第13話 強者の気配
「そろそろハゲちゃん達の手術も一段落ついてるころかしらね……一回戻るわよ」
「うん」
そう言ってもと来た道を歩いていると、行列とは違う人集りが目に止まった。
騒ぎの中心になっているのはどうやら饅頭をくれた店のあたりらしい。
どくん……と嫌な予感がさくらの胸を打った。
金ちゃんも険しい顔を浮かべて短くさくらに言う。
「乗りなさい……!」
「うん……!」
さくらが金ちゃんの背中にしがみつくなり、侍は地面を蹴って軽々と庇の上に飛び上がった。
人集りの真ん中では、先程のおばさんがチンピラ風の男の腕を掴んで何やら必死に引き止めている。
「この人連れて行くダメ!! 来月払う言てるダロ!?」
「駄目だ!! このジジイがみかじめを払えなかったのはもう三度目だぞ!? 大体お前には関係ない話だろ!?」
髑髏のスカジャンを着た金髪の男はみすぼらしい老人を引きずりながら、おばさんの腕を払い除けて言った。
「関係無いないヨ!! ズト隣で店してル!!
そう言ってなおも縋り付くおばさんに、スカジャン男は舌打ちをして怒鳴った。
「邪魔だ!! ババア!! 痛い目見たくなかったら……」
そう言って男が振り上げた拳が、空中でピタリと止まった。
「痛い目見たくなかったら……何だってのよ?」
「何だ!? てめえわぁぁああああ!?」
男が振り返ると巨漢のオカマが手首を掴んでこちらを睨んでいる。
「オカマ……!! お前ここで何してル!?」
おばさんが近づいていこうとするのをさくらが掴んで止めた。
「大丈夫……! 金ちゃんはめちゃくちゃ強いから……!」
引きずっていた男を手放しスカジャン男が金ちゃんを殴ろうとすると、金ちゃんは手首を握る手に力を込めた。
「痛ぅあっ!?」
そのまま金ちゃんは男の腕を捻り上げ、地面に押さえつけると膝で頭を押さえつけて言う。
「みかじめ料、前に滞納した二回はちゃんと返してるんでしょうが!? 今回も待ってやりなさいよ!!」
「ふざけんな……!! 仏の顔も三度までだろ!? 二回も頭目に情をかけてもらったくせに、性懲りもなく滞納しやがるコイツが悪いだろうが!?」
その言葉に金ちゃんの眉間がピクリと動いた。
その時だった、人集りが二つに割れて、仕立ての良い黒スーツに身を包んだ東南アジア系の男が歩いてくる。
濡れたような黒髪の隙間から、燃える太陽のような瞳を覗かせた、誰もが振り返るほどの色男。
そんな色男が、ゆったりと着実に大地を踏みしめながら歩いてくる。
彼を見てスカジャン男は目を見開いた。
「ゆ、ユーンさん……なんでここに!?」
「たまたま近くを通りかかってね……そんなことより……はじめまして。僕はユーン・アーティット。NEO歌舞伎町南地区を取り仕切っている
ユーンはスーツのポケットに手を入れたまま侍を見つめて言った。
揺るぎない自信と強さ、それと同時にどこか品の良さを感じさせる佇まいに、さくらは思わず気圧されてしまう。
金ちゃんはスカジャン男から手を放すとすっと立ち上がり帯に両手の親指をかけて言う。
「それがし金剛武志と申す。あちらの御仁に恩あって助太刀に参った」
饅頭屋のおばさんを見やってユーンが口を開いた。
「なるほどね。陳さんを
「許してやるわけにはいくまいか?」
金ちゃんが言うとユーンは一瞬目を伏せ、すぐに強い眼で金ちゃんを睨んで言った。
「答えはNOだ……侍の人。頭目である僕がルールを破れば秩序は容易く崩壊する。この南地区の治安は僕が敷いた鉄のルールで守られている……!!」
「委細承知……それよりあんた……」
突然雰囲気の変わった金ちゃんに、ユーンは顔を顰めた。
アイシャドウの奥の瞳を輝かせ、金ちゃんは満面の笑みを浮かべて言う。
「めちゃくちゃ良〜い漢ねぇ……!!」
言葉と共に身体から放たれる
「あたしはオカマの金ちゃん!! あんたに
字が違うよ……!!
心の中で突っ込むさくらなどお構いなしに金ちゃんは続ける。
「あたしが勝ったら、滞納したのと同額の結納金を払って貰うわ! あんたが勝ったらわたしが身体で返す! どう? 良い取引じゃない?」
ユーンはそれを聞いて一瞬固まった後、声を上げて笑った。
左手でお腹を、右手で両目覆って、息も絶え絶えをスカジャン男に言う。
「ハハハ……!! ヒィヒィ……聞いたかシン!? ヒィヒィ……この人はヤバい奴だ!!」
「そんなの一目見た時から理解ってるっすよ……!!」
シンと呼ばれたスカジャン男は困った顔でユーンに言う。
ユーンは腹を抱えたまま金ちゃんに手のひらを見せて言った。
「面白い! 受けて立つよ!」
金ちゃんがその言葉を聞いてにやりと笑い一歩踏み出そうとした時だった。
ユーンは真顔に戻って再び口を開く。
「と、言いたいところだが……さっきも言ったようにルールを曲げることは出来ない。他の者達に示しがつかないからね……シン。連れて行け。この人は僕が足止めしておく……」
パキパキと音を立てて拳を握り込むと、ユーンの纏う空気が変わった。
燃えるような闘気がまるで大気を焦がすようだ。
それを見た金ちゃんは眼を見開くと、そっと右手を柄に添え臨戦態勢に入ろうとしたその瞬間、さくらが大きな声で割って入る。
「待って……!!」
皆の視線がさくらに集まった。
さくらはユーンの前に歩み出ると持っていたお金を突き出して言う。
「これで足りる?」
その手には結局手つかずのままだった十枚の紙幣が握られていた。
「シン。陳さんの今月のみかじめは?」
「ちょうど十枚です」
ユーンはそれを聞くとにっこりと微笑んでさくらから紙幣を受け取った。
「優しい子だね。これで手荒なことをしなくて済んだよ。シン……! 帰ろう……!」
ユーンは去り際に振り返ると金ちゃんに言った。
「侍の人。僕はあなた達が好きになったよ。そのうえで忠告しておく。義理人情もいいけど、守りたいものがあるなら誰彼構わず助けちゃ駄目だ。じきに痛い目に遭う」
「ふん……!! 余計なお世話よ!! あたし自分の魂に、嘘は吐かない主義なの……!! それより!! 今度手合わせしなさいよ!?」
ユーンは返事はせず背中越しに手を振り去っていった。
「行っちゃったね……」
さくらが言うと、金ちゃんはさくらの頭にゴツゴツした手を乗せて言う。
「あんた、危険を冒して手に入れた、大事なお金じゃなかったの?」
「だって一宿一飯の恩なんでしょ……」
さくらはその手を払わずに横を向いて言った。
それを見た金ちゃんは少しだけ顔を綻ばせて静かに言う。
「そう。それが武士道よ。帰ろっか」
二人の後ろでは明おばさんが陳おじさんを母国語で口汚く罵りながら、何度も何度も叩いている。
二人がその光景を見て思わず笑うと、明おばさんは何度もお礼を言いながら去りゆく二人に手を振り続けるのだった。
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