第39話 影ふたつ
一階へと向かう金ちゃん一行の
金ちゃんの背中からちらりと振り向いたさくらに気付くと、鰐淵は照れくさそうに笑ってハゲ頭を掻いてみせた。
「金ちゃん、敵はあと何人残ってるの?」
「ガトリングハゲの言葉を信じるなら、ボスを入れてあと四人ね……」
その言葉に突如鰐淵が超反応を見せた。
最後尾から一気に金ちゃんのもとまで駆け寄って大声を出す。。
「
「だまらっしゃい!! 何よ!? そのこだわり!?」
「ワシは気合でハゲにしとるんすわ!! ファッションハゲの連中と一緒にされたら散っていった毛根達に示しがつかんのです!!」
金ちゃんはその言葉で目を見開くと静かに口を開いた。
「あんた……やっぱりイイ漢ね……心意気やよし!!」
え!? わかんない……わかんない……
親指を立てる二人の間でさくらが困惑していると、黒澤が二人に割って入った。
「ちなみにですが……あっしの生え際は
「……そう……」
奇妙な沈黙を振り払うように一行は駆ける。
とうとう一階にの広間が見えてきたころ、途端に侍の表情が険しくなった。
ぴしぃぃ……っ
暗がりから迸るさくらでも感じるほどの刺すような殺気。
徐々に濃くなる殺気の元凶に目を凝らすと、そこに首のない死体がぶら下がっている。
「あれって……」
「ええ……最初の刺客。たしかグリードだったわね……」
侍はさくらを背中から降ろすと、死体を吊るす縄を切って静かに床に横たえた。
骸の前で膝を付きそっと手を合わせる。
「粛清ですね……そしてこれは……」
黒澤の言葉を金ちゃんが引き継ぐ。
「ええ。警告ね。気を引き締めて行くわよ」
「それがいいネ……」
突如間近で囁いた聞き覚えの無い声にゾクリとさくらの肌が泡立った。
刹那、目にも止まらぬ速さで抜刀した侍の太刀筋がさくらのすれすれを掠めて耳元で火花を散らす。
「いっ……!?」
全身を強張らせるさくらに侍が喝を飛ばす。
「さくら!! 背中ぁあああ!!」
「う、うん……!!」
慌てて金ちゃんの背中にしがみつくと、さくらはそこで初めて敵の姿を目視した。
黒の忍装束と、肩や拳を守る棘の付いた鉄の防具、上腕と脛に巻いた黒い晒しは結び目から半端な長さが垂れ下がっており気味が悪い。
漆黒の影を思わせる体躯の上には、赤い紋様が描かれた真っ白な猿の面が浮き上がっていた。
「ワタシ完全に気配絶ったヨ……よく反応したネ……」
「何奴……?」
逆手に構えた忍者刀と、右手で握った太刀の切っ先が離れぬよう、両者はじりじりと円を描くように足を運びながら言葉を交わす。
「影に名乗る名は必要無し……」
「ふーん……プロってわけ……ね!!」
忍者刀を弾き落とし侍は鋭く間合いに踏み込んだ。
完全に胴を捉えたかのように見えた横薙ぎの連撃を、忍はぐにゃりと身体を曲げて躱すと、地面を転がり刀を拾い上げる。
その隙に黒澤と鰐淵も戦闘に加わり、忍の周囲を囲んだ。
しかし忍は後ろの二人には見向きもせず、仮面の下から侍に向けて鋭い眼光を飛ばして言う。
「流石は侍ネ……剣の腕はアンタが上ヨ……」
「そりゃどーも……」
「ワシらにシカトこいとんちゃうぞ!? このアホだらぁあああ!?」
そう言って踏み込もうとした鰐淵の足元に、三枚の手裏剣が突き刺さる。
「のわっ!?」
「雑魚は引っ込んでるヨ……」
見もせずに鰐淵の動きを制し忍が言う。
「何やとぉぉおおお!?」
「落ち着け鰐……悔しいが只者じゃない……」
黒澤が左手で鞘を掴んだまま、もう一方の手で鰐淵の突進を遮って言った。
「いい判断よ……あんた達は秘密のエレベーターを探して頂戴……ここはあたしが引き受ける……!!」
「それが良いヨ……」
再び耳元で囁かれた声で、侍は咄嗟に左手で鞘をカチ上げた。
しかれども轟と風を切って背後を穿つ鞘に手応えは無い。
チラと視線を背後に飛ばすと、鞘の間合いの半歩外に青い紋様の猿面を被ったもう一人の忍が立っている。
面の紋様以外は瓜二つの二体の影を見比べながら侍は探るように口を開いた。
「分身の術……ってオチじゃないわよね……?」
「それも含めて謎解きの醍醐味ヨ……」
「見極めるいいネ……」
二人の忍が侍に飛び掛かろうかという寸前、顔を見合わせた黒澤と鰐淵が地を蹴った。
金属音と床の崩れる轟音が響き渡り、忍二人は舌を打つ。
鍔迫り合いしながら一人を抑える黒澤が叫んだ。
「
「馬鹿!! あんた達より格上だって言ってんでしょ!!」
金ちゃんが叫ぶと、もう一人の忍の前に立ちふさがった鰐淵がそれに応じた。
「時間がありまへんのや……!! はよせなバアさんがバラされるかも知らん……!! 此処はワシらで食い止めるさかい!!」
歯ぎしりする侍に少女が凛とした声で言った。
「金ちゃん行こう!! 二人はきっと負けない!! 全員生きて帰るんでしょ!?」
それを聞いた侍は目を見開くと、自身の両頬をパン……と叩いて面を上げた。
「ここは任せた……死ぬな……!!」
「へい!!」
「がってん!!」
侍はほんの一瞬二人の忍に目をやった。
そして気付いた頃にはその場にいる全員の虚を突き、腰を深く落としていた。
脱力による予備動作を排した膝の屈曲、そこから繰り出される一歩目からの最高速。
意識の隙間に滑り込むその技の名は……
鰐淵の影を縫うようにして突如正面に現れたオカマの顔面に、流石の忍も僅かにたじろいだ。
忍は出遅れたコンマ一秒のために、侍の居合を躱しきれず、切っ先が微かに二の腕を掠めていく。
「チッ……!!
勢いそのままに駆け抜ける侍の背中目掛けて、忍は苦無を放ったが、侍は振り向きもせず後ろ手にそれを弾き闇の奥へと消えていった。
追跡しようとする忍に、鰐淵は両の拳を結んで振り下ろす。
身を屈めて難なくそれを躱すと、忍は鋭い目で鰐淵を睨めつけた。
「
黒澤から距離を取って片一方が言った。
「ワタシ侍殺る楽しみにしてたネ……
鰐淵を睨んだまま左猴が答えた。
じっとりと纏わりつくような殺気が空間を埋め尽くしていく。
それに当てられた黒澤と鰐淵の頬に冷や汗が滲む。
「なら答えは一つヨ……」
「それネ……」
じりじりと大きく円を描くように、黒澤と鰐淵の周囲を旋回しながら、右猴と左猴は声を揃えて呟いた。
「さっさと殺って侍追うヨ」
「さっさと殺って侍追うネ」
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