第25話 麒麟が来る

 

 ぐるぐると迷宮をさまよいながら、さくら達は金ちゃんを探す。

 

 最後に聞こえた声以来、気配も何も感じない。

 

 誰もが不安と焦燥感を押さえつけて歩いていると、さくらの目におかしなものが飛び込んできた。

 

 壁の下方についた見覚えのある三本の爪痕……

 

「これって……?」

 

「獣に出くわさないように注意しないといけやせんね……」

 

 そう言った黒澤にさくらが首を振る。

 

「違くて!! これ!! 傷痕だ……!!」

 

「アホな!? ワシらぐるぐる回って戻って来たいうことですか?」

 

「馬鹿か!! そんなことは有り得ない……!! 俺達が曲がった数を言ってみろ」

 

「ええ……一五回くらいでっか?」

 

「右に一回、左に一回だよ、それから右にもう一回だよ……」


 さくらは信じられないといった様子で呆れた声をだした。



「さすがお嬢!! おっしゃるとおり!!」


「ははは……!! ワシには何の話かさっぱりですわ!!」


 さくらはため息を付いて説明する。


「三回曲がって同じ場所に帰ってこようと思ったら、全部右に曲がってないと……」

 

「なるほど……!! お嬢は天才ですわ!!」

 

 もはや何も言うまいといった様子の二人をよそに、鰐淵は豪快な笑い声をあげる。

 

「黒ちゃんこれってどういうことだろう……?」

 

「おそらく……通路を操ってる奴が潜んでいるかと……それならあねさんが突然消えた理由にも説明がつきやす」

 

「だよね……それなら……ハゲちゃん!! この壁剥がせる!?」

 

 何かを思いついたさくらが叫んだ。

 

「力仕事やったらお手のもんですわ!!」

 

 鰐淵はそう言って壁に右手の五指をめり込ませる。

 

 すると鰐淵の右肩に組み込まれた内部機関が激しい唸り声を上げた。

 

 機械の腕に被せられた人工皮膚シリコンスキンがメリメリと音を立てて剥がれ落ちると、炭素繊維と黒鉄の放つ、無骨で妖しい光沢が顔を出す。


「おんどりゃぁぁぁあああ……!!」


 鰐淵の雄叫びが狭い通路に木霊した。


 ウィンチを連想させる何か巻き取るギュルギュルという音が右腕内部から鳴り響き、壁の分厚い鉄板がめくれ上がっていく。

 

 狭い隙間からさくらが内側を覗き込むとケーブルや水冷用のチューブがみっちり詰まっていた。


「やっぱり……!! これなら何処かにアレがあるはず……ハゲちゃん!! もうちょっとめくって!!」 


「がってん……!! ほなけど、この壁、元に戻ろうとして引っ張り返してくるんですわ……!! ぐぬぅ……!!」


「気合い入れろ鰐!! お前から力自慢を取ったら何も残らんと思え!!」


「へ……い……うおらぁぁぁあああ!!」


 鰐淵の肩、機械化腕サイバネアームの接合部から血が滲んだ。


 激しく熱と蒸気を排出しながら鰐淵はさらに気合を入れる。


 するとバリバリ……と音がして鉄板の一枚が剥がれ落ちた。


 さくらが目を凝らすとチューブの影に隠れてオーロラ色のチップがチラリと光る。


 それは微粒金属ナノメタルを制御するためのチップだった。

 

「あった……!! ここからハッキングすれば通路のコントロールを奪えるかも……!!」

 

 さくらはラップトップを取り出し、制御チップに端子を繋げる。

 

 その時だった。

 

 通路の奥から獣の唸り声が聞こえてくる。

 

 三人が一斉に目をやると、そこには見たことのない生き物が佇んでいた。

 

「何だアレは……!?」

 

 黒澤が眼鏡を直しながら呟くと鰐が答える。

 

「一本だけ角があるさかい……サイちゃいますか……?」

 

「馬鹿野郎……!! どう見ても馬みたいななりしてるだろうが!?」

 

「さすが兄貴!! じゃあ馬ですわ!! あ痛っ……!?」


 刀の柄で鰐淵を殴る黒澤を無視してさくらが言う。

 


「犀の角に、馬の体に、虎の手……それって……麒麟なんじゃ……!?」

 

 地面を掻き、いななきを上げる獣を前に、漢が二人立ち上がる。

 

「お嬢はそこでハッキングの続きを!! アレはあっしらに任せてくだせえ……」

 

「この線から後ろには一歩も入れまへんさかい……!! 大船に乗ったつもりでそっち頼んます……!!」

 

 そう言って鰐淵は機械の尾で地面に線を引いた。

 

「二人とも気を付けて……!!」

 

 そう言ってさくらはラップトップに意識を集中する。

 

 すると硬い鉄の壁が消え去り、真っ白な空間に自分だけがポツリと浮かび上がるような感覚が訪れる。

 

 周囲に目を凝らすと、暗号化された不気味なコードがじわじわと輪郭を露わにし始めた。

 

 毒々しい色彩のコードはうねうねと蚯蚓みみずのようにのたうって、さくらのハッキングを妨害する。

 

「なにこれ……!? こんなセキュリティ見たこと無い……」

 

 サイケに踊る蚯蚓の濁流が白い空間の中でさくらの視界を狂わせる。

 

 さくらは一心不乱にキーを叩いて、解決の糸口を探し求めた。

 


「何このイロミミズ!? めっちゃ見にくい……!! 色分けしてやる……」

 


 さくらが新たなコードを忍び込ませると、毒々しい色蚯蚓達は同じ色で行列を作り出す。

 

 それが七重の輪になって、さくらの周りをぐるぐると泳ぎ回った。

 

「順番があるんだ……正しい順番で解除しないと暗号が解けないようになってる……」

 


 静寂の中、仲間の命を預かってさくらの孤独な戦いが幕を開けた。

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