第43話 覚悟


 さくらはキョロキョロとあたりを見回し電気椅子を無効化する手段を探した。


 それに気付いたミスター劉はゆったりとした口調でさくらに言う。


「何かお探しかな? ハッカーのお嬢さん。残念だがこれは旧時代の代物でね。昔ながらの電源スイッチだけの単純な仕組みだ。得意のハッキングは役に立たない」

 

「どこまでも姑息な……!!」

 

 侍が歯ぎしりするとミスター劉は再びママに近付き口のテープを摘んで囁いた。

 

「死人を出したくはないだろう? あんたからも説得してやってくれ」

 

 そう言ってテープを剥がすなり、ママが大声で叫び散らす。

 

「武志!! あたしに構うんじゃないよ!? 老いさらばえたババアがこれ以上生き恥を晒して何になる!? あたしのことは構わずにコイツを叩き切ってやりな!!」

 

「ママ……」

 

 金ちゃんが思わず顔を歪めたのを見て取り、ミスター劉はくくく……と肩を震わせた。

 

「さあどうする? 交渉のテーブルに戻るか……君たちがお望みの力ずくで解決するか……? 無論そのときはこの婆さんにになってもうらう……君たちのアイデアで恐縮だがね」

 

 義理斬りギリギリ……と侍の拳が音を立てる。


 やがて何かを覚悟したように肩の力が抜けると、それを悟ったママの、穏やかな声が響きわたった。



「武志……あんたが守るべきものは何だい?」


 老婆の真っ直ぐな目が侍の目をとらえて離さない。


「それがしは……」

 

「あんたの守るべきもんは、いつもあんたの足元にある。今あんたのに乗っかってるのはあたしじゃない。そうだろう?」

 

 ママはそう言って、今度はさくらに視線を移し微笑んだ。


 その笑顔に、思わずさくらは泣きそうになる。


「あんたが守るべきはあたしじゃない。武志!! 殺れぇええええええ……!!」

 

 老婆とは思えない鬼気迫る声で、ママは侍に喝を入れた。

 

 侍は一瞬だけ顔を歪ませたが、すぐさま修羅の輝きを宿したまなこで敵を見据え、刀に手をかけた。

 

 ミスター劉が手を上げると、黒華がレバーを持つ手に力を込める。

 

 ママが目を瞑ったその時、さくらの叫び声が、室内に木霊した。

 

「待って!! あたしが人質になる……!! その代わりママを開放して!!」

 

 ミスター劉の合図で黒華の手が止まる。

 

 さくらは金ちゃんの目をチラリと見てから一歩前に進み出た。

 

「私の部下になると捉えていいのかな?」

 

 目を細めて言うミスター劉にさくらは生意気な顔で言い放つ。

 

「はあ!? 話聞いてたわけ? あたしが人質になるって言ってるの!! 部下になるって言ってもママが生きて帰る保証はどこにもない!!」



「そこは安心していい。君たちが部下になれば、婆さんはこれからも生き続ける。君たちが裏切らないための人質として……」



「あんた本当に馬鹿だね? もうママは人質になりえないんだよ……金ちゃんとママは……覚悟を決めてるから……このままじゃ、ママとあんたは死ぬことになる。あんたが死ぬのはどーでもいいけど、ママに死なれたらあたしが困るの……!!」

 

 ミスター劉から再び冷たい殺気が漏れ出した。

 

 ぐんぐん下がる気温にも、今のさくらは怯まない。

 

「商談するんでしょ? ママを殺して人質無しで負けるか、ママを開放して人質有りで金ちゃんと戦うか……選んでよ!!」

 

 ミスター劉はうつむき顔を手で覆うと、肩を震わせて笑い始めた。

 

 やがて高笑いしたかと思うと、一転して怒号が響き渡る。


「小娘が風情が……!! 私の覇道に立ち塞がるなぁあああああああ……!!」

 

「黒華!! ババアを解放する……!!」


「かしこまりました……」



「さくら!! 馬鹿なことするんじゃない!! アタシは充分生きた!! あんたが危険を犯す必要はないよ!!」


 叫ぶママを無視して、さくらがさらに前に踏み出す。


「さくら」


 侍の声で振り向くと、さくらは震えそうになる声を抑えて言った。


「止めても無駄だよ。全員で生きて帰るんでしょ……?」



「そうではない……」


 侍はさくらの腕を掴んでグッ…と引き寄せると、抱きしめ頭に手を乗せる。



「恩に着る……!!」



 さくらはその言葉に思わず目を見開いた。


 そのままぎゅ……と侍を抱きしめ返して言う。


「勝ってよ……」


「無論……」

 

 二人が立ち上がり、電気椅子へと向かって歩くと、ミスター劉が呼び止めた。

 

「そこまでだ。娘をそこに残してオカマは下がれ……娘が一歩進むごとにババアの拘束を外していく」

 

「それなら、あんたもレバーから離れなさいよ!? それと鍵を外すのはそっちの女にして頂戴!」


 

 金ちゃんの言葉でミスター劉は両手を広げてレバーから遠ざかった。

 

 それを確認してさくらは一歩ずつママに近づいていく。

 

 それに伴い黒華がママの拘束を解いていった。

 


 最後の鍵穴に黒華が鍵を挿すと同時に、部屋に緊張が走った。

 

 誰もがその瞬間に意識を集中している。

 



 鍵が空き次第ママを救出する……!!

 

 ガキを確保し次第、ババアを殺す……!!

 

 

 長い長い一瞬の静寂を破って、カチャリと錠の外れる音がした。

 

 

「ぬおらぁぁあああああああ……!!」

 

「破ぁぁあああああああああ……!!」

 

 

 それを合図に二人の猛者が同時に老婆に向かって飛び出していく。

 

 黒華はそんな二人には目もくれず、さくらの腕を掴んで電気椅子に縛り付けた。

 

 僅かに距離の利があったミスター劉が勝鬨かちどきをあげて拳を振り上げると同時に、侍が叫んだ。

 

「ママ……!! 飛んで!!」

 

 その声で弾かれたように老婆が地面を蹴る。

 

 ミスター劉の拳はママを掠めて、大理石を粉々に打ち砕いた。

 

 ママを抱えた侍は部屋の隅に飛び退くと、そっとママを床に降ろしてミスター劉を睨みつけた。

 

 

リュウ青龍チンロン……!!」

 

 ビリビリと空気を震わす咆哮がミスター劉の放つ冷気と、床から立ち上る砂埃を吹き飛ばした。

 

「人々の道を……己が欲望の為に容易く踏みにじる……貴様の歪んだ覇道とやらも今日で幕引きと心得よ……!!」

 

 

「姓は金剛……名は武志……オカマの金ちゃん……推して参る……!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る