第35話 一蓮托生
何だ……あの眼は……
あれはまるであの日の……
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どす黒く晴れ渡ったその日、腐果老は身体の大半を失った。
「ま……参り申した……なにとぞ……なにとぞ命だけは……」
欠損した身体を引きずり頭を垂れる腐果老に向かって男は冷たい微笑を浮かべた。
「いいだろう。私は実に合理的な人間だ。野蛮な殺戮など好まない」
「なんと寛大なお言葉でしょう……ミスター劉……あなたこそこの街を獲るに相応しき覇王であらせられます…!!」
ククク……とミスター劉の含み笑いが暗い蒼天に響く。
腐果老はそれを見て、へへ…と媚びるように笑った。
ミスター劉はしゃがみこむと先程までの笑みを消し去り腐果老の顎を鷲掴みにする。
腐果老はそこで冷酷極まる龍の眼を見た。
臓物全てが凍り付くような悪意と憎悪に染まった眼を。
「ひっ……ひぃぃいいい……」
思わず悲鳴をあげる腐果老にミスター劉はまるでゴミでも見るような目つきで静かに言った。
「この私をその薄汚い舌先三寸で操ろうなどと二度と考えぬことだ……次に思ってもいないおべんちゃらを口にすれば命は無いと思え……いいな?」
「はいぃいいい……肝に命じまする……」
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思い出したくもない忌々しい恥辱の記憶。
それまで捕食者だった儂はあの日喰われる側に堕ちた……
なぜそんなことを思い出す……?
なぜあの眼を思い出す……!?
「ええい……!! 忌々しい記憶ごと我が仙術を持って封殺してくれるわ……!!」
いつの間にか頬に伝った冷や汗を拭い、腐果老は再び印を結んだ。
その瞬間耳の穴から白い蒸気が勢いよく噴出する。
「仙術……
「あの蒸気……!? やっぱり
「どうやらそのようね……あの蒸気の位置からして……おそらく」
「
さくらの声に腐果老が応じた。
「ふぇふぇふぇ……! 御明察、御明察……!! しかれども、それが理解ったところでどうすることも出来はしない……!! それよりぬしらが心配するべきは……いかに苦しまずして死ぬかということですぞ……!?」
その言葉に呼応するかのように肉の壁が脈打った。
ねちゃねちゃと気味の悪い音を立てながら壁から肉が剥がれ落ちていく。
血と粘液の糸を引きながら床の血溜まりに、ぼちゃり……ぼちゃり……と落ちた肉片達が、生前の形を再現するように立ち上がる。
「カッカッカッカッ……!! 屍の軍団に八つ裂きにされるがいいわぁああああ……!!」
腐果老が唾を撒き散らして叫ぶと、剥き出しの骨に真っ赤な血肉を纏った屍の群れが、一斉に金ちゃんとさくらに向かって殺到した。
「どこまでも救えぬ外道め……それがしが成敗してくれるわぁあああ……!!」
侍は怒声を上げて駆け出し刀を抜いた。
最前列の屍を切り払おうと刀を構える。
「切り捨て御免……!!」
その時突然侍の動きが止まる。
「ぐっ!?」
見るとそこには見知った顔が三つ並んでいる。
傷と血と膿に塗れたてはいたが、それは紛れもなく黒澤と鰐淵、そしてママの顔をしていた。
「武志……? アタシを切るつもりかい……?」
「姉さん……殺さねえでくだせぇ……」
「ワシ……まだ死にとうない……」
縋り付いてくるママと黒澤と鰐淵の姿に金ちゃんは思わず後ずさった。
「ママ……黒ちゃん……それにハゲちゃんも……」
侍の着物の裾を掴む三人の後ろからは、屍の群れが雪崩のように迫ってくる。
その時、歯をギリギリと噛みしめ動けぬ侍を飛び越え、少女が前に躍り出た。
「邪魔……!! どいて……!!」
金ちゃんに縋り付く屍を蹴散らしさくらが大声を出す。
「金ちゃん!! しっかりして……!! ママを助けるんでしょ!? アイツを成敗するんでしょ!? これはママじゃない!! 黒ちゃんでもハゲちゃんでもない……!!」
叫ぶさくらに屍の手が迫る。
真っ赤な手がさくらの服に触れる間際、肘から先が宙を舞った。
「さくら……!! 背中に……!!」
「うん……!!」
金ちゃんはその場を飛び退くと、懐から手ぬぐいを取り出し目隠しした。
「ちょ……!? 目隠しなんかしたら戦えないじゃん!?」
「まやかしに眩む目なら無いも同然……!! それに……目ならここにあろう……!!」
そう言って侍は振り向きもせずにさくらの頭を撫でた。
「文字通りの一蓮托生……征くぞさくら……!!」
「うん……!!」
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