第44話 決死の眼鏡と手負いの死神

 

 薄闇に飛び散る烈火の花弁。

 

 絶え間ない金属の打ち当たる音と、荒い漢の息遣い。

 

 微粒構造金属ナノメタルの盾の隙間を縫って滑り込む切っ先を、なんとか黒澤が迎撃するも、防戦一方な状況に変わりはない。

 

 柱と天井を縦横無尽に飛び回りながら、隙を狙い討つ右猴ヨウホウ左猴ズオホウを、黒澤は必死に目で追うが、闇に溶けるようにして消え失せる姿に苛立ちを隠せない。


「くそ……!! また見失った……」


 激戦が嘘のような静寂が訪れる。


「この薄暗さやったら黒装束が厄介過ぎますわ……」

 

「それだけじゃねえ……瓜二つの姿のせいで、的が絞れねえ……それにしても、何処に隠れてやがる?」

 

 立ち並ぶ円筒状の柱にキョロキョロと視線を飛ばしながら黒澤と鰐淵は敵の影を探す。

 

 しかし文字通り影も形も、気配や息遣いすらも感じられない。

 

 二人が柱の一つに背を預け、乱れた呼吸を整えていると薄闇にキラリと何かが光った。

 

「くぅっ……!?」

 

 気付くと二人の身体には数本の棒手裏剣が突き刺さっている。

 

「鰐……!! 盾だ!!」

 

「がってん……!!」

 

 鰐淵の盾に身を二人が隠すと同時に、二人の両脇に刺客が姿を現した。

 

 まるで球蹴りでもするかのように、ふたりは頭を蹴り飛ばされ、正反対の方向に吹き飛ばされる。

 

「そろそろの相手も飽きてきたヨ」

 

「死ぬ気でやる違ったヵ?」

 

 血と屈辱の味を噛み締めながらながら二人は立ち上がる。

 

「言われるまでもねえ……!! 殺ってやるよぉおおお!?」

 

 黒澤の足が青い閃光に包まれ、機械化機構サイバネシステムが起動する。

 

「壁を走れるのは……てめえだけじゃねえぞコラァアアア……!!」

 

 パシュン……パシュン……と排熱する蒸気を推進力に、居合を構えた黒澤が無動作ノーモーションで加速する。


 異物間電離共鳴ファンデルワールスプラズモンの効果で、あらゆる壁面をあらゆる角度で足場に出来るようになった黒澤を見て、忍達は口笛を吹いた。


 黒澤は嘲笑されるのも構わず、壁を蹴って高速の居合抜きを繰り出すと、着地ざまに納刀し、くるりと身を翻して再び忍に斬り掛かる。


「忍者ごっこネ……」


「その程度で力量埋まらないヨ」



 様々な角度から居合と突進を繰り返す黒澤を躱し、いなしながら、右猴は隙を付いて短刀で黒澤を切り刻んでいく。


「兄貴ぃいい……!?」


「黙ってろ……!! お前はそっちに集中してろ……!!」


 血まみれになりながらも黒澤は考えていた。


 感覚が無くなっていく手足に反して、頭は妙に冴えてくる。



 ここで立ち止まれば、二度と攻撃の機会はやってこねえ……


 なら……手足が吹っ飛んでも攻撃の手を緩めるな……!!



 連撃の隙を突かれぬよう、黒澤は最高速度を維持したまま居合での一撃に専念する。


 血を撒き散らしながら飛翔を続ける兄貴分を頭上に感じながら、防戦一方の鰐淵が泣きそうな声で叫び声を上げた。


 しかし黒澤の耳にはその声が遥か彼方に感じられる。


「兄……貴……!! も……う……やめて……くれ……!! 死……んで……まう……!!」



 馬鹿が……


 情ねぇ声出しやがって……





 面での攻撃は通じない……


 居合をさらに一点に凝縮しろ……!!


 細く……鋭く……見極められないほど精密なせんに……!!

 

 

「キエェェエエエエエエイ!!」

 

 失血で力を失った手足が、皮肉なことに無上の脱力を可能にした。


 完全な無から放たれる至極の居合。


 黒澤の刀に宿った危機を察知して、右猴は咄嗟に受け太刀を諦め、刀を躱した。

 

 振り抜かれた刀身が消えて、パチンと納刀する音が響くと、太い柱がピシパシ……と音を立てた。

 

 

「右猴……」

 

 左猴が低い声を出す。

 

「ああ……眼鏡、何かに目覚めたヨ……」

 

 

「完全に目覚める前に……」

 

「狩るいいネ……」

 


 

 一見何も起こらなかったようにさえ錯覚するほどの抜刀と納刀。


 それは柱を繋ぐ分子の隙間をすり抜けて、柱に切られた事実すら感じさせない


「兄貴……!!」

 

 しかし僅かな刺激とともに、確かに存在する切り口が蘇る。

 

 鰐淵の叫び声で、柱はガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

 

 驚き目を見開く鰐淵に、フラフラと揺れる黒澤が不敵な笑みを浮かべて言う。


「でけえ声出すな鰐……俺は今気分がいい……何でも切れる。そう確信してる……」

 

 

 風前の灯火が放つ一際強い黄金の瞬きが、黒澤の片目に宿っている。

 

「くそ忍者共……散々ボコしてくれやがって……ヤクザに手上げたんだ……覚悟は出来てんだろうなぁああああ? ああ!?」

 

 吹けば跳ぶような襤褸襤褸ボロボロの黒澤に、死神の影が重なった。


 死臭を伴うヤクザ者の気迫に、二人の忍も表情を変える。




「右猴……手負いの獣危険ネ……」

 

「まったくネ……ちょっと本気出すヨ……」

 

 そう言って右猴は右腕の晒しを静かに解くのだった。

 

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