図書館の小人
かんだ しげる
第1話
夏休み、ぼくは市立図書館に行った。
(なんでカマキリには、緑色のと茶色のがいるんだろう?)
これを、五年生の夏休みの自由研究にしようと思ったのだ。
だけど、図書館で小学生用の昆虫図鑑を見ても、よく分からなかった。
こまっていたら図書館のおねえさんが、
「大人用の昆虫図鑑も見てみたら。」
と、図書館の奥の方にも昆虫図鑑があるって教えてくれた。
(うへえっ、本ばっかり。)
図書館のこんな奥の方に来たのは、初めてだった。
ちょっと暗くて、空気も少し冷たい。
ずらっとならんでいるどの本も、分厚い。
手に取ると、ずっしりと重い。
文字が小さい。漢字が多い。写真も絵もない。
(えええ、どうしよう。こんな本、読めないよ。)
と思っていたら、背の高い本棚の一番下に、分厚い昆虫図鑑が何さつもならんでいるのを見つけた。しゃがんで一番分厚いのを引っぱったら、図鑑を取り出したひょうしに、しりもちをついた。
(いったあ~。)
その時だった。
目のすみで、何か小さいやつが、本棚からポンッと床に飛びおりたのが見えた。
あわてて顔を向けると、その小さいやつは、サササッと本棚の向こうの角を曲がって、すがたを消してしまった。
(なに? ねずみ? リス?)
いや、ちがう。
そいつには、しっぽがなかったから。
しかも、二本足で走っていたから。
本棚のはしまで行って、壁ぎわの通路を、そうっとのぞいた。
でも、何もいない。
(よし、さがそう。)
ぼくは、順番に本棚を見ていくことにした。
すると、三番目の本棚の列のところで、小さいやつが左の本棚から飛びおり、向かいの右側の本棚にピョンッと飛び乗るのが見えた。
いそいでそこまで走って、本棚をのぞきこんだ。
だけど、もう何もいない。
(今、こっちから来たんだよな。)
そう思って、そいつが飛びおりて来た方、後ろをふり返った。
「うわっ!」
本と棚板の間から、メガネをかけた大きな丸い目が二つ、こっちを見ていた。
「今、いたよね。」
高い声が言った。
思わずうなずくと、二つの目の持ち主が、本棚の先をぐるっと回ってこっちにやって来た。
ぼくと同じ年くらいの、こん色のスカートをはいた女子だった。
両手でむねに、分厚い本を三冊かかえていた。
「今の、なに?」
ぼくは、分からないと首を横にふった。
「でも、たしか、二本足で走ってたけど」
「だよねだよね。それに、服だって着てた。」
(あっ。)
そう言えば、たしかに着てた。
茶色っぽい上着に、同じ色のズボンもはいていた。
(そうだ、だからリスかなって思ったんだ。)
服を着て、二本足で走るって...。
「それって、小人ってこと?」
その子の瞳が、メガネの向こうで、パッと大きく華開いて、
「そうだよ、小人だよ!」
思わず大きな声を出した。
「こらっ、静かにしなさい。」
背中から、知らないおじさんにおこられた。
ふたりそろってふり返って、『すみません』とおじぎをした。
その子が、声を出さずに『外へ、行こう』と言った。
ぼくはうなずいて、後をついて図書館の外に出た。
「あれって、やっぱり小人だよね。」
外に出たとたん、その子がいきなり大きな声で言った。
「わかんない。あっという間に、走って行っちゃったから。」
「でも、まさかだよね。」
「そうだね、まさかだよね。」
まさか、市立図書館に小人がいたなんて。
でも、ぼくだけじゃなくて、この女の子も見たんだ。
その女の子が、ぼくをじっとみつめて言った。
「もどって、さがす?」
「うん、さがす。」
ぼくと女の子は、いっしょに図書館の中へもどって行った。
結果から言うと、ぼくとその女の子、となりの小学校の、一つ上の六年生の村井さんは、小人を見つけることはできなかった。
その後も、何度かいっしょに図書館に行ったけど、やっぱりいなかった。
小人は見つからなかったけれど、そのかわりに、本ばっかり読んで運動が苦手なぼくに、ミステリー好きの年上の友だちができた。
「たぶん、にげたペットのリスだったんだよ。」
それが、ミステリー好きの村井さんが出した、推理の結論だった。
村井さんとは、同じ中学校になった。
学年がちがうから、学校ではあまり話さなかった。
でも、市立図書館に行くと、
「ねえ、何読んでるの? また生き物の本?」
と、村井さんが声をかけてきてくれた。
それは高校生になった今も続いている。
村井さんは、がんがん勉強して、第一志望に合格して、四月から京都の大学に行くことになった。
「京都でまってるからね。」
と笑う村井さんと、図書館の前のベンチで、ならんで写真を取った。
「あとで、送ってね。」
そう言って村井さんがぼくのスマホをのぞいた。
「あっ!」
写真の中の、ぼくと村井さんの足元で、あの小人が腕を組んでむねをはって立っていた。
「またまた。どうせデジタル加工でしょ。これだから理系の人はこまるんだよ。ミステリーオタクは、そんなトリックにはひっかかりませんからね。」
そう言って、村井さんはケラケラ笑っていた。
ぼくも、ハハハって笑った。
ぼくは、加工なんてしてなかった。
だから、そっと心の中で、小人にお礼を言っておいた。
図書館の小人 かんだ しげる @cckanda
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