第29話 勇者ノブヒコ
それは鉄の兜に鎖帷子を着た若い男だった。背中に剣を担いでいる。そんな恰好はファンタジーやゲームの中にしか存在しないと思っていた。
(おかしな格好をしている奴だな)
俺の第一印象はこうだった。できれば関わり合いになりたくなかった。だが悪いことにおやっさんがその男を見つけてしまった。
「おーい! 助けてくれ!」
するとその男はすぐに駆け寄ってきた。
「どうしたのですか?」
「聖騎士団にゴブリンの仲間だと疑われて縛られてしまったんだ」
「それはお気の毒に」
その男はいきなり背中の剣を抜いて振り下ろした。
(危ない!)
俺は思わずそう声が出そうになった。だが男の剣は縄を切っただけで、俺とおやっさんは自由になれた。
「ありがとう。私はライムの町のアキバレーシングのアキバ・トージ。こいつは・・・」
おやっさんが俺を紹介しようとした。だがその前に俺は右手をキザに差し出し、
「相川良だ。よろしく!」
と名乗ってやった。見ず知らずの者にはそう名乗ってもいいだろうと。だがそれを聞いてその男は急に笑い出した。
「ははは・・・。それはおもしろい!」
なんて失礼な奴だと思ったが、おやっさんもそれに乗っかっていた。
「そうだろう。こいつはこんな顔をして冗談を言うんだ。こいつはヤスイ・ソウタだ」
やはり「相川良」という名前はこの異世界では変な反応をされる。それぞれの人の反応はまちまちだが、一体、どんな感じに聞こえているのか・・・。
それはさておき、男は俺がさしだした右手を握った。
「勇者ノブヒコだ。よろしく!」
やはりこの男はファンタジーだった。自分のことを勇者と言うのは・・・。だがおやっさんは当たり前のような顔をしている。この世界では勇者がいることは普通なのか・・・。おやっさんは大きくうなずきながら言った。
「そうか。勇者だったのか!」
「ええ、この世界を冒険しているのです。そういえばゴブリンの話をされていましたが・・・」
「それがそうなんだ。実は・・・」
おやっさんは初対面の勇者に向かって話し始めた。ゴブリンがホバートラックを襲っていること。それを自分たちが調べに来たこと。そしてギース聖騎士団もここに来ていることなど・・・。
「そうでしたか。この勇者ノブヒコ。力になって差し上げよう」
「おお、それはありがたい」
こうなっては全くファンタジーゲームだ。それではこの勇者がヒーローになってしまう。この俺がいるのに・・・いや、この異世界ではラインマスクの方が異端なのかもしれない。
その時、俺の耳に「うわぁぁぁ!」という人の悲鳴が聞こえた。俺の聴力は普通の人の何百倍となっている。それも危機が及んでいる人の声しか聞こえない・・・という風に都合よくできている。遠くでしている人のうわさ話など聞こえないようになっているのだ。
「おやっさん。悲鳴です!」
「えっ。何も聞こえんが・・・」
「いえ、この先でゴブリンに襲われています」
「そうか。それでは・・・」
おやっさんが俺に行こうと言う前に勇者が割り込んできた。
「それなら私に任せなさい!」
勇者ノブヒコは立ち上がると呪文を唱えた。すると空から翼の生えた馬が一陣の風のようにすごいスピードで降りてきた。まるでペガサスだ。勇者ノブヒコはそれに颯爽とまたがり、
「行け!」
と馬に声をかけてそのまま行ってしまった。その地上を駆けるスピードはホバーバイクに劣らない。おやっさんは、
「かっこいいなあ・・・」
と感嘆してその姿に見とれていた。しかし俺は疑問でいっぱいだった。
(なぜ翼を使わない?)
まあ、人を乗せると重量オーバーと飛べないとか、勇者のこだわりとかいろいろあるのだろう。他にもいろいろツッコミたいことはあるが、俺もこうしてはおられない。助けにかねばヒーローの座が危うくなるかのしれない・・・という危機感があった。
「おやっさん。俺たちも行きましょう!」
「ああ、そうだな」
おやっさんも俺に言われてやっと動き出した。その間にも悲鳴が俺の耳には強く聞こえてくる。俺たちは近くにあったホバーバイクでその現場に向かった。
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