第27話 血潮舞い散れど、山は動かず
槍の連撃を捌きつつ、侍はジリジリとすり足で間合いを詰めていく。
低く構えた体勢から繰り出される突きは、上下に大きくうねりながら、敵を絡め取り、その足を止め、やがて岸壁を穿つように、葬り去る。
瞬き一つ許されない刹那の攻防の中で、侍は飛虎の波を数えていた。
好機……!!
寄せては返す突きの一つに合わせて、侍は身体を捻る。
侍の脇を槍が掠めた。
着物の一部を引き裂いた穂先は、急速な引き波となって深海へ還っていく。
しかし侍はそれを許さない。
左手でがっしりと槍を掴み、内側に巻き込むように捻り上げた。
飛虎の重心が僅かに上にブレる。
すかさず侍の刀が地面を這うように飛虎の体重が残った左足に襲いかかった。
「
狂気の笑みを浮かべた飛虎の足が脛で切断される。
しかし飛虎は構わず失った足を前に踏み込み、更に深く地に伏した。
「……!!?」
次の瞬間、侍の腹を強烈な波動が突き抜ける。
見ると槍から手を放した飛虎の両の拳、が金ちゃんの
血を吐きながら吹き飛ばされる金ちゃんの耳に飛虎の声が聞こえてくる。
「
そう言って飛虎は自らの足を拾い上げ傷口に当てた。
その状態で太腿にシリンダー型の注射器を押し付けると傷から蒸気が吹き出し、失った足が再生する。
「部位の欠損は治んないんじゃなかったの!?」
ゲホゲホとむせながら叫ぶ金ちゃんに飛虎は答えた。
「青龍商会お抱え医、Dr.喜島の細胞医学の賜物だよ。私は機械化に興味はない。己の肉体と技こそが至高だ。だから私は己の細胞を強化した」
そう言ったかと思うと飛虎の身体がドクン……と脈打つ。
先程までの均整の取れた体格から一変して、飛虎の身体が一回り膨らみ筋肉質な巨漢に変貌する。
「これでもう力負けもしない。私の身体はあなたを倒すために進化する……!」
それを見た金ちゃんは腰に手を当て口を尖らせて言う。
「偉そうなこと言ってるけど、それってただのドーピングじゃない? それに、あんたは武を志す者として大事なことを理解ってない」
金ちゃんはそう言うと親指で口の血を拭う。
「強さとは……技でも肉体でもなく……魂にこそ宿るもの也……強さに溺れた者の末路を某は知っている」
侍は刀を地面に水平にして、前傾に低く身を屈めた。
その言葉と侍の目に宿る強い光に、青年はぴくりと眉を動かす。
「弱者の詭弁だ……あなたの言うべき言葉じゃない」
「さっきも言ったでしょ? あたし急いでんの。これ以上あんたとおしゃべりしてる時間はないわ!!」
「こんなに強い人は滅多に現れない。まだまだ付き合ってもらいますよ……」
飛虎は地面を蹴って侍に飛びかかった。
強化された脚力は大理石の床を容易く踏み砕き、振り下ろした槍の一撃は轟轟と鳴り響く瀑布の圧を放っている。
床を転がりその一撃を躱した侍は即座に喉を狙った鋭い突きを放った。
もはや受け太刀は出来ぬ……
技は互角……体はこの者が上……
ならば某の勝機は……心……!!
喉元に迫る致死の一撃に、飛虎は思わず上体を反らす。
侍は生じた間合いにスルリと身体を滑り込ませる。
刀を槍の上に走らせ、指打ちを狙うも、飛虎は槍を波打たせて刀を弾き飛ばした。
それでも侍は近間を離れない。
その目は飛虎を真っ直ぐに捉えて離れない。
飛虎は片手を槍から放し、強烈な打撃を繰り出す。
強化された脚で地面を蹴った力を乗せた発勁は、空気の壁を突き破り掠っただけでも皮膚を裂く。
次々と繰り出される縦拳を紙一重で躱すうち、侍の身体は赤い血に染まっていった。
なぜだ……!?
なぜ振り払えない……!?
侍は死と隣り合わせの猛攻に晒されながらも決して近間を譲らず、血に染まりながらも揺るがぬ目で飛虎を見定め続けていた。
それに引き換え、一方的に攻めたてる飛虎の顔には焦燥と恐怖の色が滲む。
繰り出される強烈な拳を掻い潜って、侍は踊る。
血を滴らせながら、ぎりぎりの歩幅で、命を削りながら舞う。
舞い散る血潮は鬼火の如く、赤い火影に鬼女が舞う。
漢女流……女擬人の型 ”
風前の灯火なのは侍の方だ……!!
それなのに……それなのに……!!
なぜ私が追い詰められている……!?
焦りは拳に力を与え、槍から意識を奪い去る。
「むん……!!」
侍の目はそれを見逃さず、刀の柄で槍を叩き落とした。
「くっ……!!」
「刀は武士の魂……!! 刃を失ったおぬしは武士に非ず……退けぇええい……!!」
刀を突きつけ侍が怒声をあげた。
敵意を剥き出しに、青年は侍を睨みつけて吠える。
「我が肉体こそが至高の武器なり……!!」
そう言って青年は自身の身体にナノ修復液を追い打ちする。
するとたちまち身体が膨れ上がり、目は血走り、皮膚は浅黒く変色した。
「わだしの身体ごそが……!! 最強の矛だ……!! 真・
叫び声と共に放たれる渾身の発勁を、金ちゃんは刀の背に手を添え不動の構えで迎え撃つ。
静かなること山の如し。
津波のように押し寄せる荒波も、山を動かすことはない。
ただ自らの身を散らせ、飛沫となって消えゆくのみ。
刀にめり込んだ飛虎の両の拳は、その威力をもってして自らを滅ぼした。
肘まで真っ二つに裂けた骨の断面を血が覆い、すぐさま激しい痛みが押し寄せる。
「ぐああああああああああああああ……」
悲鳴を上げる飛虎を残し、侍は刀を振って血を飛ばすと丁寧な所作で納刀する。
「山肌をいくら削ったところで、波は山そのものを動かせぬ。魂の宿らぬ刃では、命に届かぬのもまた道理。魂を断つのは刃じゃなくて、いつだって魂なのよ……!! 魂の無い刀ではあたしは死なない……!!」
「まだだ……私の身体はまだ戦える……」
そう言って飛虎は口に咥えたシリンダーを太腿に押し当てた。
パシュ……
と音がして、紫の液体が飛虎の体内に流れ込んでいく。
傷口が激しく沸騰し、飛虎の手が元通りに修復された。
ドクン……
ドクンドクン……
ドクドクドクドクドク……ドクン……
な……んだ……?
フラフラと立ち上がった飛虎を激しい動悸が襲う。
視界が歪み、世界が反転した。
侍が天井を歩いて遠ざかっていく。
ちらりと振り返った侍の目には憐れみの光りが灯っていた。
なぜだ!?
なぜそんな目をする……!?
飛虎の身体からメリメリと鈍い音が沸き起こった。
やがてメキメキと骨の軋む音が聞こえてくる。
「さ……むら……い……い……な……な……え……」
名前を……!!
せめて名前を……!!
そう思ったが歪に膨張して弾けんばかの身体ではそうこぼすのがやっとだった。
身体から出る不気味な音に掻き消されてしまいそうなか細い声だったが、侍はピタリと足を止める。
「某の名は、金剛武志。人呼んで、
金ちゃん……
それを最期に、飛虎の意識は弾け飛んだ。
背後に出来た巨大な血溜まりと肉塊を残し、侍は出口へと駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます