第7話 オカマ流

 

「参る……」

 

 そう言って金ちゃんは青眼に構えた刀を上段に高くに構え直した。

 

 がら空きになった侍の胴は「お前の攻撃など眼中に無い」と言わんばかりに、あからさまに攻撃を誘っている。


 金ちゃんの剛腕から放たれる上段の一閃は、まさに落雷の如き威力を誇るだろう。


 先手必勝の剣ではあるが、二対一というこの状況では、無謀極まりない愚策とも言える。

 

 たとえその一振りで片一方を屠ったとしても、生じた隙を狙われれば、躱すことも防ぐことも叶わない謂わば必死の剣……

 

 

 それを見て取りスキンヘッドが口を開いた。

 

「兄貴……ワシが……!! あとの事はよろしく頼んます……」


 そう言うとスキンヘッドは地面に両拳を付いて姿勢を低くした。


 その姿は力士が取るを連想させる。


 身体から漏れ出す真剣味を察して、眼鏡の男も真剣な声で答えた。


「骨は拾ってやる……思い切り逝ってこい……!!」

 


 そのやり取りを見た金ちゃんの紅い唇がニィ……と裂けた。


 怒りとは違う色を宿した眼を輝かせ、金ちゃんは声高に叫んで言う。



「いい漢っ……!! 気に入ったわ……!!」



 ざりッ…… 


 草履が立てた音を合図にスキンヘッドは怒声とともに機械尾サイバネテールの出力を全開にする。

 

 排熱用のドレインから高温の蒸気を吹き出しながら、スキンヘッドは地面を機械尾で叩きつけた。


 地に付けた拳が推進力を限界まで溜め込み、地面と共に腕の機械装甲パワードスーツが砕け散る。


 同時に爆発的な加速が生じて、スキンヘッドの巨体が目にも止まらぬ速さで射出された。


 初見時よりも遥かに速い大砲さながらの突進にも関わらず、金ちゃんはカッと目を見開いて上段からの剛腕豪速の斬撃で迎え撃った。


 

 轟音が轟き、スキンヘッドの巨体が床に沈む。

 

 スキンヘッドの右肩から先が宙を舞い、それでもなお止まらぬ斬撃の勢いがスキンヘッドの巨体を床に叩きつけ、その衝撃でコンクリートが無惨に砕け散った。

 


「侍ぃぃぃぃいいいい獲ったりぃぃぃぃいいいいい……!?」

 

 眼鏡の男はスキンヘッドが命懸けで作り上げた隙を無駄にするまいと、心を殺し、気配を殺し、完璧なタイミングで居合を放った。

 

 しかし完璧な奇襲のはずが、刹那、笑みを浮かべる侍と視線がぶつかる。

 

 な……に……?

 

 見ると侍の腕は太い血管を浮き上がらせ、はち切れんばかりに膨張している。


 

 振り切ったはずの腕がなぜこんなにもりきを残している……?


 コンマ数秒の内に脳内を思考が駆け巡ったが、眼鏡の男はすでに刀を鞘から解き放っていた。

 

 脱力により生じた瞬間的な爆発力を、男に止める術はすでに無い。


 男は再び覚悟を決めて侍を討ちにかかる。



「キィェエエエエエエ……!?」 



 絶叫と共に振り切られた男の初太刀を、下からの重たい衝撃が弾き飛ばした。

 

 眼鏡男の正中線を下から上へと逆風が吹き抜ける。

 

 砕けた刃と自身の身体から飛び散る血飛沫ちしぶきが目に止まり、男は思わず声を漏らした。

 

「馬鹿な……これは……!?」

 


「名付けて漢女流オカマりゅう男魂だんこんの型……✗✗✗✗返し……!!」


 顎に人差し指を添えて、天に掲げた拳で刀を握りしめながら、アイドルよろしくキメ顔で言う金ちゃんに、さくらは思わず毒づいた。


「最っ低……」 



 胸の傷を押さえながら眼鏡の男は侍を睨みつけて言う。

 

「何がオカマ流だ……今のは佐々木小次郎の……! 振り切った刃の切っ先を地に触れる直前で反転させて逆風に繋げる幻の剣技……それをこんなオカマ野郎に食らわされるとは……」

 

 それを聞いた金ちゃんは、刀の背で自身の肩をトントンと叩きながら答えた。

 

「ねえ? それ褒めてるわけ? まっ、あんた達もなかなか良かったわよ? でもあたし、自分より弱い男はタイプじゃないの。武士の情けよ! さっさと失せなさい! そっちのハゲちゃんも、今ならまだ間に合うわ」

 


「ちょ、ちょっと!! 逃がしちゃうの!? お店をあんなにされたのに!?」

 


「お黙り! こいつらは所詮主君に仕える奉公人……命令に従っただけの犬っころだワン!!」

 

 そう言って金ちゃんは鋭い目でソファの男を睨みつけた。

 

「家臣が殺られるのを顔色一つ変えずに見物する卑劣漢……真に討つべき仇はこの者ただ一人……!! 行きなさい……!! 盃を交わした弟分をみすみす死なせるような安い男に成り下がるんじゃないわよ!?」

 

 その言葉で眼鏡の男は唇を噛み締めると、スキンヘッドを肩に背負って立ち上がった。

 

「かたじけない……」

 

 眼鏡男がそう言った瞬間、金ちゃんの頬に血が流れ、眼鏡男の肩に鋭い鎌が突き刺さる。


 驚き目を見開く金ちゃんに、ソファに座ったままの組長が静かに言った。



「誰が逃げてイイ許可したネ?ワタシの下去る。それ死ぬ時だけヨ」

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