第19話 黄泉比良坂を駆け下りて

 

 さくらを背負った金ちゃんが、強面の漢二人と共にNEO歌舞伎町を駆け抜ける。

 

 人のまばらな昼さがり。

 

 それでもすれ違う人々は彼らの鬼気迫る雰囲気を感じ取り、自ずと脇に寄って道を開けた。

 


 NEO歌舞伎町には南北と東西に一本ずつ大通りが存在する。

 

 南北に走る大通りは極楽通りと呼ばれる花と食の中心地で、内外から多くの人が集う比較的治安の良い通りだが、東西に伸びる大通りは貧困と暴力の蔓延るNEO歌舞伎町の闇へと通ずる黄泉比良坂。


 人呼んで ”鬼門通り” 。

 

 東に近付くにつれ、人々の顔から生気が薄れ、荒廃の色は濃くなっていく。

 

 飛び交う危なげな噂のために、一度もこの地に近づいたことのなかったさくらは、東地区の有り様を見て思わず身体を強張らせた。



 薬に犯され黄ばんだ目をした人々は、こちらのことなど気にも留めない様子で、壁に背中を預けてせせら笑っている。

 

 かと思えば酷く苦しげに啜り泣きながら、こちらに手を伸ばして薬を求める者もいた。

 

 腕の悪い技師に捕まり、失敗した機械化サイバネ手術の合併症で、接合部から黄色い膿を垂らしながら、ひゅーひゅーと不気味な呼吸をする者……

 

 歪な身体でと這うようにして路地の暗がりから覗く者……

 


 東地区には金と欲の成れの果てたる、膿んだ心の悪臭が満ちていた。

 

「西地区もスラムだけど……こんなに酷くない……」

 

 思わず漏らしたさくらの言葉に、先導する黒澤が答える。

 

「お嬢の言う通りです……かつて西地区を取り仕切ってたのはあっしらの伯父貴オジキで國松という方でした……」


「國松の親っさんも悪党やったけどな……東の有り様見て『西は薬だけには手え出さん!!』って言い切りはったんや。それが原因で……親っさん東の連中に……」



 スキンヘッドは歯を噛み締めて言葉に詰まった。



「青龍商会に乗っ取られたら、西地区もココと同じようになるってこと……?」

 

 さくらの問にふたりは黙って頷いた。

 


 その時悪臭が一段と濃くなった気がした。

 

 金ちゃんの背中から覗き込むと、鬼門通りの東の果てに、硝子張りの摩天楼が聳え立っているのが見える。

 

 人と街から金と生気を吸い上げて、燦然と輝く硝子のビルからは、腐臭と悪意が吹き出していた。

 

 

「金剛の旦那……」

 

「ちょっとお!? さっきから旦那! 旦那って!! それやめてくんない? あたしはオカマの金ちゃんよ!!」

 


「失礼しやした金の……姉御?」

 

「兄貴、ここはキン姉さんなんかいかがでっしゃろ?」

 

「こっちが却下じゃナニワハゲ!!」

 

「では……シンプルにあねさんと呼ばせていただきやす」

 

 

 まずまず気に入ったのか金ちゃんは親指を立てて頷いた。

 

「それで? 話の続きをしなさいな!」

 

「これを……」

 

 そう言って黒澤はシリンダー型の注射器を取り出した。

 

「闇医者の源さんから頂戴したナノ修復薬です。即死や部位の欠損でなければすぐに傷が治る代物です……もしもの時のために、それぞれ一本ずつお持ちください」


 黒澤はシリンダーを金ちゃんとさくらに手渡すと、真剣な面持ちで続けた。


「ただし使えるの一回のみ。連続投与では細胞が耐えられず死亡、数日に渡って反復投与すると異常増殖した細胞のせいで急性の癌になって死亡って話です……」




 いや……怖いよ……


 さくらは手渡されたシリンダーを見つめてゴクリと唾を飲むと、そっとそれをポケットに仕舞った。

 

「ふ〜ん……」

 

 金ちゃんもシリンダーを二本の指で摘んで眺めていたが、懐に仕舞って前を向く。



「そんなことより……どうやらゾンビ兵とやらがお出ましみたいよ?」

 

 摩天楼に続く大通り、その脇の路地から顔色の悪い中毒者ジャンキー達がゾロゾロと湧き出してくる。

 

 ナイフや有刺鉄線の巻かれた角材、釘バットからヌンチャクまで……


 思い思いの武器を手に持った中毒者達の目は皆虚ろで、その目に映るのはこれから戦う相手ではなく、報酬として貰える薬のみといった風情だった。

 

 自身も相手も顧みることのない、偽りの快楽に取り憑かれた亡者達。

 


 金ちゃんは刀を抜くと、右手に真剣を構え、左手で鞘を握って言う。

 

「魁はハゲちゃん……!! 真ん中にあたしとさくら、殿は黒ちゃんに任せるわ。一直線で正面突破するわよ……!!」

 

 


 こうして青龍商会と金ちゃん一家の激闘の火蓋が切って落とされたのだった……

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