第38話 氣と波動

 

 コツン……コツン……と大理石の床に冷たい足音が響き渡る。

 

 亀甲縛りで宙吊りにされたグリードは、その音で薄目を開けて呟いた。

 

「やっとおいでなすったか……ホウ兄弟……」


 暗闇から現れた黒装束に猿面姿の二人に向かいグリードは気やすい調子で声をかける。



「その格好でよくも格好付けられるネ……」

 

「ワタシなら恥ずかしくて生きてられないヨ……」

 

 呆れた様子でため息を付く二人に向けてグリードが声を上げる。

 

「おいおい……!! 勘弁してくれよ? 俺の役目はあいつらの目をだぜ? そのために油断を誘う演出だよ! 演出!!」

 


「たしかにアレだけ派手に床に弾丸ぶち撒けたら、地下への入口探すナイね……」

 

「でもアレは頂けないネ……」

 

 

 ぐるぐるとグリードの周囲を周りながら二人は交互に口を開いた。

 

 二人の醸す異様な気配を感じ取り、グリードの表情から余裕が削ぎ落とされていく。

 

 

「何だよアレって……? 俺は何もヘマしてない……ちゃんと役割を果たしてる!!」

 

 

「オカマにベラベラ喋ったネ……」

 

「幹部の人数喋ったネ……」

 

 

「そんなの大した事じゃねえだろ!? 能力や大事なことは何も吐いてねえよ!!」

 

 

「馬鹿ヵお前? 人数理解る……これ、力の配分出来る言うことヨ……」

 

「先の見えない戦い精神削るネ……お前の失敗で……あいつら先を見越して戦ってるネ……」


 

 ぐるぐると周囲を回り続ける二人に怯えながらグリードが叫ぶ。


 

「飛虎の旦那と腐果老の爺さんがいれば……あいつらも無事ではすまねえはずだろ!? とどめをあんたらが刺せば……万事……」


 

 ゴトリ……

 

 最期の言葉を言う前に、グリードの首が地に落ちた。

 

 何かをした素振りも、刀を抜いた素振りも無いまま、猿面の二人はグリードを抹殺し、転がる首に向かって声を揃えて言う。

 


「「雄辩是银、沉默是金雄弁は銀、沈黙は金……」」

 



 闇より深い黒装束の二人は上階を見上げて呟いた。

 

「さて……奴らもそろそろ気付く頃ネ……」

 

「ワタシ達も持ち場に戻るヵ……」

 


「楽しめるいいネ……」

 

「期待はしないヨ……」

 

 言葉だけを暗闇に漂わせ、二人は闇に溶け去った。

 

 


 ⚔

 

 

 金ちゃんに肩を貸しながら、さくらは腐果老の実験室へと戻っていた。

 

 あの部屋なら治療用の物資と解毒剤があるはず……

 

 それにもしかしたら……

 


 金ちゃんを椅子に座らせさくらは部屋を見渡した。

 

 包帯やワセリン、化膿止めはすぐに見つかったのでとりあえず金ちゃんの応急処置を優先する。

 

「一応包帯とか、医療用のホッチキスもあったけど……どうしたらいい?」

 

「気が利くじゃない。僥倖僥倖」

 

 金ちゃんはそう言うと座禅を組んでふぅーと細い息を吐き出した。

 

 するとアームの先が刺さった脇腹と肩からシクシクと染み出していた血がピタリと止まった。

 

「いいわ……! 抜いて頂戴……!!」

 

 さくらは頷き脇腹のアームを引き抜いた。

 


 確か……抜いた瞬間大量出血するんだよね……?

 

 そう覚悟していたにも関わらず、傷口はムリムリと肉で塞がりほとんど出血しない。


 

「え?」

 

 唖然とするさくらに金ちゃんが指示を出す。



「さっさとホッチキス……」

 

「あっ……ごめんごめん……」

 

 金ちゃんに急かされ、さくらは慌てて医療用ホッチキスを傷口に当てた。

 

 パチン……パチン……と音がして傷口が不格好に塞がった。

 

「下手くそねぇ〜。次は肩いくから、もうちょっと綺麗に止めなさいよね?」

 

 傷口に顔を顰めて金ちゃんが言う。

 

 さくらはムッと眉間に皺を寄せてもう一発ホッチキスを脇腹に発射した。

 

「痛ったぁぁああ!? 何すんのよ!?」

 

「綺麗にしてあげようとしたんですぅー」

 

「キィー!! 生意気!! 性格悪っ!!」

 

 そんなこんなで傷口が全て塞がるとさくらは思い出したように尋ねた。

 

「そう言えば、回復薬使わないの?」

 

 金ちゃんは着物の襟を正しながら凛とした声で答えた。



「使わないわ。ていうか必要ナッシング!!」

 

「ホッチキスは使うのに?」


 その言葉に金ちゃんは両手を腰に当ててジト目でさくらを睨んだ。

 

 

「薬とホッチキスは別なのよ! 薬入れたら、それに身体が甘えちゃうでしょ? 自然治癒力が落ちるし何より……のよ!!」

 

「氣と波動……?」

 

 金ちゃんは力強いウインクでさくらに応えた。

 

「見てなさいな」

 

 そう言って金ちゃんはお臍の前で両の拳を交差させて目を細めた。

 

 ゆっくり鼻から吸い込んだ息を、こぉぉぉぉぉ……と音を立てて口から吐き出していく。

 

 その途端、身体から金色の蒸気が立ち上るのをさくらは目撃する。

 

「えっ!?」

 

 そう思った瞬間には金色の蒸気は消えていた。

 

 

「丹田で練り上げた氣は細胞を活性化させて治癒力を増強する……一回ポッキリの凄い回復より、あたしはコッチのほうがいい」

 

「そっか……わかった」

 

 

 その時凄い勢いで扉が開いた。

 

 二人が同時に扉の方を見ると、そこには……

 

 

「ハゲちゃん!! 黒ちゃん!! 無事で良かった……」

 

 さくらが思わず叫ぶと二人はスライディング土下座で頭を下げる

 

「お嬢!! あねさんも……!! ご無事で何より……!! この度は面目ございやせん……お嬢を攫われ危険に晒しました……」


「かくなる上はエンコ詰めて落とし前を……!!」



 そんな黒澤と鰐淵の頭に金ちゃんのゲンコツがめり込み二人は静かに悶絶した。

 

「だまらっしゃい!! 全員無事で何より!! あんた達もよく生き延びたわね」

 

 感極まって目を潤ませる二人を無視して金ちゃんは辺りを見渡して言った。

 

「そんなことより……次はどっちに行けばいいのか全然わかんないじゃないのよ!?」

 

 

「そうだった……!!」

 

 さくらは再び部屋を見渡し、目当てのモノを探し当てる。

 

 それは通路を管理する巨大なサーバーへ繋がるアクセスポイントだった。

 

「多分ここからこの建物の全体像にアクセスできるはず……あった!!」

 

 カタカタとキーを叩きながらさくらはそう言うと建物の見取り図を開いて見せた。

 

「現在地がここだから……ママのいる最上階には……え……?」


 眉をひそめるさくらを小突いて金ちゃんが問いかける。 


「何が理解ったのよ!? さっさと言いなさい!! この鈍足娘!!」

 

「うっさいなあ!! ママのところに繋がってるのは一階にある隠しエレベーターだけみたいだよ!!」

 

 それを聞いた途端、全員の視線が無意識のうちに鰐淵に向かう。

 

 鰐淵もそれを感じ取ったのか、腕を組んで胸を張った。

 

「ワシの予想通りですわ……!!」

 


「お前が乗ろうとしてたのは普通のエレベーターだろうが!!」

 

「偉そうにすんじゃないわよ!! このハゲ!!」

 

 兄貴分二人にボコボコにされながら鰐淵はスンマセン……スンマセンと繰り返す。

 

 その光景にため息をつきながらも、さくらは全員無事なこの状況に心底安堵するのだった。

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