第14話

 どうして事件に違和感が多いのかという疑問に対する答えが、先ほどのマキさんの言葉の中にあった。それを理解させようと思ったのか、リリは続ける。


「リカコさんが犯人だと話したとき、凶器は『浴室の床石』だと僕は言った。みんなはそれに対して何も反論しなかったよね。シナリオでそうなっていたからスルーしたんだと思うけど」

「せやね」


 言ってリリは、はあ、とおおにため息一つついた。

 ヨシタカさんがその態度にムッとした顔で「なぜだ?」と問う。


「じゃあ訊くけど。リカコさんはどうして床石を使おうと思ったのかな?」


 質問に質問を返され、さらに気を悪くしたヨシタカさん。まあまあ、とトウカさんがなだめるように間に入り、答える。


「凶器の特定が難しくなるから、かな。使ったあとに戻しておけば、よほど注意深く調べないと見つからないし」

「確かに。……で、リカコさんはどうしてその床石が外れることを知っていたんだろう」

「ええと……どうなってたっけ? マキちゃん」


 元のシナリオを忘れたのか、トウカさんはマキさんに振り向く。


「ウチらはこの別荘に来るのは初めてやから、元のシナリオの『前に来たとき見つけた』は通用せぇへん。せやから三人で温泉に入ったときに、たまたまその石を踏んだリカコが見つけた……って、ああ! そういうことかぁ!」


 説明しているうちにリリが言う『間違い』に気づいたらしく、マキさんは大声を上げて頭を抱えた。


「リカコがトウカとのメッセを用意したり、成り代わりのウィッグを用意してんのに、凶器だけたまたま見つけた床石を使ったちゅうんはおかしいわな。……そうかぁ……いや、この別荘にしたに来たとき、たまたまお風呂の床石の一つが外れるのを見つけて、シナリオにある凶器が消えるトリックと同じことができそうやったからそのまま残したんやけど、この屋敷やとそれが決定的な矛盾になったんやね」

「そう。床石を消える凶器として計画に取り込んで使うなら、前もってそれが取り外せることを知っていなければならない。それは初見でできることじゃないんだ。梁川やながわさんにあいさつしたのと同じだよ」

「ホンマやね……なんでこんなことに気ぃつかんかったんやろ。ありがとう、勉強になったわ」


 はは、と照れ笑いしながら、マキさんはリリに頭を下げた。こういう場面で素直に年下の中学生に礼を言うなんて、純粋な人なんだなぁと思う。

 それに比べてヨシタカさんは……マキさんの態度が不満なのか、さらに不機嫌になっていた。ユウジさんに「お前、その態度はないだろ」とたしなめられ、余計に機嫌をそこねる。演技中の冷静沈着クールな彼はいったいどこに行ったのだろう。


「えっと、リリちゃん、だっけ?」


 トウカさんが少しかがんでリリと目線を合わせる。それでも身長差があるので大人と子供のようだ。……実際そうなんだけど。

 リリはヨシタカさんばりにムスッとした顔でトウカさんを半眼はんがんにらみつけ、


「家族以外にその名で僕を呼んでいいのはミコだけだ」


 愛想あいそうに言って私の腕にしがみつく。

 あらあら、とトウカさんは苦笑しながら私を見て、何かを察したように少し距離を取った。


「じゃあ、神前かんざきさん。二つほど質問があるんだけど、いいかな?」

「内容による」

「リカコを犯人だと断定した理由を聞いてない。教えて?」

「聞いてどうするのさ。シナリオに書いてあるだろう」

「君の意見が欲しいの」

「…………」


 にこにこしながら詰め寄るトウカさん。リリはそれを真正面から受け止めて反発する。

 ……が、いかんせんリリはちっちゃな体の中学生だ。大学生の無言の圧力に勝てないと思ったのか、はたまた単にトウカさんが引き下がらないと諦めたのか、しかたないとばかりに息をついた。


「……胸のホクロ。あんなこれ見よがしに撫でられたら、それがヒントだとすぐにわかる」

「あはは、やっぱり」


 予想通りの答えが愉快だとトウカさんが笑う。言われたリカコさんは「だから言ったじゃん!」とマキさんに文句を言い始めた。そういう演出がシナリオに書かれていたのだろう。

 温泉にいたトウカさんの立派なお胸にホクロがあることは、それを撫でる仕草で私も気づいていた。しかし、それが断定につながる理由の見当がつかない。


「リリ、どういうこと……?」

「こういうこと」


 私の質問に答えたのは、リリではなくトウカさんだった。唐突に浴衣の胸元をはだけさせると、谷間の辺りを指す。

 そこには浴場で見た、二つ並んだホクロが――


「ホクロがあるのはリカコ。わたしにはない。だから君たちが浴場で見たのはリカコだったというヒントってことね。わたしの胸にホクロがないのは、現場検証で撮影したマキちゃんのスマホの画像で確認できるってわけ」

「なるほど……。でも……」


 コアラのごとく腕にしがみついているリリに目を向ける。

 リリはトウカさんの体を調べたわけでもないのに、どうしてそれに気づいたのだろう。犯人捜しをしているときにヨシタカさんがちらりと画像を見せたシーンがあったが、その瞬間に見て記憶したのだろうか。

 ……多分、そうなのだろう。

 文化祭で神経衰弱カードゲームをやったときに見せられた、リリの非凡な瞬間記憶力を考えればありえないことではない。


「すごいね、リリ」

「……?」


 わけもわからず私に頭を撫でられて、不思議そうに首をかしげるリリ。いまだお怒りモードは継続中だが、私に対してそれが向けられることはない。


「本来はホクロの有無うむでリカコが追い詰められるはずだった。それをウィッグの偽物にせものを用意してボロを出させるなんて予想できなかったよ。ウィッグはあくまで決定的証拠として最後に登場するはずだったのよね。探偵役がバッグを調べたら出てきた、もう言い逃れはできないぞ、観念しろ、みたいな。それを、リカコをからかうようなことを言って冷静さを失わせて、自分から取り出させたのは見事だった。リカコもアドリブでいい演技をしてくれたよ」


 言って、トウカさんが拍手する。

 しかし、リカコさんは苦虫にがむしを百匹くらいつぶしたような顔をしていた。どうやら演技ではなく素で取り乱してしまったらしい。……その顔は見なかったことにしておこう。


「別に。そんなの大したことじゃない。……で、もう一つの質問は?」


 リリもあまり嬉しそうじゃない顔で、さん馬耳東風どうでもいいとばかりに聞き流し、ふあ、とあくびをしながら面倒くさそうに問う。


「遺体に浴衣を着せる理由について、違和感はなかったかな?」

リカコカノジョさんの前でトウカさんあなたが男性陣に裸をさらすのは嫌だと浴衣を着る理由をねじ込んだにしては自然だったと思うよ。アリバイ工作の役に立っていたし、映像化したときに修正を入れる手間もはぶける」


 眠い目をこすって答えるリリに、トウカさんは驚愕きょうがくの表情を浮かべた。いや、トウカさんだけではない。マキさんやリカコさん、ユウジさんまで驚いている。

 彼らの反応を見れば、リリがいい加減なことを言っているわけではないとわかる。浴衣を着せた理由か、『カノジョ』発言のまではわからないけど。

 ただ、私はリリの『カノジョ』発言に驚かなかった。

 リカコさんが犯行の動機を話しているときの熱の入り方は異常だったし、一人称が『あたし』から『私』に変わってしまうくらい演技を忘れて素の気持ちが出ていたように感じた。だからお芝居ではなく、トウカさんとリカコさんがということはその時点で察していた。

 温泉でリカコさんが私とリリが付き合っていることに理解を示し、『尊いこと』と表現したのもの人だったからだろう。

 ……気をつけなよ、トウカさん。リカコさんの愛は重いぜ? 私みたいに。


「正直ダメージが半端じゃない遠慮のない貴重なご意見をありがとう。ついでなんだけど、よかったと思うところがあれば聞かせてもらえるかな」

「質問は二つという約束だったと思うんだけど」

「二つ、だよ。増えることもあるよね」


 面倒だと言わんばかりのリリに、トウカさんは太々ふてぶてしく言った。なかなか強い。


「……まあ、これは評価したいと思う部分がなかったわけじゃない」

「どこ? ぜひ聞かせて」

「リカコさんのメイクだ」

「え? 私?」


 予想外とばかりにリカコさんが驚いて声を上げた。芝居とはいえ挑発されて醜態しゅうたいをさらす原因となったリリからの好意的な言葉に意表を突かれたのだろう。

 リリはヨシタカさんの隣の席に着いているリカコさんに向き直る。


「私のメイクが何なの?」

「僕たちが温泉を出て五分ほどで、トウカさんにふんしていたリカコさんがリビングに戻ってきたよね。あのときは浴室のすみにいたトウカさんを柱のところに移動させて、それから服を着てメイクを済ませてリビングに来たというシナリオだったはずだ」

「せやで」


 リリの話にマキさんがうなずく。


「実際はトウカさんが自分で歩いて移動したんだろうけど、服を着るのとメイクはリカコさん当人がしなきゃならない。僕はまだメイクをしたことがないからよくわからないけど、着替えを含めて五分そこらでメイクまで完璧にできるものじゃないだろう。それをやってのけたリカコさんの早業はやわざはすごいと思うよ」

「ああ、それはね……」


 と、リカコさんより早くトウカさんが口を開く。


「リカコってばいつも遅刻ギリギリまで寝ちゃうから、超速ちょうそくで着替えてメイクしないと時間に間に合わないのよね。それで身についた特殊技能ってわけ」

「トウカがちゃんと起こしてくれたらいいだけでしょ? 毎日一緒に寝てるんだから」

「起こしてるよ。でも起きないんだからどうしようもないじゃない」


 肩をすくめながら言って、はあ、とため息をつく。

 その気持ちはよくわかる。リリもなかなか起きてくれないから苦労しているんだ、私も。わかるよ、トウカさん。

 ……というか、お付き合いしていることを隠すどころか、すごいことをサラッと言ったなこの人たち。一緒に住んで同じベッドで寝ているのか? ……いいなぁ。


「もう質問は終わりだよね。僕はもう寝るよ。……行こう、ミコ」

「う、うん」


 痴話ちわげんが始まりそうな気配を察し、これ以上付き合う気はないと言うように、リリは私の手を引いて歩き出した。

 ずっと黙ったまま私たちを見ていた梁川さんが何か言いたそうにしているのがちらと視界の端をかすめたが、リリがわざとそれを無視しているようで、私も放っておくことにした。私はどこまで行ってもリリの味方だし、そうでありたいから。


「待って、神前さん。ごめん、約束を破るけど、もう一つだけ訊いてもいいかな」

「嫌だ」

「君、中学生なのよね? そこまで見抜けるものなの? いったい何者?」


 拒否されてもお構いなしに、トウカさんは質問を投げかけた。

 リリはそれにあくびを返し、


彼女ミコのことが大好きな、ただの女子中学生だよ」


 言って、私を見つめてにへっと笑った。

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