第11話

 ユウジさんの理屈では、物理的に犯行が可能だったのは私とリリだけだから、私たち、あるいはどちらかが犯人だという結論になるらしい。


「私たちはトウカさんと今日初めて会ったんですよ。動機がありません」

「動機は問題じゃない。犯行可能な人間が君たち以外にいないから、必然的に犯人足り得るということだ。なぜトウカを……?」

「ですから、私たちじゃないですって……」

「黙れ。俺が聞きたいのは言い訳じゃない、理由だ!」

「…………」


 ダメだ。聞く耳を持たない人に、その人が求めている答え以外の何を言っても無駄だ。ユウジさんが欲している言葉――私とリリがやりました、というようなもの以外は耳に入らないだろう。

 困った……どうしよう。


「やれやれ。医者になろうという医大生が人の話を聞かないとは……将来はやぶ医者確定かな」

「っ⁉」


 唐突に。リリが笑いながら言った。

 誰が聞いても嫌味を通り越して挑発しているようにしか受け取れない、過激な発言だ。

 どうしたの急に? とリリを見ると――笑顔の裏にすさまじい怒りを隠しているのがわかった。

 うわあ……宇宙の彼方かなたまでブチ切れてらっしゃる……。


「おい、今なんて言った? いくら子供だといっても許せんことがあるぞ」


 むろん、言い放題言われたユウジさんが聞き流すはずもなく、怒りをあらわにして椅子をたおし立ち上がり、リリに詰め寄った。ヨシタカさんが止めてくれなければ殴られていたかもしれない、そんな勢いだった。

 しかしリリは欠片かけらほども恐れることなく、じつに平然とそれをにらみ上げるだけだった。


「ああ、もう、面倒くさい。


 自棄やけっぱちにそう言い放ち、梁川やながわさんを振り返った。その剣幕けんまくと目つきに梁川さんがおびえて体を震わせる。

 どうなっているんだ……? 何が起ころうとしている……?


「……リリ?」

「ごめん、ミコ。すぐ終わらせるから、ちょっとだけ我慢して待ってて」


 きゅっと私の手を握り、いつも見せてくれる可愛らしい表情でリリは笑う。

 しかしそれはユウジさんたちに向き直ったときには消えていた。


「面倒だから結論から言う。。動機はマキさんが言っていた、トウカさんにフラれた腹いせ。凶器は浴室の床の、コンクリートからはがれた石。犯行時刻は


 一息に言って、リリはリカコさんに視線を移した。

 釣られて他の者も彼女を見る。


「だから、あたしには時間的に無理だって、ユウジもヨシタカも言ってるじゃない」

「マキさんがお風呂を出てからリカコさんがリビングに戻ってくるまで三十分程度あったはずだ。それだけあれば、トウカさんを殴って浴衣を着せることは不可能じゃない」

「何言ってんの? 君たちがお風呂に入ったとき、トウカがいたんでしょ?」


 そうだ。リリの言う通りなら、私たちが温泉に入ったときにはトウカさんは死んでいたことになる。

 しかし、私もリリもトウカさんを見ているし、会話もしている。

 それくらい、リリにわからないはずがないのに。


「確かにいたよ。長い黒髪の女性が」

「だったら……」

「でも、


 言ってリリは弥生やよいさんにくばせし、彼女が差し出した小さなトートバッグを受け取った。

 さっきダイニングに入ってすぐ、リリにこっそり耳打ちされた弥生さんが足早に出て行って、ほどなくバッグを持って戻ってきたが……何が入っているんだろう。

 リリは中身を確かめることもせずに続ける。


「温泉好きなトウカさんにしかたなくついていくようによそおい、リカコさんは三人で温泉に入るように誘導した。そしてマキさんがながをしないことを利用してトウカさんと二人きりになり、犯行に及ぶ。犯行の邪魔になるマキさんをわざわざ誘ったのは、遅れて入ってこられて犯行途中ではちうと困るから。それならさっさと入浴させて出て行かせるほうが確実だと思ったんだろう。凶器の石は、ミコと同じくたまたま踏んだときに外れることを知って利用しようと考えた。そうして温泉につかっているトウカさんを殴った――座った姿勢だから簡単だったろう――リカコさんは、返り血とトウカさんの体に流れ出た血を洗い流し、脱衣場の浴衣をトウカさんに着せた。浴槽内に幾分か血が飛んだだろうけど、かけ流しのお湯が流してくれるから問題ない。トウカさんの体を洗い流したのは、体が血まみれだとリカコさんの手にそれがついてしまって、浴衣を着せるときに不自然な跡が残るからだ」

「待って、リリ。私たちが大浴場に入ったとき、トウカさんの遺体は柱のところになかったよね?」


 一気に話を進めるリリに待ったをかけて質問する。

 湯気に満ちていて見えにくかったとはいえ、柱自体は見えていたのだから、その根元にトウカさんがいたら見落とすはずがない。

 その疑問に、リリはそうだよとうなずく。


「そのときトウカさんはんだよ。大浴場はかなり広いし、

「えぇ……? 湯気がすごかったからたまたま見えなかっただけでしょ? よくそんな偶然に賭ける気になったね」

「偶然じゃない。大浴場のかんせんのスイッチを切っておくだけで湯気だらけになるんだよ。そのスイッチは脱衣場にあるし、こっそり切っておくくらいは誰にでもできる」

「あ、そうか……」


 リリの説明で、あのとき換気口か換気扇はないんだろうかという疑問を持ったことを思い出した。わざと換気扇が止められていたのなら視界が利かなくなるほどの湯気も納得だ。


「浴衣を着せた理由は?」


 とヨシタカさん。

 リリは小さく息をつき、半眼はんがんで見つめ返す。


「その答えはあなたが自分で言っただろう。浴衣を着せる時間が足りないからリカコさんは犯人じゃないと思わせるためだ。つまりはアリバイ工作だね」

「……なるほど」

「話を続けても?」


 つまらないことをしゃべらせるなとでも言いたげな探偵リリに、どうぞと手を振る。


「浴衣を着せたトウカさんをすみに移動させると、リカコさんは大急ぎで大浴場を出てメイクを済ませ、リビングに戻った。そこでトウカさんがまだ大浴場にいることを話し、僕たちにいっしょに入るように言った」

「そうだよ。でも、トウカがいたでしょ? 生きてたでしょ?」

「さっきも言ったけど、いたよ。

「見える、って……」

「リカコさん、?」

「……っ!」


 図星なのか。

 リカコさんの表情が変わった。


「僕たちはトウカさんと会ってがない。だから髪色としゃべり方くらいでしか判断がつかないし、何より湯気が濃くて顔がよく見えていなかった。ついでに言えば、リカコさんのすっぴん顔も知らないから、メイクを落とされると見分けがつかないんだ」

「あ……それでお風呂上がりなのにメイクをバッチリ決めていたのね?」

「そういうことだよ、ミコ。素顔を見せてしまうと、僕たちが浴場で見た人がトウカさんじゃないと気づくかもしれないからね」


 お風呂に入ってさっぱりしたのにお出掛け仕様の濃いめバッチリメイクをするなんて、と思っていたけど、そういう理由があったのか。


「リカコさんは僕たちに温泉を勧めたあと、スマホがないから探してくると僕たちより先にリビングを出て大浴場に取って返し、化粧を落としてトウカさんに似た黒髪のウィッグをつけて僕たちを待った。そしてトウカさんがまだ生きていると印象付けるために会話し、僕たちが浴場を出たあとにトウカさんを柱まで移動させ、再びメイクをしてリビングに戻る。これでアリバイ工作は終了だ」

「待った。それだけやったらウチに疑いをかけられへんやろ。ウチはたまたま外出して空白の時間ができてしもたけど、ずっとリビングにおったら犯人に仕立て上げられへんやん」


 マキさんから疑問の声が上がる。

 そうだ、とユウジさんもうなずいた。

 その視線を受けて、リリはあっさりと答えを返した。


「それはそうだよ。。リカコさんがお風呂を出たあとに入った者が自動的に犯人にされる計画だったわけで、今回はそれが僕たちだっただけ。マキさんが何をしていても関係がないんだよ」

「じゃあ……ウチが疑われたんは、偶然そうなっただけやったんか……?」

「まあ、そうだね」

「…………」


 ほう、と感嘆だか安堵だかわからないため息がマキさんから漏れた。

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