第49話 黒糸無双
黒澤を抱えた鰐淵は暗闇の通路をひた走っていた。
どっか……
どっか隠れる場所……!!
通路の両側には同じ形状のドアが幾つも並んでいた。
鰐淵はその中の一つに潜り込む。
そこはどうやらリネン室だったようでおあつらえ向きのシーツが畳んで山積みにされていた。
鰐淵はシーツの山に黒澤を押し込むと未だ目覚めぬ兄貴分に囁きかける。
「すんません兄貴……こんなんしたら、兄貴が死ぬほどキレるんは百も承知です……せやけど……弱い弟分が出しゃばった真似するん……赦したってください……」
その時、鰐淵は黒澤の後退しつつあるおでこが無性に愛おしく感じた。
最後の別れになるかもしれん……
これは……
これはあくまで親愛の情や……!!
ゴクリと唾を飲み、意を決して黒澤のおでこに唇を近づけると、両目に焼けるような痛みを感じた。
「てめえ何してる……?」
「あ、兄貴!? 目ぇ覚めたんですか!?」
両目を抑えて鰐淵が言うと、今度は頭頂部に激痛が走った。
「危うく化け物に命を吸い取られるところだったぜ……!! 姉さんに感化されて変な趣味に目覚めたんじゃねえだろうな!?」
「ほんま堪忍です……自分はれっきとしたノンケやさかい……」
たんこぶをさすりながら言う鰐淵に黒澤は舌打ちしてから身体を起こして言った。
「行くぞ……やつらを姉さんの所には絶対行かせん……!!」
「無茶です……!? 兄貴は休んどってください!! これ以上血流したらホンマに死んでまう!?」
「馬鹿野郎が……!!
鰐淵はしばらく俯いてから顔を上げた。
その目の奥には何かの片鱗が揺れていたが、今はまだ輝きを放ってはいない。
それでも苦楽を共にしてきた兄貴分は、鰐淵の変化に気づき、眉間に皺を寄せた。
「ワシが守ります……あいつら付けて来とったさかい……姉さんのとこには行かんはずです……せやから、ここで、ワシが食い止めます……!!」
「兄貴の俺が勝てねえ相手に、どうやってお前が勝つ!? 馬鹿も休み休み言え!!」
「今のワシらやったら、逆立ちしてもあいつらには勝てへん……せやけど……ワシやったら負けへんことは出来る……!! すんません……!!」
鰐淵はそう言って黒澤の腹に拳をめり込ませた。
不意の一撃で黒澤はガクリと意識を失う。
鰐淵はシーツを手に取ると、それを持って出口に向かった。
見とけアホンダラ……
度肝抜いたるわ……
⚔
野生の獣のように足音一つ立てず歩く忍二人が同時にピタリと足を止めた。
点々と続いていた血の跡があるところを境にぱったりと途絶えており、代わりに血まみれのシーツが丸めて捨てられている。
「止血して何処かの部屋隠れたネ……」
「眼鏡が目覚ましたヵ?」
「どっちでもいいヨ……どうせまともに動けないネ」
二人は顔を見合わせるとシーツのそばにあるドアに手をかけた。
「灯台もと暗し言うヨ……!!」
そう言って開け放ったドアの中は、がらんとした空き部屋で人の気配はない。
「残念。外れネ」
「煩いヨ!! なら次お前が開けるネ!!」
「いいヨ。正解のドア開けた方が殺る。そういうルール」
その時暗闇の奥で僅かに扉の閉まる音がした。
二人は同時に音もなく駆け出し、やがて一つの扉の前で立ち止まる。
ドアの隙間からは僅かに白いシーツが覗いていた。
「右猴、賭けはワタシの勝ちネ……」
そう言って左猴が勢いよくドアを開くと、そこはまたしてもがらんととした空き部屋だった。
「ハハハ……!! 何が勝ちヨ!? ハズレ引いたネ!!」
地団駄を踏んで嗤う右猴を左猴が睨みつけていると、背後で扉の開く音がした。
見るとそこには鬼気迫る表情を浮かべた鰐淵が立っている。
「ホウ……自分で出てきたヨ……」
「怖い顔してるネ……」
鰐淵はそんな二人の様子には目もくれず、どっしりと腰を落として静かに右腕を前に出した。
「お前らはここから一歩も動かさん……ワシの役目は絶対負けへんこと……それだけや……!!」
鰐淵はそう呟くと
予想外の行動に二人は首をかしげる。
「
気合の怒号とともに、鰐淵の右手から巨大な盾が展開した。
ほぼほぼ通路を埋め尽くすほどの巨大な盾の出現に、二人の忍は鰐淵の意図を悟ったが、時すでに遅かった。
「この先は行き止まりや……!! 兄貴も姉さんも、ワシの後ろにおる……!! お前らはこっから何処にも行かさへん……!!」
それを聞いた二人はため息をついて言った。
「ハゲの浅知恵にしてやられたネ……」
「まったくヨ……賭けは二人とも負け……どうするネ?」
二人は同時に鰐淵に視線を移し、声を揃えて呟いた。
「仲良く半分こネ」
「仲良く半分こヵ」
盾の向こう側でする奇妙な音に、鰐淵は神経を集中する。
仕掛けてくる……
気張りどころや……!!
そう思い歯を食いしばったその時、凄まじい衝撃が鰐淵を襲った。
轟音が響き、上半身が吹き飛びそうになる。
「ぐぉおおおおおおおおおお!?」
何とか耐えた鰐淵は自身の盾を見て驚愕する。
源謹製の絶対防御の盾に、丸い跡が残っていた。
なんじゃこれ!?
大砲でもぶっ放したんか!?
こんなもん何発も打たれたら、盾の前にワシの身体がバラバラになってまう……!!
そんな鰐淵の心を読むように、突然忍が口を開いた。
「まだまだ行くヨ……」
「お前の盾とワタシ達の矛、どっちが強いか勝負ネ……」
「
「
「受け止めるヨ?」
「受け止めるネ?」
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