第36話 最低の技だった
目隠しをした侍が血の川を駆ける。
一片の迷いもなく踏み出されるその足は、すね毛と同じく力強い。
「
腐果老の嘲笑が響き渡る中、さくらの凛とした声が侍の耳に届く。
「前方に敵の大群……!!」
「承知……!!」
さくらの言葉で盲目の侍は刀を振るった。
その切っ先は寸分たがわず腐果老の傀儡の首を刎ね飛ばす。
およそ見えぬ者とは思えぬ精度の斬撃を目の当たりにし腐果老の顔が歪む。
「ふぇふぇふぇ……!! まだまだ数はこちらが圧倒的に上よ……!! 押し潰せ……!!
痛みも恐怖もなく、味方の身体を踏み越えながら、肉片となっても突き進む屍の群れが、怒涛の如く押し寄せる。
「屍の津波みたいになってる……!!」
「津波の奥行きは?」
怖気づくさくらとは裏腹に侍は静かな声で尋ねた。
「ええと……足元は先が見えないけど……上の方は三メートルくらい……」
「オッケ~!! いっちょぶち抜くわよ……!! しっかり掴まってなさい!!」
金ちゃんはそう言うとだらりと腕と上半身の力を抜いて、刀を股間の真ん前に構えた。
地面と水平になった切っ先は、屍の向こうで印を組む腐果老をまっすぐに捉えていた。
「
「
脱力した上半身を支える強靭な下半身が、地面を力強く蹴る。
斜め上空に飛び出した下半身。
それに押し出されるように刀は真っ直ぐに津波を穿つ。
踏ん張りの効かない空中で、侍は身体のバネを使って次々と突きを繰り出していった。
その姿が少しアレのように見えて、さくらは技名の由来を確信する。
「最低の技だった……」
赤面してボソリとつぶやくさくらに、技の途中にも関わらず侍が答えた。
「生命の神秘を……恥じる道理などござらん……!!」
「サムライモードで言わないで!!」
「失敬な!? 真面目な話に候」
「ソウロウとか言うな!!」
「津波を抜ける……!! イクわよ!!」
「イカない!!」
どぅるん……と屍の大津波を突き抜け、どろりと血に塗れた二人が地に降り立つ。
「馬鹿な……!? 怪物桃源郷・海啸をこうも容易く破るなど……!?」
侍は目隠しをずらして絶句する腐果老を睨みつけると、真っ直ぐに切っ先を向けて言った。
「孫氏曰く、”故に用兵の法は、十なれば則ちこれを囲み”……!! 兵法のイロハも解さぬ未熟者に、将たる器は無いと心得よ……!!」
「ぐぬぬぬぬ……!! 拙僧に孫氏を説くなど、百年早いわ!! 青二才がぁああああ……!! 殺れ!! 鵺ぇぇえええええ!!」
屍の群れを踏み潰しながら鵺が侍に迫りくる。
勢いそのままに大蛇の尾で放った強烈な薙ぎ払いを侍は身体に足を引き付けるようにして跳び上がって躱した。
振り抜かれた尾が屍達を血と肉片に還していく。
それをチラリと見やってから、侍は再び目隠し穏やかな声で言う。
「誠におぬしは小者よな……」
「己の勝ちに目が曇り、自らの兵で自らの兵を屠るとは……」
侍は着地ざまに鵺の尾を切断すると、痛みに吠える鵺の背中に駆け上がった。
「さくら!! 薬のタンクは!?」
「このまま真っ直ぐ!! 首の後ろにあるよ!!」
侍は暴れて揺れる鵺の背を走りながら、右手の中でくるりと刀を反転させる。
そのまま首元までたどり着くと片膝を付いて逆手に持った刀を深々と鵺の延髄に突き立てた。
同時に砕けたタンクから紫の回復薬がドボドボと床に流れ落ちる。
ひょぉおおおおおおお……
鵺の悲しげな断末魔が薄暗い空間に木霊し、ドシン……と崩れ落ちた巨躯の上から漢女が吠えた。
「逃げんじゃないわよ!? クソジジイ!!」
被害者たちの無念……
此処で晴らさでおくべきか……!?
目隠しを剥ぎ取った侍の金色の眼光が薄闇に閃いた。
「この者達の無念……その身でとくと味わって戴こう……」
歯ぎしりしてそれを睨んでいた腐果老も、覚悟を決めたらしく
七本のアームで身体をもたげた腐果老の姿は醜悪な大蜘蛛を連想させた。
袈裟の袖に両腕を差し入れ、目にも止まらぬ速さで引き抜くと、その手には漢字の山のような形をした武器が握られている。
「ふぇふぇふぇ……強さに奢った青二才に戦いというものを教えて進ぜよう……」
「あんたに習うことなんて一ミリたりともござあせん……ご愁傷さま〜」
舌戦は沈黙に変わり、じりじりと両者は距離を詰めていく。
刀の間合いに入ろうかという刹那、腐果老の腕が伸び、釵の鋭い切っ先が侍の頬を掠めた。
「勝ったぁあああああ……!!」
侍の頬から流れた血を目にすると、突如腐果老が邪悪な笑みを浮かべて絶叫する。
しかしその叫びとは裏腹に、腐果老の腕は血と火花を散らしながら輪切りになってずり落ちた。
「い、いつの間に……!?」
「ふぅん……!!」
横薙ぎに振るった太刀の一撃が、腐果老の胴を一刀両断に切り裂き、ばしゃりと音を立てて腐果老の上半身が血の川に沈む。
「馬鹿な……!? こんなことがあってたまるか……!!」
血の中を這いずり、腐果老は侍から逃れようと腕を伸ばす。
侍はゆっくりとその後を追い、刀の柄に唾を吐いた。
トドメの気配を感じ取り、さくらが声を上げる。
「待って金ちゃん!! 殺しちゃうの!?」
「無論……このような外道は必ず悪行を繰り返す……首を刎ねるのがせめてもの武士の情け……!!」
「そんな……こんな奴、わざわざ金ちゃんが殺すことない……!!」
「解れさくら……道を踏む外した者に引導を渡すことも……武士道なのだ……」
その時侍は身体に違和感を覚えて手に目をやる。
焦点が合わずぼやけた視界に目をこすっていると、腐果老はニヤリと嗤い印を結んだ。
「奥義……
腐果老の頭ががばりと割れた。
その割れた頭蓋の中から、チップや電極に塗れた脳が飛び出していく。
それは倒れた鵺の頭に張り付くと、ぐじゅぐじゅと音を立てながら頭蓋の奥に染み込んでいった。
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