第9話

 発言の意味を問い返す必要もないほど、ユウジさんはマキさんを犯人だと決めつけている態度だった。

 それにはマキさんも黙ってはいない。


「言うにこといてウチが犯人やて? アホらしい。冷静になりぃや、ユウジ君」

「犯行時刻にアリバイがないのはリカコとマキだけだ。リカコにできないなら、必然的にマキがやったことになるだろう。まさかこの屋敷に俺たち以外の誰かがいるなんて言わないだろうな?」

「それこそウチの知ったこっちゃないわ。ウチはヨシタカ君の車に置き忘れたモバイルバッテリーを取りに行ってたんや。大浴場には行ってへん」

「それを証明できるのか? ヨシがいっしょに行くと言ったのを断ったのは、一人で行動するためじゃなかったのか?」

「…………」


 その追及にマキさんが言葉を詰まらせる。少なくとも、彼女が故障して道中に置きっぱなしになっている車のところ(私はどこにあるか知らないけど)まで行っていたという証拠が見つからない限り、疑いは晴れないだろう。

 だからと言って黙ってしまうのは最悪手さいあくしゅだ。それを理解しているらしいマキさんは噛みつくような勢いで反論を始める。


「もしウチがやったんなら、ウチに疑いがかからんように死亡推定時刻に細工するか、みんなとずっといっしょに行動してアリバイ作るか、そもそも単純な事故死にしてるわ! けんしたんはウチやからな。この場はどうとでもできるんや」

「…………」

「それに、凶器は? トウカを殴ったどんはどこや? ウチはそんなもん持ってへんからな?」

「検視のときに処分したんだろう?」

「管理人さんもいっしょやったんやで。怪しい動きしてたら不審がられるわ」


 とマキさんは五十里いかりさんに目を向ける。

 特にそういった様子はありませんでしたと、問われる前に答えが返ってきた。

 ほらみぃ、とユウジさんを小馬鹿にするように呟き、さらに言いつのる。


「大体、ウチにトウカを殺す動機があらへん。!」

「ちょっと……! 何言ってんのマキ……⁉」


 射程外に避難できたと安心していたリカコさんが突然の狙撃スナイプに慌てた声を上げた。


「あたしにも動機なんてないし! いい加減なこと言わないでよ!」

「あるやろ、動機。先月くらいやったかな、。しかもフラれた理由がなんやろ? そりゃ、トウカの興味が女から男に変わってショックやろうし、恨みもあったやろな」

「っ⁉ 何でそれを……⁉」


 マキさんのばくに思わず反応してしまい、それが事実であることを認めたも同然のリカコさん。慌てて両手で口を押さえるが、出てしまった言葉は消せない。


「そもそも、リカコ。? ヨシタカ君が誘ったんは、ウチとトウカとユウジ君だけやて聞いてたんやけど」

「あ、あたしはトウカに誘われたから……!」

「せやねん。集合場所に来たアンタからそう言われて、トウカがまたウチらに言い忘れたんやろうって思ってスルーしてたんやけど、考えてみたら変な話や」

「どこが?」

「どこが、て……わからんか? トウカがアンタを誘うってことは、元彼女モトカノに『彼氏イマカレといっしょだけど旅行に行かない?』ってうんと同じなんやで? クロバナ合金並みのメンタルしてんとフッた相手に言えんで、そんなこと」

「それは……」


 リカコさんの言葉が続かない。事実がどうなのかはともかく、マキさんの言うことにはリカコさんを黙らせる説得力がある。

 ちなみに『クロバナ合金』とは、『クロムバナジウム合金鋼こう』の略称(だと思う)で、硬度と強度に優れる合金である。工具などによく使われる。……と、スマホで調べるとそう書いてあった。要するにトウカさんの精神メンタルがものすごく強固きょうこだということを表現したかったのだろう。


「ウチらもいつものことやからってトウカに確認せぇへんかったのが悪いけど、こんなことになった今となっては聞いとくべきやったと思うわ。リカコが言うてること、ウソかどうか確かめられへんし。せやろ?」

「まあ、そうだな……」


 と、ユウジさん。ヨシタカさんも同じような反応だった。

 一気にリカコさんの顔色が青くなる。


「ウソじゃないし! ちゃんとトウカからメッセが来て……そうだ、トウカからのメッセが証拠になるよね! ほら!」


 慌ててスマートフォンを取り出し、メッセージアプリを開いてトウカさんとのやりとりを見せた。一週間前の日付で、


『前に話した件だけど、リカコも来るよね?』

『行く!』

『わかった。みんなに話しとく』


 というメッセージが残っていた。発信元はトウカさんのIDで間違いはないらしい。

 しかし、三人はそれを見てもリカコさんに疑いの目を向けたままだった。


「どうしてよ⁉ あたしを犯人にしたくて、トウカから連絡来ているのに知らないフリしてるの⁉ みんなで口裏を合わせて!」

「何でそんな面倒なことせなあかんねん……」

「大体、あたしが勝手に参加してるなら、集合したときにトウカが何か言うはずでしょ? でも何も言ってないよね⁉ それってトウカに誘われてた証拠になるじゃん⁉」

「アンタが『トウカは忘れっぽいからみんなには自分からも連絡しとくね』とでも集合前にトウカに言うたら済む話やで、それ。アンタが参加することをみんな聞いて知ってると思ってたんなら、改めて確認したりせぇへんて」

「それは……! でも……!」

「もうええ。見苦しいで、リカコ」

「あたしじゃない! あたしはやってない……!」


 仲間だと思っていた三人の冷たい視線に、リカコさんは悲鳴に近い抗議の声を上げた。

 確かに動機の面ではリカコさんに疑いがあるのだが……犯行は時間的に不可能だと、さっきヨシタカさんが説明していたはずだ。そこを突破しない限り、犯人をリカコさんだと決めつけるのは早いのではないだろうか。

 逆に、追及ついきゅうしているマキさんは、動機はないが時間的に犯行が可能らしいという状態である。動機は隠すことができるし、そういう意味ではむしろマキさんのほうが犯人に近いのではなかろうか。

 ……どっちなんだ……?

 いや、まだ他に容疑者がいる可能性もあるのか。そう、この別荘に来てから一度も顔を見ていない、五十里さんの奥さんとか。


「とりあえず――」


 静まり返って緊迫きんぱくしたダイニングに眠そうな声が上がる。

 私はハッとしてそちらを向いた。聞き間違えるはずがない、だったから。

 リリは半分閉じた目で大学生たちをぼんやり見つめ、ふあ、とあくびしてから梁川やながわさんに視線を移した。


「僕とミコは無関係だということでいいかな。だったら、部屋に行って寝たいんだけど」

「…………」


 突然何を言い出すのかと思ったら、この子は……。

 梁川さんは「信じられない」と言いたげに目を見開いてリリを見ている。


「いいよね?」

「え……いや、神前かんざき……あなた……」

「そもそも、こんななまぐさい話を中学生ミコに聞かせるなんて、どういう神経をしているんだ。いくら友人があんなことになったからって、みにくののしり合いをして何になる。明日になれば警察も来るんだろう? 彼らに任せればいいじゃないか」

「…………」


 ぐうの音も出ないに、その場の全員が黙ってしまった。

 そんな彼らにリリはさらに続ける。


「それとも、僕たちだけで犯人を突き止めなきゃいけない理由があるのかい?」

「それは……そうだろう」


 うらみするような問いかけに、ヨシタカさんが反応した。


「トウカを殴った犯人がこの中にいるんだ。もし警察が来るまでにそいつが次に誰かを襲うようなことがあったら大変だろう。だから突き止めておく必要があるんだ」

「だったら、みんなひとかたまりになってどおしすればいい。全員で互いを見張り合えば何もできない。ミステリー小説の基本テッパンじゃないか」

「いや、リリ、さっき部屋に戻るって言わなかった……?」


 矛盾に思わずツッコミを入れてしまう。

 するとリリは私に抱き着くようにしながらを言い放った。


「犯人かもしれない人といっしょになんていられないよ。僕たちは部屋に行かせてもらう」

『ええええええええええええッ⁉』


 その場の全員が思わず声を上げた。

 手のひら返しだけでなく、ミステリーものではお約束テッパンの死亡フラグまでいただきましたーッ!

 何を考えてるの、リリ⁉


「行こうよ、ミコ。弥生やよいさん、案内お願いします」

「は、はい……」


 全員がぽかーんと口を開けて呆然ぼうぜんとする中、私とリリは弥生さんに先導されてダイニングをあとにしたのだった。


 ……本当に大丈夫なんだろうか。

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