第45話 國松十兵衛右衛門

 

 死の影を纏った黒澤がユラリ……ユラリ……と間合いを詰める。

 

 足の装置は使わないヵ……?

 

 右猴は黒澤の全体像を視野に入れつつも、無動作ノーモーションの跳躍と先程の居合に意識を集中していた。

 

 その時、突如黒澤が深く腰を落とす。

 

 明らかに間合いの外……


 無動作ネ……

 

 居合に備えて僅かに体重を浮かせた右猴の予想に反して、黒澤はその場で居合を放った。

 

 ……!?


 しかしその手には刀が無い。


 代わりに握られていたのは、NEO歌舞伎町のヤクザがこぞって愛用するM9ベレッタだった。



 ドウ……!! ドウ……!! ドウ……!! ドウ……!! ドウ……!!


 五発の銃声が響き渡る。



糞ッフェン……!!」


 咄嗟に地を転がり銃弾を躱した右猴に悪の二面性ダブルヒールを発動した黒澤がノーモーションで襲いかかる。



「獲った……!!」

 


 鰐淵がそう確信するも、黒澤の脳内には一切の雑念が無い。

 

 ただそこにあるのは己と他者の区別すら無い無間の死。

 

 無からの抜刀こそが技の肝心要であることを、圧倒的な窮地に瀕した黒澤の本能は理解していた。



 伯父貴オジキ……


 あんたの言うことが今更理解ったよ……



 ⚔



「おうおう……活きのいいガキどもだな?」

 

「誰だジジイ……? てめえも死にてえのか? ああ?」


 死体の山を背後に、血に染まった若き日の黒澤が言った。


 その隣にはまげの名残の長髪を垂らした鰐淵が、淀んだ目をギラつかせて座っている。 



「偉そうな口を聞くんじゃねえよ。べらぼうめえ……!! そこに転がってる死体はお前らのしわざか?」

 


 下駄に法被、腹巻きという出で立ち。


 しかし漂うは、そこはかとない漢の薫り。


 後に黒澤と鰐淵が杯を頂戴することとなるこの漢。


 名を國松十兵衛右衛門くにまつじゅうべえもんといった。



「だったら何だ? 怖気づいたかジジイ……?」

 

「はっ……今にも死にそうな顔で凄まれても怖かねえよ。後進の育成もジジイの務めかね……稽古つけてやる……かかってきなガキども」

 

 

 黒澤が仕込み刀でいきなり斬りかかるも、漢はタバコに火を付けながらそれを躱した。

 

「あれ……? 点かねえな? なんでだ?」

 

「舐めやがって……!! 鰐……!! お前も手伝え!!」

 

「うっす……」

 

 腰を割ってぶちかましを見舞う鰐淵に合わせて、漢は勢いよく礼をする。

 

 鰐淵は額から血を流し、思わず後ろに仰け反った。

 

 なんじゃこのおっさん……!?

 

 力士崩れのワシのぶちかましを頭突きで……!?


 

「稽古付けてやるってんのに礼も出来ねえのか!?」


 やっと火の付いたタバコを吹かしながら國松が言った。



 

「後ろ回れ!! 囲んで袋にするぞ……!!」


 鰐淵に指示を出す黒澤を見て、國松はおどけた顔で言う。


「なんでい? もう逃げ腰かい? 口ほどにもねえなあおい……弱いもの虐めで調子付きやがって……」



「なんだとゴラぁああああ!?」

 

 黒澤が居合を放とうとすると、漢は柄尻に手のひらを軽く当てて抜刀を阻止した。

 

「くっ……!?」

 

「馬鹿野郎!! 得物ぉ封じられたくれいで、狼狽えんじゃねえ!!」

 

 怒声とともに國松の掌底が黒澤の顎を穿った。

 

 飛びそうになる意識を何とか堪えて立ち上がると、プロレス技コブラツイストをかけられた鰐淵が呻き声を上げている。

 

 

 立ち上がり仕込み刀を抜いた黒澤を見て、國松は密かに口角をあげる。

 

 鰐淵を解放すると同時に張り倒し、黒澤に相対して腕を組んで言う。

 

「逃げ出さねえたあ、ちったあ骨があるじゃねえか、べらぼうめえ!!」

 

「うるせえ……!! 俺達は兄弟の杯を交わしてんだ……弟置いて逃げるわけねえだろうがぁあああ!!」

 

 大ぶりの太刀筋を難なく躱し、國松は強烈なローキックを黒澤の太腿に命中させる。

 

「それで二人してヤクザの真似事か? 真っ当に生きたらどうだ? べらんめえ!!」


 背後から覆いかぶさるように襲ってきた鰐淵の鳩尾みぞおちに肘鉄を食らわせながら國松が言った。


「黙れぇぇえ!! 俺たちにまともな未来なんかねえ!! いつどこで死のうが、誰も気にも止めやしねえ!! それなら……二度と忘れられねえように身体に恐怖を叩き込んでやるまでだぁぁあ!!」


 力の入らない足を引きずりながら黒澤が突きを放つ。

 

 國松は切っ先を躱し様、小手に手刀を放って仕込み刀を叩き落とすと強烈なラリアットで黒澤を吹き飛ばした。

 

 

「甘ったれんじゃねえ!! 誰も僕を見てくれないから、悪さあしますだぁ……? 乳離れ出来ねえガキみたいなこと抜かしがって!!」


「なんだと……こらぁああああ……!?」


 同時に襲いかかってきた二人に、國松の拳骨が直撃する。


 二人の顔面がメキメキと音を立て、奥歯と意識が吹っ飛んだ。



 気がつくとゆっくり國松がこちらに歩いてくるのが見えて、黒澤はゼェゼェと荒い息を吐きながら言った。



「殺せ……俺も鰐も……死ぬ覚悟は出来てる……」



 國松は黒澤の髪を掴んで顔を近づけると、鬼の形相を浮かべて怒鳴り声をあげた。


「馬鹿野郎……!! てめえの言ってるのはなぁ……死ぬ覚悟なんかじゃねえ!! 生きる勇気がねえだけだ!! 弟分を死に晒すような馬鹿が……二度と兄貴面なんかすんじゃねえ!!」



 その眼に宿る炎のような熱に、黒澤は思わず息を呑む。


 何も言い返すことが出来なくなった黒澤を見て、國松は髪を掴む手を離して言った。


「俺の下で生きてみろ。死ぬ気で生きろ。死ぬ覚悟ってえのはな……? 生きてる奴がして、初めて輝きを放つんだべらぼうめえ……」

 


 

 ⚔

 

 

 生きながらにして死ぬ……!!

 

 死にながらも生きる……!!

 

 伯父貴が死んで、道を間違えた大馬鹿野郎の俺が出した答え……

 

 これであってやすか……?

 

 伯父貴……!!

 

 

 虚空を断つ必死の剣閃が、黒澤の鞘から解き放たれた。

 

 

 後に付くその名を ”必死剣” 真武断ちマブダチといふ。

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