第26話 悪の二面性

 

 こちらを睨めつける獣を前に、鰐淵は兄貴分に向かって囁いた。

 

「ワシ……キリンは首の長い黄色い奴やと思ってましたわ……昔はこんな厳つい動物が子どもに人気やったんですね……」

 

「鰐……今度源さんのとこでバカを治してもらえ……」

 

 そんなことを話ながらも二人は警戒を怠らない。

 

 油断なく獣の一挙一動に目を光らせる。

 

「いいか。時間稼ぎが最優先だ。お嬢のハッキングが終わればアイツを何処かにやってしまえばいい。無理に攻め込むな」

 

「がってん」

 

「!?」


 その時、先程まで遠く離れてこちらを見ていたはずの獣が二人の目の前に現れる。

 

 その上、鋭い爪の生えた手を高々と掲げて今にも振り下ろそうとしていた。

 

「ちぃっ……!!」

 

 二人は散開して爪の一撃を躱す。

 

 しかし崩れた体制を立て直そうとした黒澤の前には、すでに麒麟が迫っていた。

 

「兄貴……!!」

 

「きぇぇぇえええええええ……!!」

 

 奇声とともに黒澤が抜刀する。

 

 麒麟は咄嗟に前足を引き、額に生えた長い角で黒澤の刀を迎え撃った。

 

「アホが!! 兄貴の刀は鉄でもぶった切るじゃあ!!」

 

 ガッツポーズをする鰐淵だったが、すぐにその表情は驚愕に変わる。

 


 黒澤の刀は目標を切断すること無く、甲高い音を立てながら麒麟の角と火花を散らした。

 

「馬……鹿な……!? 超振動刀ソニックブレードの居合だぞ……!?」

 


 ⚔



 源のもとで目覚めた黒澤が最初に見たのは、隣で無数のチューブに繋がれた弟分の姿だった。

 

 不甲斐ない……

 

 自分の無力のせいでコイツは……

 


 まだ上手く動かぬ身体を無視して、黒澤は鰐淵に手を伸ばした。

 

 黒澤の手に、鰐淵の新しい腕が触れる。

 

 冷たく無機質で強さを秘めたその手に触れた時、黒澤の中で何かが弾けた。

 

「おい……闇医者……いるのか……?」

 

「おるよ……それと儂の名前は源だ」



 しばらく間を置いてから黒澤が口を開いた。 


「……源さん……頼みがある」

 

「儂に出来ることならの。金次第じゃがな!! カッカッカッ!!」



 椅子に座ったまま笑う源に手を伸ばし、黒澤は白衣の裾を握りしめた。


 すると源は何も言わずに、ずれたサングラスの隙間から黒澤の真剣な眼差しを盗み見る。


 

「俺にも力をくれ……コイツがもう、俺の不甲斐なさのせいでこんな目に合わねえですむように……」

 

「ふっ……若いネエチャンじゃなくてがっかりしたが、どうやら武志の奴は、それよりずっといい活力剤を連れてきたようじゃな……」



 源はコマ付きの椅子に座ったまま地面を蹴って進むと、壁にかけられた機械化部品サイバネパーツを手に取った。


「出世払いだ。お前さんがこいつが一括払いで返せるくらい一旗上げてみせろ!!」



「それは……?」


「儂の作品だ。名付けて悪の二面性ダブルヒール……!! お前さんの生身の踵とは、今日でお別れじゃよ」


 ⚔

 


 機械化機構サイバネシステム……起動……!!

 

 しかし黒澤の姿に何ら変化は見られない。


 その変化に気付いたのは以外なことに電子の海に意識を沈めたさくらだった。


「なに!? 今のノイズ……」

 

 意識を現実に戻しさくらは異変の原因を探した。

 

 ラップトップにも壁のシステムにも以上は見当たらない。

 

 ピリ……

 

 肌に感じた微かな磁場の乱れを頼り視線を上げると、そこには獣と対峙する黒澤の姿があった。

 

 刀で角を抑える黒澤に麒は容赦なく虎の腕を見舞おうと前足をあげる。

 

「黒ちゃん……!!」

 

 思わず叫んださくらと、不敵に笑う黒澤の視線が交錯する。

 


 大丈夫です……

 

 

 そう言ったように感じた。

 

 しかし無常にも鋭い爪が黒澤を引き裂かんと迫る。

 

 どう足掻いても躱すことの出来ない角度と速さ。

 

 さくらは身体を緊張させて息を飲んだ。

 



 しかし爪は黒澤の身体をすり抜け地面に鋭い傷痕を描いた。

 

 黒澤の姿は何処にもない。

 

 確かに捉えたはずの獲物が消えたことに、猛獣も困惑したのかキョロキョロと首を振ってあたりを見回した。

 

 

「鰐……!! 今だ……!!」

 


 その時頭上から声がした。

 

 さくらが声の方に目をやると天井に両足を着き、逆さに立つ黒澤の姿があった。


 両の踵に仕込まれた見たこともない機械化機構サイバネシステムが天井と共鳴するように雷光を放っている。


 その正体は源謹製の電離分子間力プラズモンファンデルワールス発生装置……


 通称 ”ヤモリ”


 その光景に目を奪われていたさくらを置き去りに、機械化尾サイバネテールで地面を打った鰐淵が、麒麟に強烈なを見舞っていた。

 

 トラックの衝突事故のような音が響き、麒麟が吹き飛ばされる。

 

 宙に舞った麒麟を黒澤が追う。

 

 

 黒澤はまるで本物のヤモリのように、重力を無視して、縦横無尽に壁や天井を走り回る。


 踵に組み込まれた無印の機械化機構サイバネシステムと”ヤモリ”の組み合わせは、あらゆる地形、あらゆる体勢でも高速移動を可能にした。


 高速移動の機械化踵サイバネヒールとヤモリの両天秤こそが、悪の二面性ダブルヒールの真骨頂である。





 吹き飛ばされ宙に浮いた状態の麒麟の身体に、黒澤は有り得ない角度から、幾太刀も、幾太刀も斬撃を浴びせかけていった。


 上下左右から無数に襲いかかる刃の群れに、麒麟はとうとう怒りの雄叫びを上げる。

 

 その威力は大気を震わせ、ほんの一瞬、黒澤と鰐淵の動きすらも止めてしまった。

 


 僅かな隙を見逃さず、激昂の猛獣は体制を立て直す。

 

 全身の毛を逆立たせ、低く頭を下げた麒麟が爪を地面に食い込ませた。

 

 刹那、麒麟の硬い体毛が更に高度を増し、鱗のような姿に変貌する。

 

微粒金属ナノメタル構造!?」

 

 さくらが叫んだ。

 

 二人の漢が持つ歴戦の勝負勘が、獣の思考を読み取る。

 

「鰐……!! お嬢を守れ……!!」

 

 叫び声が響くと同時に、麒麟の鱗が散弾銃のように炸裂し、狭い通路を覆い尽くした。

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