第17話 東の青龍

 

 時は金ちゃんとさくらがあばら屋に戻った頃に遡る。


 ここはNEO歌舞伎町の東地区。


 薄汚い平屋と、ブルーシートや布で作られた屋根……


 そしてツギハギだらけの摩天楼が混在するこの区画を、NEO歌舞伎町の人々は青龍街と呼ぶ。


 青龍商会チンロンしょうかいが治めるこの区画には、違法ドラッグと暴力的な機械化サイバネ手術を欲するもの以外は近づかない。


 街のそこかしこに中毒者ジャンキー達が溢れかえり、濁った瞳でせせら笑う声が、昼夜を問わず響く街。




 そんな街の最奥に聳える、荒廃した街とは不釣り合いなガラス張りの摩天楼。


 月光差し込む最上階の黒い大理石の床に、ぽたり、ぽたりと赤い雫が降り注ぐのだった。





 鎖で吊るされたは涙ながらに許しを請うていたが、奥のデスクに腰掛け、暗がりからそれを眺める男は一言も言葉を発しはしなかった。


 暗がりには葉巻の赤い火と、それを加える男の影だけが浮き上がっている。



「ミスターりゅう……次こそワタシしくじらないネ……もう一度だけチャンスを……」



 カマキリが再び口を開くと同時に扉の向こうで女の声が囁いた。



「ミスター劉……失礼します……」


 

 声の主は開いたドアの隙間からスルリと部屋に入り込むと、鎖で吊るされたカマキリには目もくれず、暗がりで坐す男の元へと歩み寄る。

 

 丈の短い黒いレースのチャイナドレスを身に纏った女に、ミスター劉と呼ばれた男はくにの言葉で応じた。


有什么事呢何の用だ……? 黒華ヘイフォア……」

 

「消えた金の在り処の目星が……」

 

 そう言って女は一枚の紙切れを机の上に差し出した。

 

 影の男はそれに目を通すと、ゆっくり立ち上がる。

 

 男は緩慢な動きでカマキリに近づいていった。

 

 やがて窓から差し込む月明かりが男の顔を照らし出す。

 

 額から頬にかけて、左目を切り裂いたであろう巨大な傷痕を宿した男は、紙切れをカマキリの顔の前に掲げて言った。

 

「これを見ろ……オカマバーが新装開店と書いてある……」

 

「はい……奴等に間違いナイ……ぐあぁあぁぁあああ……!!」

 

 カマキリの片目を葉巻の火が焼いた。

 

「馬鹿か貴様は……? 権利書を盗られ、挙げ句金まで盗んだ相手が、だと? 天下の青龍商会チンロンしょうかいがオカマバー如きにしてやられただと……!?」



 ぐりぐりと目玉に葉巻を押し込まれながら、カマキリは悲鳴を上げる。

 

对不起申し訳ありません……!! 对不起申し訳ありません……!!」

 


「確か言っていたな……オカマの侍にヤられたが、金はあちこちに送金されて行き先が分からないと……改装してんじゃねえかよ!? ああ……!?」

 

对……不起申し訳……ありません……!! 申し訳……!?」


 カマキリの視界が歪んだ。


 世界が反転しながら下へ下へと落ちていく。



 ごと……と首の落ちる鈍い音に次いで、ぐしゃり……と頭蓋を踏み砕く音が冷たい室内に響き渡った。



 

「黒華……すぐに部隊を編成しろ」

 

「鏖殺部隊でよろしいでしょうか?」

 

 男はクククと肩を震わせ静かに口を開く。

 

「おいおい……鏖殺みなごろしなどという野蛮なことを俺は言わない……ハッカーの女は使える。生け捕りにしろ。それとオカマの侍もだ……そいつには清流商会に楯突いたことを心底後悔させてやる」

 

「承知致しました」

 

 頭を下げて退出しようとする黒華を男は呼び止める。

 

 顎を掴み、鼻と鼻が触れる距離で男は言った。

 

「理解っていると思うが、俺は部下の失敗が大嫌いだ……死ぬほど嫌いだ。全身に鳥肌が立って寒気がする……」

 

「はい……承知しております……」

 

「必ず女を手に入れろ。金も回収しろ。そのために必要なことは何だ?」

 

「何重にも策を張り巡らせ……一切の手抜きをしない……ミスター劉への忠誠を片時も忘れない……以上です」

 

 震える黒華に劉はニヤリと嗤い、満足げに頷いた。

 

「よろしい……お前はやはりイイ女だ……あとで部屋に来い。可愛がってやる」

 

「承知致しました。ご寵愛に感謝いたします……」

 

 黒華は頭を下げると速やかに部屋を出た。


 廊下を通り過ぎ、ビルの吹き抜けにたどり着くとパンパンと二回手を鳴らす。


 すると黒装束を着て気味の悪い猿の仮面を被った者が二人、何処からともなく姿を現した。


「お呼びヵ? お嬢……」


「ハッカーの女とオカマの侍を拉致する。オカマの侍は相当腕が立つわ。真正面からは戦うな」


 そう言って黒華は先程と同じ資料を二人に突きつけた。


 それに目を通すと仮面の一人が口を開いて言う。


 

「我々二人ならオカマの一人や二人……」

 

「油断するな。カマキリと組員がそいつ一人にやられた。弱みを探り、搦手で確実に連れてきなさい!! 失敗は許されない……」


 黒華がピシャリとはね退けると、二人は頭を下げて同時に言う。 


「は……お嬢の御意のままに……」

 

 仮面の二人はそう言い残すと影に溶けるようにして姿を消した。

 

 黒華は大きくため息を吐くと、もと来た廊下を引き返し、ミスター劉の待つ部屋へと向かって行くのだった。

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