第12話 饅頭(まんどぅ)は誰の味?


 金ちゃんの手当が終わっても、当然重症者二名の治療は終わらない。

 

 金ちゃんとさくらはしばらく黙って源の処置を眺めていたが、やがて金ちゃんは大あくびを一つして立ち上がった。

 

「行くわよ! さくら!」

 

「どこに?」

 

 気だるそうに座ったままのさくらが言うと、金ちゃんが妖しく笑って言う。

 

「ここは天下の南地区よ!? なら行く場所は一つしかないでしょ?」

 

「露店街……!!」

 

 さくらは勢いよく立ち上がると同時に大声で叫んだ。


 両手の人差し指でさくらを指差し金ちゃんは唇を突き出して目を細める。


 よく分からないながらも、思わぬ提案に気を良くしたさくらは、手だけ同じポーズをして応えておく。 


「そういうわけだから、ハゲちゃんと眼鏡を頼んだわね」

 

 その言葉に源は術野を見つめたままコクリと頷き、二股に別れた親指を立てた。

 

 

 金ちゃんとさくらは源とヤクザ者の二人を残し地上へ続く階段を駆け上がる。

 

 カラカラと小気味よい音を立てる引き戸を抜けて、露店街に向かう道中、金ちゃんは思い出したようにさくらに問いかけた。

 

「そういえばあんた、お金持ってんの?」

 

「あるよ」

 

 そう言うとさくらは、金ちゃんに助けられた夜、機械化サイバネ変態男からちょろまかしたお札をひらひらと揺らして見せた。

 

「あんたってホント生意気……ね、ちょっと寄越しなさいよ!?」

 

「はぁ!? 嫌ですー!! これは危険を冒して手に入れた大事なお金なのー!!」

 


「なによ!? このドケチ……!!」

 

「はぁあ!?」

 

 そうこうするうちに二人は露店街の大通りへとやって来た。

 

 いつの間にか紫に変わった空の下、赤提灯や裸電球をぶら下げた屋台が軒を連ねる。

 

 活気に満ちた露店街にはそこかしこに行列ができており、様々な言語を使ったカタコトの呼び込みが途絶えることはない。

 

『焼き鳥』と書かれた赤い垂れ幕の前に差し掛かると、思わず二人の足が止まる。

 

 串に刺さったもも肉から滴る脂が炭火に落ちると、ぼぅ……!! と音がして炎が上がった。


 同時にタレと脂が焦げる良い匂いが漂うと、二人は思わず唾を飲む。

 

「おやじ! ネギ間一本!」

 

 金ちゃんがそう言うと、店主は威勢の良い返事を返した。

 

「ねえ……? お・ま・け……してくんない?」

 

 金ちゃんは紫の瞼で長いまつ毛をバチバチさせながら上目遣いに色っぽい声を出す。

 

 すると先程まで威勢の良かった店の親父が引きつった顔で後ずさった。

 

「ね? お願〜い?」


 着物の胸元をわずかに見せると親父は慌てた様子で声を上げる。


 

「ハハハ……ね、ネエサンには敵わねえな……」

 

 そう言って店主はネギ間を二本掴んで金ちゃんに差し出した。

 

 わざわざその手に触れて金ちゃんはウインクして言う。

 

「あ・り・が・と」

 

 青い顔をした店主を背に、金ちゃんはドヤ顔でさくらにネギ間を見せつけて言った。

 

「ま! あたしの魅力を前にすればこんなもんね!!」

 

 一部始終を見ていたさくらは冷ややかな目で金ちゃんを睨んでぼそりと呟く。

 

「あんなの脅迫じゃん……」

 

「なんか言った?」

 

「別にー。それより金ちゃん小銭貸して」

 

「なんでよ?」

 

「いいから!」

 

 さくらは金ちゃんの手から小銭をむしり取ると、先程の焼き鳥屋に向かった。

 

「らっしゃい!! 何にしやしょう!?」

 

 さくらは少し困った顔をしてから遠慮がちに口を開いた。

 

「全部美味しそうなんだけど……お金これしか無くて……」

 

 そう言ってさくらはぎゅっと握りしめていた手を開いた。


 そこには申し訳無さそうに硬貨が一枚光っている。

 

 困り顔でへら……と笑う少女に親父の心臓が撃ち抜かれる。

 

 親父は大口注文用のパックを引っ掴むと、全種類の焼き鳥を豪快に乗せて少女に手渡した。

 

「持ってきな……可愛いお嬢ちゃんにサービスだよ……!」

 

「え……? いいの?」

 

 さくらはそう言って顔を上げると、店の親父に眩しい笑顔を向けた。

 

 小銭を手渡し数歩駆け出すと、立ち止まって振り向き手を振る。

 

 金ちゃんに大パックを見せびらかしながら、さくらはドヤ顔で言った。

 

「ま。こんなもんでしょ?」

 

 一部始終を見ていた金ちゃんは冷ややかな目でさくらを睨んでぼそりと呟く。

 

「この性悪……!」

 

「焼き鳥いらないの?」

 

「頂戴いたします!!」

 

 二人はタレと焼目がキラキラと輝く焼き鳥を頬張りながら次なる獲物を探して露店街を歩いた。

 

 いつしか町並みは居酒屋風から中華風へと変わっている。

 

 赤い鞠に色とりどりの紐が垂れ下がった飾りや、金属の風鈴がぶら下がった店先では蒸籠セイロが勢いよく蒸気を吹いていた。

 

 もち米と八角の甘い香りに誘われて、二人はフラフラと蒸籠の中を覗き込む。

 

 これぞ香りのドラッグ……

 

 そこには笹に包まれたがびっしりと並び、食べられる時を今か今かと待ちわびていた。

 

「やっぱりご飯物が欲しくなるわね……」

 

「だね……」

 

 顔を上げるとそこには無愛想な顔をした中年のおばさんが立っていた。

 

 腕を組みイライラとつま先で地面を叩きながら二人に向かって口を開く。

 

「アタ達どれスル? 早く決める!! 後ろツカエてるヨ!?」

 

 どうやら色仕掛けは通用しそうにないことを悟り、二人は素直にちまきを指差した。

 

「チマキ……他は? コレもお勧めダヨ?」

 

 そう言って女将は隣の蒸籠の蓋を開けた。

 

 蒸気が晴れると中にはココナッツをまぶした純白の饅頭まんどぅがほのかに甘い香りを放ち、饅頭の奥には薄っすらと黄身餡が透けて見えていた。

 

「やーん!! 可愛い〜!?」

 

 金ちゃんは叫ぶとガマグチの財布に手をかけ動きを止める。

 

 しばらく小刻みに震えた後、がっくりと肩を落として言った。

 

「チマキ一つ……」

 

「なんだ……ビンボーニンか!?」

 

 おばさんはそう言うとチマキを一つ取ってパックに詰めると、押し付けるように金ちゃんに手渡した。

 

 

 さくらは少し考えてから、女将に言う。

 

「チマキ一つと、ください」

 

 それを聞いたおばさんは目を細めて小声で尋ねた。

 

「アタ達、親子違うカ?」

 

「違うけど……」

 

「なぜ一緒いル? どして奢る?」

 

「世話になったって言うか……」

 

「このオカマにか? オカマ何した!?」



 さくらは左下に目線を泳がせてから、ぼそりと答えた。



「助けてもらったんだよ……」

 

 女将はため息をついてから金ちゃんに饅頭の入ったパックを押し付けて言う。

 

「いか!? 良く聞け!? 娘育てるお金イッパイ要る!! ワタシの娘、ずっと前死んだ!! お金無くて死んだ!! お前お金イッパイ稼げよ!? わかたな!?」

 

 金ちゃんはそれを受け取ると丁寧に頭を下げて言った。

 

「肝に命じまする……かたじけない」

 

「ちょ……!? ちょっと!! む、娘じゃないし……!! お金ならあたしが払うし!? 何頭さげてんの!?」

 

 顔を紅くしたさくらが吠えたが、金ちゃんは至って真面目な顔でさくらに言った。

 

「母娘とお銭おあしの話だけにあらず……この御仁の魂に無礼の無いようにしたいのだ……」

 

 

「ガンバレヨ……!!」

 

 その声で振り返ると、おばさんは口元に笑みを浮かべて親指を立てていた。

 

 金ちゃんは女将にもう一度礼をするとさくらを連れてその場を離れた。

 

 ちょうど誰もいないベンチがあったので、二人はそこに腰掛けてチマキの包を開いた。


 三角に折られた笹の葉をめくると、芳醇な香りがいっぱいに広がり、艶やかな飴色のもち米の中にはゴロゴロとした角煮や干し椎茸が覗いている。

 

 二人は手を合わせると、何も言わずに並んでチマキにかぶりついた。



「うま……」



 あまりの美味しさに、なんとなく気まずいような空気を忘れて、思わず二人は声を上げた。

 

 あっという間にチマキを平らげると、今度はくだんのココナッツ饅頭が姿を現す。

 

 再び気まずくなる前に、金ちゃんが大声で独りごちた。

 

「あ〜あ……!! カッコ悪いとこ見せちゃったわね〜!! 貧乏オカマ侍だなんて!! あーヤダヤダ!!」

 

 さくらは両手で持ったココナッツ饅頭を睨みながら不機嫌そうに言う。


「別に……お金の期待とかしてないし……」

 

「じゃあ何で不機嫌そうなのよ?」

 

 金ちゃんも自分のココナッツ饅頭を見ながら言った。

 

「別になんでもないし! それより温かいうちに食べようよ……せっかくくれたんだし……」

 

「そうね」

 

 そう言って二人は饅頭を口にする。

 

 優しいほのかなココナッツの甘味と黄身餡の滑らかな舌触りが、何だかいやに心に沁みて、思わず泣きそうになるのを堪えながら、二人は黙々と饅頭を食べるのだった。

 

 


「最高に美味いわね……」

 

「だね……」

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