第18話 義勇軍
刺客を退けた金ちゃんとさくらはミッドナイト・ルージュに向かって全速力で駆けていた。
さくらは振り落とされないように必死で金ちゃんにしがみつく。
いつもとは比べ物にならない速さで
どうか皆無事でいますように……
お店に着くと荒らされた形跡は見当たらない。
さくらはホッと胸を撫で下ろしたが、金ちゃんは依然として険しい表情を浮かべていた。
「どうしたの……?」
「……殺気と血の臭いが残ってる……いいえ……これはわざと残してるわね……」
そう言って金ちゃんはそっと扉に手をかけた。
カラン……
小さくカウベルが鳴ると同時に怒声とともに棍棒が振り下ろされる。
「おんどりゃああああああああああ……!!」
ゴリラの覆面を被った巨漢の渾身の一振り。
しかし金ちゃんはそれを軽々躱して、怪訝な顔をしながら柄に手をかけた。
「待って!! 金ちゃん!! それはゴリ美なの!!」
「切らないで〜!!」
物陰から慌てて飛び出してきた二羽のスワンが大声で叫ぶと同時に、ゴリラの覆面が真っ二つに裂けてはらりと宙を舞う。
「どうりで……刺客にしては何もかもお粗末だと思ったわ。覆面切っちゃってごめんなさいね? どんな
青ざめたゴリ美はフルフルと首を振った。
「それより、一体何があったの!? ママはどこ?」
スワン達は表情を暗くして口を噤んだ。
物言わぬスワン達はゆっくりと舞台の方を指し示す。
見るとそこには自分の首を胸の前で抱えたカマキリの死体が、粘着テープでぐるぐるに巻かれ、グロテスクなオブジェと化していた。
潰れた片目には
本来首があるべき場所には見慣れぬ古い機械が固定されており、外れた顎には長方形の物体が咥えさせられていた。
金ちゃんはズカズカとカマキリの死体に近づいていく。
恐る恐るさくらもその後に従った。
金ちゃんは顎を人差し指で掻きながらカマキリの死体をしげしげと眺めると、口にはめられた物体を手に取りぼそりと呟く。
「カセットテープ……再生しろってわけね……?」
「カセットテープ!?」
聞き覚えのある言葉に思わずさくらは覗き込んだ。
「大昔の録音装置よ。アレに差し込んで再生するの……」
金ちゃんはカマキリの新しい頭を顎で指して言った。
「さすが年の功だね」
「だーれがババアよ?」
「ジジイでしょ?」
さくらの言葉に金ちゃんは穴を全開にして鼻息を吹き出すとデッキを開いてカセットを差し込んだ。
ガチャリ……と音がしてカセットの歯車が廻り始める。
するとスピーカーから変声機で歪んだ声が流れ出す。
「ハジメマシテドブネズミドモ……ウチニテヲダストハイイドキョウダ……」
「オマエタチノババアハアズカッタ……」
「ババアノイノチガオシケレバ……ヌスンダカネト……ハッカーノムスメ……ソレカラ……オカマサムライヲヨコセ……」
「ソレデテウチニシテヤル……」
「キゲンハアスノアサマデダ」
「ソレマデニ……ムスメトサムライヲ……セイリュウガイニツレテコイ」
「サモナケレバ……ババアヲバラバラニシテ……パーツヲヒトツズツオクリツケテヤル」
「青龍街……」
さくらが顔を引き攣らせて呟いた。
「どうやら蟷螂會のバックには
金ちゃんはそう言うとスワン達の方に振り返って言う。
「そういうことだから! あたし、今からママ取り返しに行ってくるわ! アンタ達はどっかに隠れてなさい。またここに組の連中が襲ってくるかも知れないから」
スワン達は怯えた表情で互いの顔を見合う。
すると一番小さいスワンのフェアリーが口を開いた。。
「あ、アタシ達……こ、ここに残る……!!」
綺麗所の春麗がその言葉に驚き叫んだ。
「えぇ……!? 金ちゃんが言ってたじゃん!? 今度こそ殺されちゃうよ!?」
「でも……ママがいない以上……アタシ達が店を守らないと……春麗……アンタまた居場所がなくなってもいいの?」
「それは……でも……」
「ママに拾ってもらえなかったら、アタシ達、どーせ野垂れ死んでじゃん!! 今こそママに恩返しする時よ!!」
それを聞いた春麗は顔を上げると静かに頷いた。
三人は強い眼差しで金ちゃんを見つめて言う。
「そういうことだから!! アタシ達、ここに残る!!」
それを聞いた金ちゃんは頭をボリボリと掻いてため息を吐くと、真面目な顔に戻って口を開いた。
「駄目よ! アンタ達の気持ちは買うけど、みすみす犬死にはさせられないわ。生くべき時に生き、死すべき時に死ぬ。アンタ達はまだ死ぬべき時じゃない……! お店なら壊されたってまた再開すればいい……今重んじるべきは、命……!!」
毅然とした態度で言い放たれた金ちゃんの言葉で、スワン達は肩を抱き合い咽び泣いた。
スワン達の嗚咽が響く店内で、さくらはぽつりと呟く。
「あたしのせいだ……あたしがちゃんとセキュリティーを完成させずにネットに上げたから……それで向こうのハッカーにお金のことがバレたんだ……」
「後悔するのは後よ。それに蟷螂會に目を付けられた時点で、どの道青龍商会と衝突は避けて通れなかったわ」
「でも……」
「安心なさい。あたしがママ連れて帰って来るから! みんな、さくらをよろしく頼むわよ?」
その言葉を聞いたさくらが突然声を上げた。
「待って!! 一人で行く気なの!? あたしも行く!!」
金ちゃんはさくらの発言に目を丸くすると、腰に両手を当てて言った。
「お馬鹿!! 相手は東地区を牛耳ってる青龍商会よ? この前とは敵の規模も強さも桁違い。悪いけど足手まといは連れていけないわ」
残酷な現実を突きつける金ちゃんに、さくらはそれでも食い下がった。
「やだ!! 行く!! それに金ちゃん昨日言ったじゃん!? 何処にもやらないって!! 侍は嘘つかないんでしょ!?」
「それとこれとは別の話よ。あんたを危険な目に遭わすわけにはいかないの。わかんでしょうが!?」
「わかんない!!」
「あんたねえ……」
呆れたように言う金ちゃんを、さくらは睨みつけた。
その潤んだ目にシャンデリアの光りが乱反射する。
「だって金ちゃん死ぬ気じゃん!! どう考えたって一人で勝ってこない!! あたしだってそれくらい理解るよ!!」
さくらの悲痛な叫び声が店内に沈黙を運んだ。
やがて静寂を破って金ちゃんが穏やかな口調で言う。
「さくら……あたしも犬死にするつもりなんてないわ……絶対に成し遂げなきゃならないことがあるの。それが済むまで死ねない」
「なにそれ……? 何をしなきゃいけないの?」
「決まってんでしょ!? イイ漢を見つけて愛し合うのよ!! それにね ”義を見てせざるは勇無き也” ってね? ここで逃げ出せばあたしは自分の道を失う。そうなればあたしの悲願はそこまでなの。だから絶対死なない。必ず生きて帰ってくるわ」
その時店の扉が開きカラコロとカウベルが鳴り響いた。
見るとそこには二人の漢が立っている。
「話は聞かせて貰いました。金剛の旦那……」
「ワシらもひと肌脱がしてもらえまへんか?」
「あんた達!? 傷はもう大丈夫なわけ!?」
現れたのはあの時のスキンヘッドと眼鏡だった。
「ええ……金剛の旦那が紹介して下すった医者のおかげです」
眼鏡の位置を直しながら漢が口元を歪める。
「ワシも新しい
スキンヘッドも新しい機械の腕を掲げて威勢よく言った。
二人は金ちゃんの前に進み出ると、片膝を着き手のひらを差し出して言う。
「お控えなすって……わたくし、眼鏡こと
「同じく……ハゲちゃんこと
「旦那の強さと優しさに惚れました。どうか舎弟にしてやってください!! あっしらに仁義を通させてくだせえ……!!」
思いもよらぬ申し出に金ちゃんは両手突き出して手のひらを振り振り言う。
「ちょ、ちょっと!? 馬鹿言うんじゃないわよ!? なんであたしがヤクザの親分みたいな真似しなきゃいけないのよ!?」
「恐れ入りますが旦那……!! 青龍商会を敵に回して、このオカマバーと西地区を守るには……それ以外に道は無いかと……!」
「西地区を守るって……あたしはそこまで言ってないでしょ!?」
「いえ……青龍商会はこのオカマバー周辺の土地を足がかりに西地区を掌握する腹づもりでした……数の力に屈して中華野郎の参加に下り、カマキリの言いなりに成り下がった自分が赦せねえ……言えた口じゃねえのは重々承知……ですが、あっしはNEO歌舞伎町を外国のマフィアどもに奪われたくねえんです!!」
「金ちゃん!! お願い!! 西地区を救って!!」
「金ちゃんが親分なら元日本人のみんなもきっと喜ぶわ!!」
「よ! 親分!!」
調子良く叫ぶスワン達に金ちゃんは「お黙り!!」と一喝する。
金ちゃんはしばらく思案に耽ってから、片膝をついて二人に言った。
「親分にはなんないけど、あんた達が手伝ってくれるのは正直助かるわ。あんた達の命、今回はあたしが預からせて貰う!!」
「へい!!」
「任せてや!!」
すっかり子分の様相を呈する二人に金ちゃんは頭を掻いて顔をしかめた。
「じゃあさくら、思わぬ助っ人も手に入ったから、安心して待ってなさいよ?」
「でも……」
その時再び黒澤が口を開いた。
「旦那、何度も口を挟んで申し訳ありませんが、お嬢にも来てもらわねえと婆さんは助けられねえかもしれやせん……」
「お、お嬢!?」
叫ぶさくらを遮って金ちゃんが尋ねる。
「どういう意味よ?」
「へい。青龍商会の戦法は通称ゾンビ兵と呼ばれる
「それをあたしがハッキングすればいいってこと?」
「流石はお嬢! ご明察!」
ああ……こんなキャラだったんだ……
眼鏡を輝かせて笑う黒澤に、さくらは思わず引き笑いを浮かべる。
「おそらく中にあるゲートもお嬢がいなければ突破出来ません。敵の狙いは御二人の身柄。素直に婆さんに会わせるはずもない……辛い決断ですが、どうかお嬢も一緒に……!!」
ここぞとばかりにさくらも追従する。
「金ちゃん!! 犬死にはしないんでしょ!? あたしがいないとママにたどり着けないよ? だからあたしも連れてって!!」
三人に囲まれた金ちゃんはうーうー唸って歩き回ると、天井を仰いで叫んだ。
「わかったわよ!! 肚ぁ括ればいいんでしょうが!? さくらも、店も、西町も守って、ママ取り返してやらあぁぁああ!!」
金ちゃんは刀を帯から外すと、膝を着くと同時に鞘の先で床を打った。
「此度の戦、我等が勝利する条件は唯一つ……!! 誰一人死ぬこと無く、ママを奪い返すこと……!! 我等が死すべき場所は此処に非ず……!! 必ずや……生きろ」
「うん……!!」
「へい!!」
「よっしゃああ!!」
「オカマ連合の強さ……目にものみせてやろうじゃないのよ……!!」
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