心のアブセンス
早川映理
心のアブセンス
心臓から発するドックンの音は何なんのか、わかる?
正解は血液が通した後、心臓の
これはあの人が私に教わったことだ。
——あれは何年も前の別れの季節だ。
高校卒業が目前に控えていても、悲しみはなかった。なぜかというと、やっとあの人のところへ行くことができたからだ。
初めて図書館であの人と出会った時のことは今でも鮮明に覚えている。
ベタにも程があるぐらいに、同じ本を手に取った時重なった指先の感触も。
最初に声をかけたのは私だった。
一生の勇気を尽くしたのだ。
あの人は志望大学に通っている先輩だ。家庭教師になってもらえないかと聞いた私と、それはただの言い訳だとわかっても優しく頷いたあの人はその後、毎週一回会うこととなった。
私が他愛ない話をダラダラと言う度、思わず笑ってしまったあの人が大好きだった。
私も医学部に行きたいと宣言した時、頭をポンポンして応援してくれたあの人が大好きだった。
そして、卒業式の日、花束とプレゼントを持って、あの人は学校前で私を待っていた。
人混みの中にいるあの人を見て、初めて違和感を覚えた。
——端正な顔立ちを持っているあの人に気付いた人々はまるでいなかった。
それでも私は嬉しかった。
隣の公園の椅子で、私たちが腰を下ろした。あの人はいつもの穏やかな声でおめでとうと言って、花束とプレゼントを渡した。
「開けていい?」私は聞いた。
あの人は頷いた。
プレゼントボックスの中にあるのは聴診器だった。
「気が早くない?」私は笑いながらも、このプレゼントが愛しくてたまらなかったと思った。
「あの時僕の話したこと覚えてる?」
彼はそっと聴診器を持ち上げて、私の首にかけた。聴診器の先端にあるチェストピースを自分の胸に当てて、私に聞かせるように促した。
「覚えてるよ」私はイヤーチップを耳に入れた。
その瞬間、心音の代わりに、私は知っちゃいけない秘密を聞こえた。
「え?何で?」
「僕は、ここにいないからだ」
私の顔を優しく撫でたあの人の手は、えらく冷たかった。
心のアブセンス 早川映理 @hayakawa0610
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