを言いたくないって訳ではないんだけど……」

「そりゃ、早いうちに言わないとな」


 素っ気なくコウタロウは言う。所詮は他人事だ。むしろ、自分に何ができるというのか。


「そこで、菅原くんにお願いがあるんだけど……」


 嫌な予感がした。自分ですら食わすことができないのにどうしろと言うのか。プー太郎とプー子2人仲良く家賃を払ってないアパートで商売なんてできる筈がない。


「9時から午後の7時ぐらい?まででいいから、ここに居させてくれないかな! そのうち、絶対、親には本当のこと言うからさぁ!!」


 嫌な予感が当たった。果心の正気を疑い唖然とした。


「はぁ??!」

「一生のお願いだから!!」


 果心は手を合わせてお辞儀をしている。コウタロウは困惑した様子で黙っていた。


「食費なら出すよ! こんな状態だと給料も払えないことも承知の上だし、退職金だって少しだけだけど貰えたし…!」


 食費が浮くのはありがたい。今月の食費が減れば少なくとも先月分の家賃なら払える。足元を見られていて掬われそうだ。


「わ、わかった……」


 コウタロウは自分の意思の弱さを憎んだ。こんなんだから今の自分があるではないだろうか。


「やったー! ありがとう〜 じゃあ、明日からお邪魔するね〜 残ったドーナツ、菅原くんが食べるなら食べちゃって。残ってたら明日全部食べちゃうから。よろしく〜!!」


 満足する結論が得られたため、果心はニコニコして帰り支度して帰っていった。

 コウタロウは状況を若干飲み込めないまま果心を玄関先まで見送った。もっと詳しく色んなことを聞きたかったのに。もやもやしている時の夏の夜はより一層短く感じる。

 

 

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