第13話

 リリの言うとおり、この事件はすべて『お芝居』だったとユウジさんが認めた。梁川やながわさんに頼まれ、この別荘を舞台に演技をした、と。

 そう説明されても、私には何のことだかさっぱり理解できなかった。思わずリリをじっと見つめる。


「ミコ、彼らは役者なんだよ」

「役者って……演劇とか舞台とかの?」

「おそらく、大学の演劇部……いや、舞台向けのシナリオじゃないから映画研究部えいけんかな」

「ご名答めいとう


 リリの指摘にが拍手で応えた。濡れそぼつ髪にタオルを乗せて、真新しい浴衣に半纏はんてんを引っかけた姿でダイニングの入口に立っていた。

 一瞬幽霊でも出たかと思った。でも、ちゃんと足もあるし普通にしゃべっているし、顔色も悪くない。ただの『温泉上がりのお姉さん』という感じだった。


「わたしたちは大学の映研サークルのメンバーでね。撮影予定のミステリー作品がどの程度通用するのかを試したいと思っていたところに、梁川嬢が舞台を用意してくれたのよ」


 ちなみにわたしが部長です、と改めてあいさつするトウカさん。

 ここでようやく、私は事情を理解した。

 、ということに。

 よかった。大袈裟なお芝居に知らないあいだに巻き込まれたことよりも、まずそのことに心底安堵した。


「どうだったかな? わたしたちの演技は?」

「悪趣味だ。中学生相手にすることじゃない」

「あらら。怒らせちゃったかな」


 感想を訊こうとするトウカさんに、リリは一言そう返して私の腕に抱きついてきた。そして梁川さんをにらみつける。

 首謀者やながわさんは何を考えてこんなことをしたのか、その無表情からは読み取ることはできない。


「それにしても、どうしてこれが芝居だと気づいたのかな。少なくとも俺はボロを出したつもりはないんだけど」


 と、ヨシタカさん。少し悔しそうな声色こわいろがちょっと怖い。

 リリは面倒くさそうに息をつき、


てっとうてつ、不自然だった。気がつかないほうがおかしい」


 説明する気もないとばかりに言い放った。

 それでもヨシタカさんは食い下がる。


後学こうがくのために聞かせてもらえないだろうか。どの辺りが不自然だったかな」

「いろいろあるけど……まず、あなたたちがこの別荘にやって来たときだよ」

「物語の冒頭もいいところだな。なぜ?」

「道に迷ってこの別荘につながる道を登ってきたと言ったね。それがまずおかしいんだ。だって、一般道からその道に入るところに門のようなものがあっただろう。しかもそこには『この先私有地につき進入禁止』と看板がある。夜中で吹雪にったならともかく、まだ雪がちらつく程度の昼間に見落とすなんてありえない。つまり、私有地と知りつつ入ってきたということだ。それはこの別荘ではない他の場所を目指していて迷子になった者の行動じゃない」

「なるほど……。だがそれは、俺たちが芝居をしていると見抜く材料にはならない。せいぜい、間抜けな連中が来たなという程度だと思うが」

「医大生がそんな間抜け揃いだったら、僕は病院にかかるのが恐ろしくなるよ。まあ、彼らは医大生じゃないからその心配はいらないだろうけど」

「え? 医大生じゃないの?」


 思わず声を上げてしまった。リリは私を見上げるように顔を上げ、小さく笑う。


「違うね。少なくとも、ユウジさんとトウカさんは違う」

「どうして?」

「ユウジさんが見せてくれた学生証、あれは本物だよ。だからその大学に在籍しているのは確かだ。だけど、医学部じゃない。情報工学部だ」

「……驚いたな。なぜわかった?」


 感心するように目を丸くして、ユウジさんはテーブルに身を乗り出した。


「この大学の学籍番号には学部を示す数字が入っているんだけど、見せてもらった学生証の番号は情報工学部を示すものだった」

「中学生にしては詳しいな。どうしてそんなことを知っているんだ?」

「言ったはずだよ、伯母おばが教授をしていると。だからトウカさんも医学部じゃないとわかった」


 ユウジさんからトウカさんに視線を変え、リリは断言した。学生証を見せたのはユウジさんだけだったのに、なぜそうと言い切れるのか。

 トウカさんは面白そうに笑みを浮かべ、値踏ねぶみするようにリリを見つめ返す。


「わたしが君の伯母さんを知っているってかな?」

「そう。伯母が教えているのはだ。学生証で違和感を持ったからブラフをかけてみたんだが、綺麗にかかってくれたね」

「やっぱり。御陵みささぎ教授? のことは知らなかったから、話を合わせようかどうか迷ったのよね。やめておけばよかった」


 あーあ、とに肩をすくめる。追い詰められるのを楽しんでいるようだ。


「他には? 何かある?」

「ユウジさんが真っ先に梁川さんにお礼を言ったことかな」

「いやいや、屋敷に迎え入れてくれた恩人にお礼を言うのは当然でしょ?」

「そこじゃない。と言っているんだ。初めて来た屋敷にいる中学生の女の子が、初老の男性いかりさん成人女性やよいさんを差し置いて一番偉いなんて普通は思わないよ。仮に五十里いかりさんから『あるじは中学生のゆきお嬢様です』と聞かされていたとしても、あのときリビングには僕とミコもいた。なのにユウジさんとヨシタカさんはだろう。だよ」

「あー……そういうことか」


 ふふ、と含み笑いをこぼし、トウカさんは笑顔のままユウジさんとヨシタカさんをにらむ。ひるむユウジさんに対し、ヨシタカさんは「お前だってくだらんミスしたじゃないか」と反論していた。

 ……私とリリがお嬢様っぽくなかったから、と言われたらどうしようと思ったが、幸いそういうツッコミはなかった。


「他にも、車の故障や雪崩なだれの発生が不自然というか出来過ぎているんだ。事件が起きて僕たちだけで解決しなければいけないという流れになっていたこともね。いかにもミステリー小説にありがちな状況が出来上がっていくところにさくを感じないほうがどうかしている」


 あきれるように言い捨てて、リリは不機嫌に肩をすくめた。

 ……すみません。私、全然作為を感じ取っていませんでした。

 言われて初めて違和感に気づく。そんな感じです。


「そんなに不自然な脚本やったかなー……自信なくなるわ」


 と、マキさん。サークルには正式なシナリオライターがいるが、今回は学業が忙しくて参加できないということで、代わりにマキさんがこのシナリオを書いたらしい。

 ちなみに、彼女はこの五人の中でただ一人の医療系学部生だが、けんに関する知識は小説で得られる程度しかなく、それっぽく語っただけとのことだった。


「一応、それなりに書けたつもりやねんけど」

「事件が起こる前提ぜんていのドラマなら問題ないよ。あるいは体験型の謎解きアトラクションなんかならね。不自然は『お約束だから』で済む。でも、実際に事件が起こったふうをよそおってやるには偶然で済ませられない違和感だらけだった」

「そうかぁ……かなり時間かけて練ったんやけどな」


 残念そうに呟く。

 私は個人的に、リリが説明した『成り代わりのトリック』はそう悪くないと思うけれど。実際、私は思い切りだまされたわけだし。

 そう思っていると、リリも同じように感じたらしく。


「アリバイトリック自体は、時間的に強引すぎるところもあるけれど、悪くなかった。それを見破るヒントもきちんと提示されていたし、ミステリー作品としてはいいんじゃないかな。よくなかったのは舞台設定だけだ」

「いや、舞台に合わせて考えたんやで?」


 合ってないです。

 そうツッコミを入れたい衝動に駆られているらしいリリは、小さく咳払いをした。


「……ひょっとしてだけど、どこか他の場所で撮影するシナリオを、そのまま舞台だけこの屋敷に置き換えたんじゃないかな。さっき、トウカさんが今度撮影する作品を試すと言っていたけど、それはこの屋敷が舞台じゃないはずだ」

「せやで。このシナリオは小さな無人島を買い取った富豪の別荘で展開するんや。大学のとあるサークルが毎年そこで合宿をしててな、そこで殺人が起きるわけやね。せやから、同じように陸の孤島になる雪山の別荘に事件の中身だけ転用してみたんやけど……アカンかったか」


 

 と、思わずため息が出てしまった。舞台や設定が変わっているなら、それに合わせたシナリオにしなきゃ矛盾や違和感が出るのが当たり前だ。そんな私なんかでもわかる『見逃し』がマキさんには見えていないらしい。……いや、見えていないから見逃すのか。

 しかもそれを誰一人指摘しなかったなんて。

 少なくともこの五人は、あくまでシナリオ通りに演技をする『役者』であって、『物語を作る人』ではない。

 そう思ってしまう言い草だった。

 『もちもち』とはよく言ったものだと思う。

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