第40話 格上

 

「鰐……!! 俺達の目的はあくまで足止めだ……!! あねさんなら……こいつらをここに留めてさえいれば問題ねえ……!! 死ぬんじゃねえぞ!! 気合い入れろ!!」


「うっす……!!」

 

 猿面の口元から白い息を細く吐きながら陽炎のように掴みどころのない構えで佇む右猴ヨウホウを睨みつけ、黒澤は腰の刀に手をかける。

 

 力むな……脱力しろ……

 

「初手の速さなら誰にも負けねえ……!! この場に縛り付けたらぁああ!!」


 黒澤は横薙ぎに抜刀する。


 右猴は半歩身を引き高速の初撃を最小の動作で躱した。


 しかし黒澤はすかさず五連撃の構えに入り、刃を返すと、左横薙ぎの追撃を入れる。

 

 まるで理解っていたかのように、右猴は軽く足を引き上げ、宙に浮いてそれを躱す。

 

 黒澤は右切り上げで空中の右猴を狙い討つも、敵は背面跳びのように仰け反り、落下の勢いを殺してそれも躱す。

 

 着地を狙って袈裟斬りを見舞う。

 

 右猴はしゃがんだまま一歩前に右足を出し、間合いを詰めつつ袈裟斬りを躱す。

 

 

 間合いを殺された……!?


 突きが撃てねえぇえ……!?

 


 たまらず黒澤は連撃を中断し背後に飛び退いた。

 

 時間にしてわずか数秒の攻防にも関わらず、黒澤はぐっしょりと汗で濡れている。

 

 それにひきかえ、右猴は涼しい顔で口笛を吹いて言った。

 

「どした? 居合からの五連撃違うヵ? まだ二つのこてるヨ?」

 

「黙れ……」

 

 ぜぇぜぇと肩で息をしながら黒澤が言うと、突如視界から右猴の姿が溶けるように消えた。

 

 ……!?

 

 気がつくと目の前に姿を現した右猴の右拳が深々と黒澤の鳩尾みぞおちを捉えていた。


 次いで顎に左のショートフックが炸裂し、黒澤の脳を激しく揺らす。


 天地の方向も分からなくなった黒澤に今度は右手のロシアンフックが直撃した。


 ガクガクと震える膝でかろうじて転倒を堪える黒澤に、容赦ない左のショートアッパーが突き刺さり、黒澤の身体が浮き上がる。


 右猴はアッパーの勢いに乗って右手の裏拳を直撃させると、吹き飛び地に伏す黒澤に向かって言った。


 

「五連撃……こうやる。覚えておくイイ」

 


「兄貴いぃいいい……!!」

 

 鰐淵は叫ぶと黒澤のもとに駆けつけるべく機械化尾サイバネテールを起動した。

 

 地面を叩きつけ全速力で飛び出した鰐淵の耳に、左猴ズオホウの低い声が囁かれる。

 

「仲間の心配してる場合ヵ?」

 

 左猴は鰐淵に並走しながら、左手を掴むとそれを捻り上げて力の向きをそっと変える。

 

 加速しきっていた鰐淵は勢いそのままに地面に頭から激突した。

 

 大理石のタイルが砕け散るほどの衝撃と痛みの中、鰐淵は戦慄する。

 


 アホな……!?

 

 ワシのぶちかましに後から追いつきよった……!?

 

 直ぐ様立ち上がりファイティングポーズをとるも、鰐淵の半顔は、割れた右の額から流れた血で赤く染まっている。

 

 

 口に溜まった血を吐き出し、なんとか立ち上がった黒澤と、鰐淵は同時に痛感する。

 

 

 こいつら……強い……

 

 二人は敵を睨みながら、じりじりと互いに寄り添いあった。

 

 対する忍達は余裕の表れか、二人が背中を預け合うのを黙って観察している。

 

 

「鰐……前言撤回だ……」

 

「へい……」

 

「出し惜しみするな……死ぬ気で逝くぞ……」

 

「がってん……」

 

 それを聞いた二人の忍は仮面の裏側でニィ……と口角をあげるのだった。

 

 


 ⚔

 

 

「そこを右……!! この見取り図が正しければこの下に秘密のエレベーターに続く通路があるはず……!! 金ちゃん!!」

 

「まかせなさい!!」

 

 高々と振り上げた右足が大理石の床を穿った。

 

 震脚と呼ばれるその踏み込みの名を、オカマは知らないし興味もない。

 

 粉々に砕けたタイルの下に、地下への竪穴と梯子が姿を現し、二人は顔を見合わせる。


「この先に待つ敵はおそらく二人……グリードの言葉を信じるなら、博士は部屋に籠もりっきりらしいから素通り出来るはず」


「じゃあ、残すは幹部一人と青龍商会チンロンしょうかいのボス……ってことだよね……?」



 金ちゃんは黙って頷いた。



 梯子を降りると通路の奥に蛍光灯の明りに煌々と照らされたエレベーターが見える。

 

 そして通路の中ほどに『DANGER KEEP OUT』と書かれた両開きの扉があった。

 


「グリードが信用できるとも限らない……油断は禁物よ? さくら……」

 

「うん……」

 

 

 二人は息を殺して通路の奥に浮かび上がったエレベーターへと歩みを進めた。

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