第8話
マキさんが
それぞれ思うことはあるのだろうが、誰もそれを口にすることはなかった。
「…………」
私は
お礼にキスしておこう。
いや、決して寝込みを襲っているのではなく、あくまでお礼なのだ。
隣に梁川さんがいるので、見つからないようにしながらこっそりとリリの可愛らしい唇を――
「どうだった?」
ヨシタカさんがダイニングに戻ってきたマキさんに声をかけた。それで目を覚ましたリリが起き上がる。……あと五秒遅れてくれたらよかったのに。
「その前に冷たい水をもらえんかな。喉がカラカラなんや」
上着のパーカーを脱いでテーブルに置き、ぱたぱたと
弥生さんがキッチンから水を
私たちの視線を
「結論から言うと――事故やない」
瞬間、空気が
マキさんは詳しく説明するから座れ、とジェスチャーで指示し、話を続ける。
「死因は頭を
「あたしもマキも、温泉から上がるまでトウカが生きてるの見てるじゃん。少なくともあたしが出たあとに、ってことじゃないとおかしいよね?」
「まあ、せやね」
リカコさんの言葉にうなずき、マキさんはスウェットパンツのポケットからスマートフォンを取り出した。それをヨシタカさんに渡す。現場を撮影した写真が入っているらしい。
……って、ちょっと待て。
「リカコさんのあとに入ったのって、私たちだよね……?」
「そうだね」
こっそりリリに耳打ちすると、あっさりとした答えが返ってきた。
つまりそれは――
「私たちが疑われるんじゃない?」
「そうだね」
そうだね、じゃないだろぉがぁぁぁぁぁッ!
と、叫びそうになったが、その前にリリの人差し指が私の口を押さえた。ちょっと待て、ということらしい。
「リカコさんのあとに入ったのは僕たちだけど、そのときはまだ温泉にいた彼女とミコは話をしたよ。もちろん、僕たちが出るときも気持ち良さそうにしていたね」
「だとすると、死んだのはそのあとか……」
リリの証言にヨシタカさんが呟く。あれ、疑われてない……?
「僕たちには動機がないだろう。彼らとは初対面だし、トウカさんとトラブルを起こしたわけでもない」
「そっか。そうだった」
そう説明されて、ほう、と安堵のため息が頭の芯に入った熱とともに口から出ていった。
「まあ、状況的に容疑者にはなるかもしれないけど」
「ダメじゃん……」
追加の一言でがっくりとうなだれる。大丈夫だよ、とリリが頭を撫でてくれなければ泣いちゃっているところだ。
「その
と、ユウジさん。疑問を投げかけるような
「何よ? あたしを疑ってんの?」
「…………」
それに気づいたリカコさんが語気を荒げて言い返した。
ユウジさんは沈黙している。
「あたしはずっとスマホを探してたんだって。浴室には入ってない」
「証明できるか?」
「…………」
今度はリカコさんが黙る。
アリバイというやつだろうか。私たちが大浴場に行く前にリビングを出て行った彼女は、私たちがお風呂から戻るまで一度も顔を見せなかったらしい。他の場所で誰かに姿を見られていないのなら疑われるのもしかたがない。
しかし。
「待て、ユウジ。リカコがリビングに戻ってきたのは、この子たちが温泉から戻ってきてから五分ほどしか経っていない。犯行に使える時間はそれだけだ。それじゃあ犯行は不可能だろう」
マキさんのスマートフォンに検視画像を表示させ、ヨシタカさんが反論する。
それを聞いたリカコさんはほっと表情を緩めたが、ユウジさんは態度を変えなかった。
「五分もあれば余裕だろうが。殴るだけなんだぞ」
「違う。それだけじゃない」
「何だと……?」
「思い出せよ、ユウジ。発見されたときにトウカは浴衣を着ていただろう」
「あ……」
その状態を撮影した画像をかざすヨシタカさんの
……で、どういうこと?
そう思ってリリを見る。しかしリリはわからないと言いたげに肩をすくめただけだった。いや、わかっているけど話すのが面倒くさいという感じか。
疑いがかかるかもしれないんだから、もうちょっと真剣になってもらいたいんだけど……眠いのかな。
「管理人さん」
「はい」
こちらのやりとりに関係なく、ヨシタカさんの話は続く。
「トウカが着ていた浴衣はあなたがたが用意したものですよね?」
「そうです。脱衣場に置いてあるもので、どなたでもご利用いただけるようになっています」
五十里さんが答えると、ヨシタカさんはくるりとユウジさんに振り向いた。
「つまり、彼女らが温泉を出てすぐに浴室に入り、トウカを殴って浴衣を着せて、柱のところまで運ばなければならない。それをリカコの
「……無理だろうな。しかし、トウカが自分で浴衣を着ていたとしたら?」
「この二人が出るとき、トウカはもう少しいると言ったそうじゃないか。それを
「それは……」
「もしそうなら犯行現場は脱衣場になるが、脱衣場に
「…………」
ヨシタカさんの推理に反論できず、ユウジさんは再び黙ってしまった。
「一つええか?」
話が途切れたところでマキさんが手を挙げ、一斉に視線を集めた彼女は続ける。
「殴られたとき、トウカは浴衣を着てへんかったと思う。傷の大きさに対して浴衣についた血が少なすぎる。多分……裸のときに殴られて、ある程度出血したあとに浴衣を着せられたんやないかな」
「何のために?」
「知らんがな。犯人に訊いてや」
「だから。犯人に訊いてるんだよ」
言って、ユウジさんはマキさんをぐっと
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